042話 百合由梨さん
「……面白くないな」
長い髪の毛を体育仕様で一つ結びにしている。降ろしていれば、不満を表すようにはね除けていただろう。
遠いような近いような微妙な距離で、二人が笑い合った。そんな瞬間を見てしまった。
どこかギスギスしながら、精神的な距離の近さを感じる純と智。
不思議な関係なことは間違いない。
純は、智を気に掛けつつ、突き放そうと努力しているように由梨には見える。
「何が面白くないんですか?」
厄介であり、頼りになるヤツが絡んできた。お菊さん。『さん』を付けるとなると何となくイラつくので、お菊と呼んでいる。
現時点では由梨の邪魔をする敵のような立場だ。
味方にしておくと便利だが、敵にすれば相当に面倒くさい。
「……ん」
顎で示した。
土のグラウンド。ミッキーはハーフパンツのお尻が汚したくないのか、踵を上げてそこに小さめのお尻を乗せている。
眼福……ではない。由梨は本人が否定しているように百合ではない。
そのミッキーの更に隣り。お尻が汚れても構わない未貴は、しっかりと腰を地面に下ろしている。
彼女が立ち上がった時、誰かがお尻の汚れを叩き落としてあげたりすると素晴らしい。
可愛らしいミッキーならば花丸だ。虚弱故に見学中の智だったとしたら、付き合っている(た?)補正も係り最高。ベストなカップリングだ。
是非、未貴のお尻に付着した砂を目がけて平手を。
いや、優しくそっと払ってあげるのも有りだ。
だが、その役割は自分じゃない。自分だったら何の意味もなくなってしまう。
だから私は百合ではない。
「未貴……? どうしたんですか? 暗くなっていますね」
やれやれ。観察・観測が好きなのだろう。なのに、見ていないとは何事か。
……と、一瞬思ったが、お菊さんは自分の順番が終わったばかりだった。さすがに走り高跳びしながら周囲の監視は不可能だ。
「櫻塚と智が笑い合った瞬間を目撃した」
潜めた声量で伝える。
別れたほうがいいのでは……と、お菊が考えていることは知っている。それでも、未貴の想いに寄り添った行動をしてくれるだろうという信頼がある。
きっと悪いようにはしない。このお菊なら。
「……なるほど。複雑ですね」
正にその通りだ。
未貴は、高校入学当時から純と智の関係修復を望んでいた。だから純に対して、悪い感情を抱いた。無視しかしない純に。
それが智が女子化。女子化した途端、関係が回復しているように思える。
急速に距離を縮める二人を見て、未貴が何を感じているのか。
今や未貴と智は女同士であり、智と純では男女となる。智がどちらと付き合うのが健全なのか。
「面白くない。智ちゃんは未貴の気持ちをもう少し考えなければならない」
「考えているからこそ……かもしれませんよ?」
「またその話になるのか。全く合わないな」
「……そうですね」
どうしてこう、お菊は男子と女子に拘る?
未貴と智が別れて何のメリットがある?
男は要らん。あんな粗暴な連中など、この世から……とまで言えば言いすぎか。
男がいなければ、可愛い女の子も産まれなくなる。
可愛い女の子は良い。男どもはおかずもデザートの果物も奪い合う。
そんな連中が家に三人。
きっと両親は、女である由梨が産まれたので打ち止めにしたんだろうと思っている。正解だ。末っ子だけが違う性別の事例は数多い。由梨の家庭も例に漏れず、女の子が産まれ、最後の子とした。
兄が三人もいる環境で育ち、口調が男勝りなものになった。
思っていることを口にするようになった。しなければ、負けてしまう。あいつらは同調などしない。
小学校の低学年の頃、両親にお願いしたこともある。
『妹が欲しい』と。
返ってきた答えは、『勘弁してくれ』だった。
ようやく由梨に掛かる手が緩んできたのに、もう一人産んだとすれば、赤子から子育て。いくらお姉ちゃんが手伝ってくれても、親の身体的負担は大きい。
聞き分けよく、諦めた。
学校で聞き分けが良いのも基本、女子だ。男子はダメだ。
乱す存在だ。静寂を。順序を。団結を。
だから由梨は百合が好きだ。
自分が百合ではない。男が嫌いと言っても、存在を認めないほどではない。
兄たちは自分を可愛がってくれた。父親など、今でも溺愛していると言っても過言ではない。
けど、可愛い女の子だけは男子どもに取られたくない。
由梨は、自身が百合ではなく、百合である子たちを眺めることが好きなのだ。
だから由梨は迷うことなど何もない。
未貴と智がこのまま添い遂げてしまえば、いちゃこらしてくれる。イチャイチャしてくれたらご馳走様。ご馳走様どころか、おかわりを求めたい。
今日の柔軟体操は良かった。
女子の体育参加は九名。ちょっと背の高い自分は同じくらいの身長二人と組んだ。莉夢もいた。だから、手が空いたタイミングが発生した。
……ガン見していて怒られた。
舐めるように凝視していたのは、未貴と美希。ミキミキによる柔軟体操だ。
『何をうらやましそうに見てんねん!』
莉夢のツッコミだったが、的外れだ。
由梨は公言しない。自分に百合疑惑を向けさせたまま、百合百合してくれそうな子たちをこっそりとバックアップしている。
……それを誰かさんに観察されていたことには、由梨も気付かなかった。




