044話 智に惚れた男子がいます。
「櫻塚っていっつもゲームしてるよな? 面白い? 俺もやっていい?」
「無理。あれはPCのだからスマホでやろうとすると、手間ばっか」
「PC用? ……ってことはエロゲ!?」
「違う!」
智の話から純のことへ。
妙な盛り上がりを見せる男子集団の中、智の背中を見詰めて歩く静かな少年がいる。
会話に夢中になっている者が多いせいか、女子たちとの距離も次第に開いていっており、これが何とも面白くない。彼の目が追いかける智のセーラー服は少しずつ小さくなっていく。
櫻塚のことはいいから、智の話をして欲しい。聞きたいことだらけだ。この櫻塚こそ、あの子のことを誰よりも知っているはずなのに。
「んじゃ、教室戻ったら見せてな?」
「断る!」
「やっぱエロゲだな。エロゲ魔人認定な」
「違う!」
(あ……)
下らん話に時間を使っている間に女子の皆さまが見えなくなってしまった。
グラウンドから更衣室まで、そこまで距離がないにも関わらず消えてしまったのは、体育館入り口を入ってすぐに更衣室があるからだ。曲がって曲がった先にある。女子さんたちは曲がってしまったので見えないだけに過ぎない。
距離的には、そこまで離されていない。
けれど、せっかくのチャンスがなくなった。
梅原 智を眺める数少ないチャンスだったのに。
あの少女は、できるだけ人目を避けている。だからあまり見ないようにしてあげている。少年が盗み見るのは本人が気付いていない時だけだ。
智に一気に惹かれてしまった。
理由は単純で明快。そう高杉くんは自己分析している。
高杉は、これまで智也との接点がなかった。変わる前の姿もよく知らない。ただ、竹葉 大起に誘われるまま、活動に身を投じた。その境遇に同情もしたが、理由を問われたら内申にプラスになると信じたからと答えるレベルだ。
だからこそのひと目惚れ。元が男子という余計な情報こそあるものの、彼は女子としての智しかしらない。
初めて見たその時から気になって仕方がない。教室では左後ろに座る智に振り返り、声を掛けようと何度思ったかわからない。だが、今はそれを求めていないように思える。だからそっとしてあげている。
ところが話の中心になっている昨日までぼっちだった変人だけは、あの儚い少女に近付いている。会話をしている。今日の一時間目だって、ヒソヒソと喋っていた。今さっきの体育の時間だって。
……それがどうにも気にいらない。
大起は、これから話しかけると言うが、必要があれば智のほうからアクションを起こすはずだ。なので必要性を感じない。でも、男子たちの中では智に対して、そろそろ話しかけようという流れができ上がってしまった。
ならば、負けていられない。
変人にも良い奴にも取られたくない。
だから話に興じてなかなか進まない野郎の集団を抜け、女子たちを追いかけるように歩行速度を上げた。
「おすぎ?」
良い奴が気付き、あだ名で呼びかけてきたが、返答する気分じゃなかったので無視をしようかと思った。
「……先行くよ」
「あ、うん。わかった」
思っただけで出来なかった。
これを延々と実行していた櫻塚はある意味で凄いヤツだと理解した。
その櫻塚は男子たちに囲まれ、案外、律儀に返事をしている。周りの連中――高杉の友人たち――も何だか楽しそうだ。
「智也と幼馴染みっていつ頃のことよ?」
「あー、家が近くて。小学校一年生くらいから?」
「なんで疑問形よ?」
自分一人だけ、そいつが気にいらないせいで昨日までの変人ポジションに収まってしまっている。
いたたまれなくなった高杉は、グッと足に力を籠めた。ダッシュで女子たちを隠した体育館の角を折れる。
……この場から逃げ出してしまったのだった。
「……あいつどしたん?」
「さぁ? トイレじゃない?」
バランスメーカーを自称する大起は、高杉くんの曲がった角を面白くなさそうに眺めた。
(こっちを立てればあっちが立たず……。難しいね)
◇
高杉くんは早着替えの最中だ。大起に冷たい対応をしてしまった良心の呵責やら、櫻塚に絡みに行った友人に何となく顔を合わせづらいやら、そんな理由で。
更衣室到着は女子の皆さんとほぼ同時だった。
いつも通り、特に何ら会話もすることなく、隣り合う更衣室に入った。会話をするとしたらやっぱり大起が先頭に立っている。
体操服を脱ぎ捨て、長袖のカッターシャツを着ている最中に聞こえた。
「男子、おっそーい! 早くきてくださいよぉ!」
可愛いミッキーちゃんの声だったと思う。そう言えば、智の周りに何人かの女子がいた気がする。更衣室に入る人と智のために外で待機する人に分かれたのだろう。
着替える必要のない智が女子更衣室に入る必要はない。
智にとって躊躇われる場所であり、他の女子にとっても女子化したとはいえ、元が男子の智。智にとっても他の女子にとっても精神的安泰を手にできるのが、智の更衣室外待ちだ。
「ごめん。話が盛り上がっちゃって」
しばらくしてからの返答だった。やっぱり女子には大起の声。
遠めからの張り上げた声ではなく、落ち着いた声音だったのは、到着してから話し始めたからだろう。
「櫻塚が意外と話せるヤツでさー!」
「そうそう! けっこう面白いな! 櫻塚は!」
「あとで聞いてやる。智は任せた。行くぞ? 未貴?」
「あ、うん……。智? ちょっと待っててね」
「急がなくていいからね?」
友人たちの話は舘岡に止められた。男子と女子の間にどことなく溝を感じるのは、大概が由梨のせいだったりする。
ともあれ、男子たちは智のことを任されてしまったらしい。
こうなってしまっては、何とも出づらい。すでに着替えは終わったのに、この中で待つしか選択肢がなくなってしまったようだ……と思ったのは、束の間だった。
「純? 任せたよ?」
大起の予想外の言葉が聞こえたかと思うと、ここからは見えないドアが開く音が続いた。
智と話すんじゃなかった!? 女子たちがわざわざくれたチャンスなのに!!
こんなことを思っていると、大起を先頭にみんなが続々と入ってきた。外には櫻塚を残してきたのだろうと思う。
……ということは、外には智と純の二人のみ。
これに気付いた高杉くんは、入れ替わりで更衣室を後にした。
「あ! おい! おすぎ!」
大起に続いて彼の異変を察知したのは、昼休憩のたび、一緒に食べているヤツだった。
「……なんだよ。あいつ……」
呟くとすぐに聞こえた。
「智……ちゃんっ!」
「え?」
どことなくではなく、明らかにいつもより高いオクターブで話しかけた『おすぎ』の声が。『ちゃん』付けしたのは、昨日の話の流れを覚えていたからだろう。
「あ! オレ、高杉! おすぎって呼ばれてるんだっ!」
「アオハルだなぁ……」
眼鏡を外したイケメン眼鏡は眉根を寄せて困り顔。
すでに上半身裸なのは、彼も急ぎ合流する必要が生じたためだ。明らかに高杉は智のことを気になる異性として意識している。
未貴と智の関係。智と純の関係。
絶妙なバランスを生み出すのは、智がどこに立った場合か。
二人以外とくっついた場合、どこかが崩壊してしまうのは間違いない。下手すりゃ全部が壊れる。
大起の苦悩はしばらく続きそうだ。




