043話 ぼっちじゃなくなった感
グラウンドにチャイムが鳴り響く。明らかな電子音だが、今の時代に本物の鐘を用意しているような学校は相当珍しいだろう。
緑新高校は、潤沢な資金のある贅沢学校ではない。
鐘の鳴る前の授業後半のことだ。純&智の見学コンビは小言を頂いた。
実は体育教師は曰く付きの男性であり、サボりがちな純は目を付けられているのである。どう考えても自業自得だ。とは言っても、ギリギリで単位を取得できるだろう参加率は確保しており、何とも小ずるい。
『櫻塚、元気に見学中だな』と、わざわざ皮肉を言いにきた程度のことだ。
一方の智は、事情があって参加できないのだが、『なるべく早く合流しないと単位を与えられなくなる』と釘を刺されていた。
ちょっと可哀想に感じたが、至極真っ当な意見であり、純は何の助け船も出さなかった。
彼は決めたのだ。
……しばらく、直接の絡みは避けると。
ちょっかいをかけるたびにしっぺ返しを食らっている気がするから。
◇
「智ー! 寂しかった?」
授業が終わった瞬間、ダッシュで二人にたどり着いたのは陸上部でほんの数ヶ月間だけ鍛えた未貴だ。
純の行動が智の助けになっていることは彼女も理解している。理解していても気が気ではない。
純と智は幼馴染みであり、小学校時代の親友同士。
笑い合う二人の姿を見てしまった以上、もはや放置できない。もう彼らは友情から先には基本的に進まない男同士ではなく、対になれる男女だ。よもやの発展を遂げた場合、目も当てられない。彼女か彼氏なのか、未貴にとってもよくわからなくなってきているが、智は大切な大切な交際相手だ。
「あ、み、未貴……?」
速攻で小さくなった彼氏の手を引くと、有無を言わせず歩き始めた。
純から逃げるように。過不足なく護衛任務を遂行した変人には、声を掛けるどころか目すら合わせず。
一方、しばらく絡まないと決めた純は有言実行。何一つ言うでもなく、智と未貴。お付き合いしているだろう両名の小さな背中を見送った。
「なるほど。やっぱり大変ですね」
「お菊さん? 何がですかぁ?」
「ミッキーにはまだ早い話だ」
女子二名を追いかけるように追従していったのは、女子たちだ。このクラスは基本、女子の行動が男子より先なのだ。
ぞろぞろと女子たちが純の目の前を通過していく……中、一人の女子が集団から抜けてきた。
「櫻塚くん、悪いなぁ……。未貴も急いてるみたいやわ」
智を奪い去っていった瞬間を目撃し、わざわざ謝りにきたのは常識人と名高い(?)金色のポニテを振り回す莉夢だ。
普段は金に近い茶なのか、赤っぽい金なのか微妙な色合いなのだが、直射日光に照らされたクォーター少女の髪は、限りなく金だった。
「……何を?」
「せっかく智ちゃんと……。まぁええわ。とにかくごめんなぁ」
言うだけ言って、女子集団を追い掛けるポニテ娘を見送ると、頭の上に盛大にクエスチョンマークを飛ばす純くんだった。
「や。昨日からモテてるじゃん」
続いて現れたのは大起だ。
ばっちりと見られていた。男子全員が足を止めて純と大起に注目している。
女子に限らず、男子たちからこれほどモテているのも、当然のように今年度初めてのことだ。
「竹葉……」
「大起って呼んで。名字で呼ばれると竹輪って空耳するんだ」
「ちくわ」
「…………」
「…………」
「まぁ、いいけど」
「許可出た。ちくわ決定」
「ちょっと待て」
「なんだ? ちくわ」
「…………」
大起の負けだ。
二人のバトル(?)に男子たちからまばらな笑いが起こった。人の嫌がることを言えばコミュニケーションOKなんて勘違いを純がするかもしれない。だが、たしかに少しだけでも『雑談』に対して自信を取り戻したことだろう。
現に口角を上げ、ドヤ顔をしている。たったこれしきのことで。
仕切り直しなのか、大起は一つ咳払いを挟むと聞きたいことに触れる。
「……智となに話してたん?」
「ん? 別に」
「随分、楽しそうに笑ってたからね」
「……そうだったか?」
会話の主導権は、すでに大起の手中へ。
純くんとしては、『……確認してみる? いいよ。純なら……』とスカートに手を伸ばしたあの会話に近付けたくない。言動が智のものだとしても、なんでそんな話に……となる。
発端になった『マジでお前さ。女になったん?』が危険だ。
受け取りよう次第では、智に興味があると思われてしまう。それは困る。
実際、興味津々でいじっているのだが、純としてはボッチが心の平穏だ。他人の関心など要らない。
「そうだったように見えた」
「…………」
会話が広がらない。純は自分の話などしたくない。無言はその表れだったりする……が、それを見越していたのか、偶然なのか、純が食いつく話題に突入する。
「なんか、智と話しづらくて」
「わかるぞ」
ぶっちゃけ、どの口が言う状態だ。中学で離れて以降の智也と話した時間と智になってからの会話の時間を比べると、僅か二日で既に超えている。
だが、無視さえしていなければ智也とならば、話せた気持ちはある。その上、智と喋りにくいのは間違いない。可愛すぎて。
「わかる!」
「俺もわかるわ」
「だよなー」
食いついてきた。男子諸君が。
「智也とは話しやすかったのになー」
「あんだけ女子とばっか絡んでたら俺らの出番ないわ」
「それもわかる!」
「可愛いんだけどなー」
「わかる! わかるぞ! 逆に可愛すぎてさ!」
「ヤバいよなー!」
「じゅ……えっと……。櫻塚は気後れせんの? 今日の一時間目もなんか話してただろ?」
純くん、ぼっち脱却の大チャンス到来である。
『智』という、なんとなく男子たちにとってどこか難しい相手。これが共通点になっており、急速に他の男子たちとの距離を詰めていく。
「いや、別に。話し掛ける時は、『こいつは智也』って言い聞かせてる。そう「なるほど!」
「俺もそれで話しかけてみるかー」
「女子になったけ話しかけんとか、悪い気がするしなー」
「それよ」
「松元とか、俺らに呆れてるかもしんねーし」
「櫻塚以外、誰も話し掛けてないもんな」
「大ちゃん含めてな」
純の言葉は最後まで言わせて貰えなかった。『そう』のあとに入ったはずの『考えると面白いし』は男子勢を引かせる可能性があっただけに、助かった部分がある。
「よーし。じゃあ俺が先頭切るよ。煽られたら仕方ないわ」
大起としては、本当は喋りにくいから絡みにいかなかったわけではない。純との会話が散見されている以上、邪魔したくなかっただけだったりする。
それこそ、智の望みであるから。
二人の間に横たわる問題は根が深い。
解決のきっかけになりそうだから遠慮していただけのことである。




