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045話 男女に壁が見え隠れ

 


「智ちゃんさ……。どう?」


 更衣室と更衣室の間の壁にもたれかかっていた智は、高杉くんに話し掛けられ楽しげとはほど遠い笑みを浮かべてしまった。


(どう……? 何がか分からないよな)


 智の斜め前方の壁という、よくわからない距離感を保っている純くんも黙って二人に聞き耳を立てている。それくらいしかやることはない……が、教室内でスマホいじり中だったとしても聞いていただろう。今の純は、しっかりと智に関心がある。


「えっと……。何が……?」


 こう返されて当たり前だ。

 当然なのに「え? あの……色々……」としか言えなかった。


 次の言葉など、用意していなかったのである。

 勢いに任せて話しかけたはいいが、聞いた内容に問題があることに気付いてしまった。路線を修正するべく、しどろもどろで思考するが出てこない。


 女子になってどう?

 今の学校生活はどう?

 彼女とはどう?


 ……今の気分はどう?



 必死に続く台詞を探してみたが、思い付いたものはどれもこれも碌でもない質問だ。


 女子になって戸惑っている様子は散々見ている。

 学校生活もそれに付随して困惑だらけだろう。

 彼女とは……。想像すればわかる。今後、どうするべきか考えている最中だろう。



(こいつ、阿呆だ)


 自分のことは棚に上げて、純がこう思っていると男子更衣室のドアが開いた。大起が体操服を手提げ袋に仕舞いながら出てきたのは、急いだ結果だ。

 たたみもせず、押し込んだ体操服から智に視線をシフトさせるとばっちり目が合った。身長差ゆえに見上げた智へ、にっこり笑いかけると残りの両者を見やる。


「おっけい。智は無事だね。ぐっじょぶだ、護衛その一、その二」


「あ! 大起! オレ、その二?」


 高杉くんは救いの神が降りてきたとばかりにすがった。さっきまで見せていたクラスメイトたちへの悪態は、智を前にしたピンチによって抹消されてしまったらしい。何とも現金なものだ。


 自分がその二ということは、気に入らない櫻塚の下なのだが、これにも乗った。嫌われるピンチよりは幾分かマシなのだろう。


(俺が智の護衛? こいつも阿呆だ……)


 純は純で考えていることとやっていることが一致していない。女子たちの言いつけ通りに体育の授業中、片時も離れず。この更衣室前でも大起が任せたと依頼した通りに智の傍にいた。


 ……気になって仕方がないのだ。


「ツッコミ入れろ。その一」


「黙れ、アホちくわ」


「ちくわやめれ」


「お前がいいって言ったんだろ」


「よくない。あの時は今の流れでいいやって意味で『まぁいいや』言ったんだ」


「言ったんじゃねーか」


「………………」


 どうにも舌戦では純に分があるようだ……というより、何故だか怖いものがなくなったようにも見える変人が遠慮していないだけだったりする。


 高校一年時分、智の休学以降は首位を譲らなかった優秀な頭脳を誇る大起が黙った時、高杉くんは見た。

 智が口元に手をやり、隠すようにクスクス笑った瞬間を。


「智ちゃん、お待たせしました」


「着替え終わったで。未貴も急いでるけ、ちょい待ちや?」


 続いて出てきたのは女子着替え先行組だった。お菊さんもリムも急いだらしい。それでも大起より遅かったのは、女子だからだ。色々あるので仕方ない。


「……なんだか楽しそうですね」


 会話は聞こえていたはずだ。純と大起の口喧嘩……というよりは、じゃれ合い。これに頬を緩ませる智の姿。


「そうだね。男子もやっとまとまりそうだから」


「……それは何よりです」


 男子にまとまり。大起が言った男子に智が含まれるのか、含まれていないのか。

 委員長は、とある事情で心境複雑だったりする。


 なので、「なんだ? まだこれだけか?」と女子更衣室のドアを開けて出てきた由梨が続けて放った「戻るぞ。教室に」という提案に即座に乗った。


「そうですね。移動しましょう」


「え? お菊さん? 由梨?」


 ちなみに、この時の由梨さんの格好は中途半端だった。

 スカートの下には季節的にまだハーフパンツではない、ロングのジャージがはっきりと見えていた。


 どう見ても、着替えを無理矢理終わらせた感を出したまま、「行くぞ。智も」と、自分よりも小さな手を引き始めた。


「あ、あの……」


「未貴ならすぐに教室に戻ります」


 百合的展開を観賞したい由梨と、智が男子サイドよりに引っ張られることに警戒心を抱いたお菊さんが手を組んだ瞬間だったのかもしれない。

 女子勢の中の強者二名が、未貴を更衣室に残して移動していく。


「………………?」


 チラリチラリと自分たちのいる更衣室前に振り返る智を含めた三人を、純は疑問符を飛ばしながら見送っていた。


「あの二人、どないしたん……?」


 強奪するように智をさらっていった二人に困惑を隠せないのは、ポニテの莉夢も同じだったようだ。

 純と大起の両名を相互に確認すると、ふっと小さな息を吐いた。


 穏やかに微笑む大起と、訳が分かっていないような純の姿に安心感を抱いたのだろう。



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