046話 いざ食堂へ!
「中間テストも近いからしっかり勉強してね」
四時間目の終業の礼を終え、生徒たちに釘を刺した教師がドアを抜ける。
「智ー!」
午前中、男子は遠目に智を見ているだけだった。
未貴を中心とし、必ず智の周囲には女子たちが円を成していたからだ。
これでは話しかけたくとも話しかけられない。
結局、智に話しかけた男子といえば純と高杉くんの二人だけだったりする。何気に大起も遠巻きに見るのみになってしまった。
厳しい目線で、寄るな近寄るな……と、男子たちに警戒の目を向ける人が二名ほど存在しているせいだ。
この二名が男子を牽制していなかったとすれば、今度は未貴が動いていただろう。
未貴は、純に智を獲られたくない。変人は智のために動いてくれていると思っており感謝の気持ちもある。しかし、智の気持ちが移ろってしまう可能性を垣間見た現在、冷静ではいられていない。
由梨は、男子どもに智をくれてやるつもりがない。可愛い智は女子たちとキャッキャウフフと戯れていてほしい。
お菊さんこそ、智と未貴の『同性による恋愛関係』に疑問を感じていた。ところが男子を排除し始めた。一貫性がなくなってしまったのは、自分自身のためだったりする。
思い描く未来図に男子たちの存在が邪魔になってきてしまったのだ。
女子と男子の距離感は、智が復学する前。若干、遠く感じるくらいがちょうど良かったのだ。
このままでは、智を中心として男女の距離はどんどん近くなってしまう。これに危機感を抱いたと言って良い。
「お昼、学食でいい?」
呼ぶだけ呼んで智の席まで歩いてきた未貴が問う。
「そだね。朝早かったし」
「そうだな。ウチもだ」
「あたしもー」
「今日はみんなお弁当持ってこれていないですよ」
「せやなぁ……。そうなるわなぁ……」
莉夢こそ委員長たちの行動に疑問を感じているが、お昼がないのは自分も同じだ。よって、B組の女子全員、雁首揃えて学食へと向かうことになった。
智は特に何も言うことなく、女子の輪の中で一緒に腰を上げる。
女子が男子たちに対して壁の構築を始めたことに思う部分はあるが、智は女子になって日が浅い。形はともあれ、わざわざ混ぜてくれる現状は破壊したくないのである。
さっきの授業の男性教師が昼休憩だからと、開けたままにしておいた教室前方のドアを女子十名が抜けていくと、嫌な空気が流れていた。
女子どもの横暴。
こう捉える者が少なからず在る。
顕著なのは高杉くんだった。
「なんか、むかつくな」
「わかるわ」
「智はたしかに今は女子だけど、前はこっち側だったんだぞ」
口々に不満を述べつつ、昼食の用意を始めていく男子たちの中、変人に向けて歩き始めたヤツがいる。
無論、大起だ。男子も女子も含めて、二十名くらい同じ方向を見ていられると思っている。多少のケンカはともかく、全員で仲良く過ごし、卒業できるはずだ……と。
そこで大したヤツに問いかける。
「純? これでいいと思う?」
悪態を吐いていた男子たちが静かになった。純と大起の動向を確認しようと注視する。
「………………」
ここで発生。
スマホいじり中恒例の無視が。
三時間目と四時間目の間の小休止でも、このスタイルに返り咲いていた。
智の席の周囲に女子が大集合ということは、純の机の傍にも女子がいた。一番近いのは委員長・菊地原だった。
彼女のお尻が近かった。軽く動いた瞬間にはお尻が純の机に触れていたりしたが、純は何の反応も示さなかった。
しばらく智には直接絡まないと決めたから。
羞恥心を煽ってやろうとすれば、跳ね返ってきた。
仏心を見せて忠告しても、似たようなものだった。
何をしても裏目に出るのなら、何もしないでおこう。
近い内に発生するであろう大問題で俺を頼ってくるはずだ。その時、智の精神女子化に向けて動く予定にしている。
「純!?」
だが、何もしない。これも裏目だった。
「お前! もう無視する必要ないだろ!?」
「なっ……なんだよお前とつぜん……」
肩を掴まれた。それも指先が食い込むほどの全力で。
クラスの調和を大切にしているが、彼は自己紹介時に語っている。
『梅原 智とは竹馬の友』だと。
智を特別視し、頂点に置いた上でみんなと仲良く。みんなが仲良く。これが前提だ。
「智は学食行ったぞ。大丈夫……じゃないよな? 正直、女の子たちが智を囲っても今のところ構わないと俺は思っているよ。教室の中だったらな! 外になると話が違うだろ!?」
助ける者などいない。
男子サイドの人気者とクラスの鼻つまみ者。この差は大きい。
(しょ……少々、問題起きたほうがいいんじゃねーの……?)
問題を解決するには、問題点を浮き彫りにすること。
持論から、こう思っている純くんだが、口には出さない。
彼は大起の見たことのない剣幕に、はっきりとビビっている。
「純。お前に任せてたらいいと思ってたよ。ただ、お前にその気がないなら俺が守る。あとで後悔すんなよ……」
そんな捨て台詞を吐くと、純の席から離れて自席に戻る。カバンを開け荒々しく開けると弁当を取り出し、女子たちが消えた前方ドアに進み始める。目的地は食堂しか考えられない。
「ちょ……!」
「大ちゃん! 待てよ!」
「オレも行く! 十秒くれ!」
ドタバタと動き始める八名の男子たちの中、純くんは思う。
(あ、あいつまで惚れてんのか……)
軽く腰を上げて、ブラックアウトしてしまったスマホをスラックスのポケットに仕舞い込む。
(こりゃ面白そうだ。見に行かないと……)
続く動作で弁当を取り出すとそこで話しかけられた。
「櫻塚! 行こうや!」
「あ、あぁ……」
純の返事を聞くとその男子はニカリと笑った。
すでに大半の男子が抜けていった教室だったが、残された男子二名も移動を開始した。
いざ! 学食へ!
◇
……その数分後。
「……あら?」
女性が無人になった教室に堂々と突入を果たした。
朝礼時、セーラー服姿になっていた智に安堵した。目が合ったときには、恥ずかしそうに逸らしてしまった美少女。守ってあげたいと思った。
これならば敵意を受けにくそうだとも思った。
それだけの庇護欲をかき立てる姿を自身に見せ付けてくれたのだから。
生徒たちは上手くやってくれているけど、それでも心配だ。
だから、わざわざお昼ご飯持参で担当している二年B組にきたのに、誰もいない。さすがに予想外の事態だった。
(……どうなっているのかしら?)
聞いてみなければと思う。
終礼か掃除の時間辺りで誰か捕まえてみよう……と、思ったときだった。
開けたままのドアを少年が覗き込んだ。
「どうしたの?」
微笑み掛けると「いやっ! 何でもないです!」と走り去っていった。
(他クラスの生徒にはどうするべき……? わざわざ告知しても……ねぇ……?)
先生一人しかいない教室で、頭を悩ませる笹木センセなのであった。




