005話 変人・櫻塚 純の実態
「あたしは昼休憩って聞いてたんだから!」
「だから、それを未貴がペラペラペラペラ話すから時間変えたってことだよな? センセの説明だと」
「あはは! 結局は未貴のせいなんじゃん!」
「で、でもあたしだって!」
彼……。いや、彼女の帰還は混乱を招く。何せ男子から女子になった特殊な生徒だ。ひと目見ようと野次馬たちが集まりかねない。なので、午後からの重役出勤を認めた……どころか、勧めた。
現に、ひと目見ようと廊下から覗き込む生徒は一定数、存在した。
智の復学が五時間目になったのは学校側の配慮だ。これを今日になって電話越しから智本人に伝えている。
「解ってるよ! 愛しの彼氏だもんね!」
「一生懸命、宣伝してたもんね。普通に迎え入れてあげて! ……って、めちゃマジな顔してさー」
「「「あははは!!」」」
ところが、この女子の話題の中心となっている未貴が、例の『お願い!』によって、散々、情報をリークしてしまった。なので五時間目の途中から……と、時間をずらしたのである。
(これも計算通りなんだろうけど)
櫻塚 純は思う。
昼休憩時、教室内は異様な空気に包まれていた。
声高に『自然に迎えてあげて』と未貴が主張すればするほど、彼女の想いに反して、緊張感を隠せない生徒が多数、発生してしまった。
これまでの未貴たちの努力を見ていたからこそ、そんな雰囲気に包まれた。釘を刺されれば刺されるだけ、重圧となってしまった。
そんな雰囲気では、不安を抱える智には痛手となっていたはずだ。
これを今は教壇から降り、窓枠にもたれ掛かったベテラン女教師が変えた。
目尻に皺を蓄えた、如何にも温和そうな先生だ。それでいて、一つに束ねられた黒髪と、ビシッと決まったスーツ姿が生真面目さを演出している。
『皆さんお待ちかねの梅原さんですけど、誰かさんが今日、復学だって言い触らしちゃってるから普通に登校できなくって、もう少し後の到着となります。教室に来るのは、それより更に遅れると思いますよ?』
誰かさんと言いつつ、微笑みを湛えて、ショートカットで白セーラー服の子供っぽい印象な未貴をしっかりと見据えていた。
『気合い入っているのはいいんですけど、ここまで学校中に知れ渡っちゃったら……ね?』
こうして遅刻の元凶であり、ムードメーカーでもある未貴をいじることで教室内の重苦しい空気を払ってしまったのだった。
(大したセンセだね)
純はチラリと視線を上げた。瞬間、腕を組んだまま楽しげに微笑む先生と視線がぶつかり、慌てて隠しスマホへと目を戻す。
どう考えても見られていた。自分の動きを観察されていた。
(あー。もう。このセンセを担任に置いたんも計算通りって?)
その通りであろう。
このクラスは、作為的に手を加えられていると実しやかに噂されている。
現に、最初に声を上げた櫻塚 純はもちろん、署名活動に全力を尽くし、本日まで暴走気味に突っ走った松元 未貴も、復帰する梅原くんの親友と公言を憚らない竹葉 大起もこのクラス内だ。この両名への助力を惜しまなかった特進コース内の賛同者たちも同じ教室内である。
最早、どう取り繕っても偶然では済まされないレベルだ。復学する智を暖かく向かい入れるべく、学校サイドが施した措置と考えて然るべきである。
(ったく! いつまで焦らすんだ!)
思い切り顔を上げ、教室をグルリと見回した。
純の気がここまで他に向かう姿を見せること自体、珍しい。
彼は、とあるオンラインゲームの上位ランカーであり、延々と飽きもせずプレイしているのだ。
(あっ……! ミスった! やばい!)
イライラが純の手元を狂わせた。飛び出して配置してしまったキャラに、情け容赦ない敵の波状攻撃。可愛らしいロリ的キャラのライフゲージが見る見るうちに減少していく。
(やばい! 撤退! 頼む! 成功して!)
祈りを籠めてタップしたが、【MISS】と無情の文字が躍った。哀れ、ショートカットのちびっ子は敵の攻撃に耐えきれず、【もっとマスターと一緒に戦いたかったです……】と最期のひと言を残し、画面上から消滅した。
(………………)
彼のプレイするゲームは、元々、PC用のオンラインゲームであり、なかなかシビアなものだ。
設定すれば、【これでよろしいですか?】と確認のメッセージが流れるが、純の場合、時間的な遅延を嫌って短縮を図っている。よって、ターンのラストは細心の注意を払ってプレイしていた。スマホでプレイする為に、わざわざ手を加えてまで。
(くっそ……)
このミスにより、育成中のロリキャラは消滅した。
やり直しだ。またキャラの獲得から始め、育成を施さねばならない。時間にして、数日間にも及ぶ喪失。
理想の最強デッキ構築への道は遠のいた。
(許さんぞ……。これも全部、智の……。いや、梅原のせいだ!)
櫻塚 純は、何気にひねくれ者だったりする。
周囲の人間の思っているような大物ではない。
ただ単に、過去の恨みを晴らさんとしているだけの少年だ。
留年すれば『ざまぁ』なのかもしれないが、その結果、退学したとなれば寝覚めが悪いという小者ぶりだ。
故に、小賢しい知恵を巡らせ、梅原 智の留年を阻止したのだ。
男子高校生から女子高校生へと変貌してしまった。
そんな智の事情など顧みず。