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006話 智ちゃん案内人は校長先生

 


 ちらりと左後方を確認すると白い廊下を俯き加減でとぼとぼ歩く少女がいる。美少女だ。特筆するべきはその肌の白さだ。これは彼女の入院が長期に渡った影響であることを知っている。その白い肌がピンク色の唇を強調し、実に可愛らしい。


 ……その格好が男子制服でなければ、一点の躊躇いもなく、緑新高校史上最高レベルだと公言すらできる。


 男子から女子に変貌した希有な存在。


 元々、期待の大きな生徒だった。その期待度の高さから最高待遇の特待生。

 目の上のこぶである高偏差値の中高一貫校・柳星学園から、我が校に入学してくれた生徒だ。

 これがハイレベルな授業に付いていけなくなったわけではない。付いていけなくなり、高等部進学に頓挫した者は公立学校を選ぶ。

 これを覆してくれた。梅原 智()は。


 ハイレベルの中、中位から上位に位置していた。高偏差値をそのままに私立緑新高校を受験してくれた。

 きっと成績を維持し、有名難関大学に合格。緑新の特進コースに箔を付けてくれるだろう。


 そんな期待を集めた生徒の自信は、見る影もない。

 何かに怯えるように顔を上げず、追従してくるだけだ。

 だから声を掛ける。その緊張を解きほぐしてあげようという親心にも似た感情で。


 話題は一つ。

 梅原 智と話し、彼女の頬が僅かに綻んだ瞬間を見逃さなかった。生徒をよく観察できるからこそ気付けたと自負している。

 彼の名前を出した時のみ、彼女は優しい表情を湛えた。


 私立緑新高等学校・学校長は、足を止めるとゆったり振り返った。

 小柄だ。百五十センチほどだろう。そんな小さな生徒が困惑を浮かべ、見上げてきた。先導をする者の歩みが止まっただらだろうと思う。


「櫻塚くんとは、どんな縁が?」


 居並ぶ教室からは、教師や生徒の声が締め切られたスライドドアから漏れている。

 学校長はそんな居並ぶ教室に配慮し、小さな声で問いかけた。他クラスはロングホームルーム中とは言えど一応、授業中なのだ。


「……腐れ縁って言うんだと思います。小学校時代、いつも一緒に居ました」


 返答もまた、小声だった。

 小さな声だが澄んでおり、男性の耳にしっかり入ったことだろう。耳が遠くなるような年齢ではない。たぶん。


 そんな初老で背の高い校長と背の低い少女が横並びで、小奇麗な長い廊下をゆっくりと進んでいる。おしゃれだと評判で自慢の白亜の校舎だ。特色を持たねば、私立高校は生きていけない。


「そうですか。その頃の縁があり、彼は行動を起こしてくれたのですね」


 優しく笑いかけた年長者だったが、少女の端正な顔立ちは晴れない。学校長が見せた優しい表情にさえ気付いていないだろう。



 真っ直ぐに伸びる廊下の先を見据えた梅原 智には、櫻塚 純への負い目がある。


 一年時の夏休みまでの間……。

 智は病魔に倒れるまでの期間、()はわざわざ隣のクラスを何度も訪ねた。空白になってしまった中学三年間を埋め合わせるかのように。


 その際、純にどれだけ話し掛けてもスマホから目を離さず、稀に素っ気ない答えしか返ってこなかったのは、そう言うことなんだろうな……と、内心、思っている。思わなければ入院中、一度たりとも面会に訪れてくれなかった説明が付かない。


「心配は要りません。苦境に立たされた友人を助けるべく行動出来るのならば、その関係は最早、親友と呼べるものです」


 長年、教鞭を揮った中で得た経験談なのだろう。さまざまな生徒を見てきたであろう学校長の自信のひと言だったに違いない。


 智の留年を不服とし、声を上げた純。

 それは確かに今しがた語った通り、校長の中の『親友』の定義に当てはまる行動だった。


「……それなら嬉しいんですけど」


 ようやく、隣でゆっくりと歩を進める校長に愛らしい顔を向けると、少女は小さく自嘲混じりに笑った。

 そんな淋しい微笑みを前に、続ける言葉が見付からなかったようだ。


 教室にたどり着くまでに、何とか明るさを取り戻してあげようとしていたのだが、目論見は失敗に終わってしまった。


 少女になってしまった()の不安を消し去る難しさが、身に染みていることだろう。






 ◇






「……貴方も頑張ったわね」


「いえ、俺は何もしてないですよ。未貴ちゃんとあいつのフォローだけです」


 窓枠にもたれかかり、腕組みしている担任の女教師と語らうのは、窓際最前列の少年・竹葉(ちくば) 大起。朗らかな印象を与える柔らかい笑みが似合う、イケメン眼鏡少年だ。


「……そう? 自己評価低いと損するわよ? 学校は梅原さんの件で動いた子たちを本当に高評価してるんだから」


「あー……。じゃあ、俺も頑張ったってことにしておいて下さい」


 少年は冗談めかしてそう言うと、にっこり笑った。面食いならば、即座に堕とされそうな笑顔だった。狙ってやっているのだとすれば、実に性質(タチ)が悪い。


「そうしておくわ」


 ベテラン教師は、にこりと笑顔をお返しすると眼鏡少年への視線を外した。右手に握り込まれたスマートフォンの存在を生徒たちに悟らせないまま。



 竹葉 大起は、梅原 智と校内唯一の(おな)中だ。

 彼らは高偏差値の私立中学から、この私立緑新高等学校に下った。


 下ったと表現した理由は簡潔。

 偏差値基準で考えた時、明らかに前述の私立中学からエスカレーター式に上がれる上位高と比べ、緑新高校が下回っているからである。


 そんな二人がレベルを落とした高校を選んだ理由は、それぞれ異なる。


 大起の場合は、競争社会に何も見出せなかった為。

 一方の智は、『ハイレベルの中でそこそこに居るより、そこそこの中でハイレベルのほうがいい』と公言していた。

 確かに将来を見据えた時、その考え方は有りとも言えるだろう。


 ……が、大起は薄々……どころか、確信している。



 梅原 智が緑新高校を選んだ本当の理由を。



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