041話 スカートひらり。いや、ちらり。
隣りに視線を送ると、そこには座り込む小柄な美少女の姿。
自分のように胡座をかいてはいない。膝を三角に立てた、所謂、体育座りでスカートごと前の授業で見せ付けられた大腿部を抱えている。
グラウンドの片隅、体育館横のコンクリに体温を奪われながら。
(どうしてこうなった?)
スマホを仕舞った直後、体育への移動前に女子勢。とりわけポニテ莉夢が熱心に勧めてきた。大起もその主張を強く推してきた。
どうせ体育はサボるんでしょ? じゃあ、授業中の護衛はお願いね……と。
そのせいでこうやって横並びで座っている。彼女らが言うには、片時も離れてはいけないらしい。変人さえ隣りにいれば、魔除けに使えると言ったのは大起であり、委員長も同意していた。
閑話休題。
実は、アレ以降、智には全く話し掛けなかった。
羞恥に身を捩らせてみたり、時には特別な意図なく誘惑しているかのような天然美少女だったりと、こいつを見ていると気が休まらなかった。何をしても仕掛けた純自身が赤くなるような場面に遭遇してしまった。
それでもチラチラと横目に見てしまうのは、純にとって間違いなく気になる存在であるからだ。色んな意味で。
智の太ももは、基準の厳しい女子が羨むような純白で細いものだった。きっと男子が見たとすれば、もうちょっと肉付きが良ければと思うであろう。実際に自分も思った。
けど、スカートぺらりはいかん。誰にでもするのか、俺が相手だからやってみせたのか意味不明だ。目に焼き付いてしまった。
心安まらない。
昨日の午前中までの平穏はどこへ? 壊れてしまった日常が懐かしい。黙ってゲームに明け暮れていた日々よ。貴方はいったいどこへ?
平穏をぶち壊したのは明らかに智だ。
だけど、もう突付きたくない。倍返しで戻ってきている気がする。
じゃあ、直接ではなく、周囲を焚き付ける方向で智叩きを継続しようか。
なんてことを考えている内に授業は終了した。ほとんどセンセの話すことは聞いていなかった。オンラインゲームもちょっぴり進められた程度だった。
「………………」
また盗み見すると、膝を抱えたまま、グラウンドで体を動かすクラスメイトたちを見詰めている幼馴染み。心はともかく、体は女子化済み。
(女子化済み……?)
そう言えば誰も確認していないような。
そんな状況で男もののパンツ。
(あっ……くそっ……!)
思い出して、そっぽを向いた。黒くて長い、半ばまで覆ったソックスと智の太ももの色の対比を。漆黒と純白のせめぎ合いが最高のバランスで配置されていた。
でも、あれは間違いなくトランクス。
せめてボクサーブリーフにしろとか思ったけど、言い出せるわけがない。
(誰も確認できんのに男もの?)
それってちょっとまずいかも。
今後、問題を運んできそうな気がした。
(……知らんわ)
まぁいいわで済ませることに決定。
敵に塩を送る行為など理解できない。
外見に騙され、忘れてはならない。
『どっちかが落ちても同じ学校へ』
落ちるとしたら梅原 智也のはずだった。
小学校レベルの授業など、聞いてるだけで九十点は当たり前。そんな自分と六年生になって勉強に目覚め、九十点が当たり前に追い付いてきた智也。
智は頑張ったね! 凄いね! と褒め称えられ、努力している様子を見せない自分には何もなし。
中学受験のテストは純が智を上回っていた。一緒に採点したので間違いない。両名ともボーダーはしっかりと超えていた。
なのに、智合格。純不合格。
そこで終われば、大人って努力とかそういうの好きだよなーって笑って済ませられた。
授業態度も智也のが真面目っぽく見えていたので、決め手はそこだったんだろう。センセたちは、最初から出来る子だった純よりも、後から伸びた智を評価したがった。きっと、自分の手柄にできるから。
――そこまではいい。
そのテストからしばらく。智也は裏切った――
中学受験を突破したその難関私立中学へ、入学を決めた。
何か言い訳しようとしていたような気がするけど、激昂していて何も聞かなかった。そんな余裕などなかった。
一緒にプロゲーマーを目指そうって言ってたのに。
感覚派というか直感でやってしまう純。理論派で慎重、裏打ちされた練習量を力に変える智。
このコンビで、これから出現するだろうプロゲーム会社に就職。将来は独立を描いていた。
それなのに……。
「……純?」
怒りが復活していた時、隣から爽やかな風鈴のような音が聞こえた。息を潜めるように話しても澄んでいる。
そんな気遣わしげな声音が苛立ちを加速させる。誰のせいで仏頂面していると思っているのか。
「お前、トランクス履いてんの?」
聞いた瞬間、頬を染めるでもなく、「あ、うん」と即答された。今、智にとって、単なる男子同士の会話なのだろう。相手が疎遠になっていた親友という意味で嬉しそうでもある。
「馬鹿じゃねーの?」
「え?」
「お前、受け入れて欲しいの? 欲しくないの?」
「……それはもちろん」
少女の頭が下がっていく。前日の初登場で見せたような、弱々しい表情で。
声を掛けてくれて高揚したのは束の間だ。何気ない日常の会話ではなく、またしても指摘だった。
「特に女子の皆さま。あいつらにハブられたらお前、終わるぞ」
純は、困惑している。
苛立ったから責める言葉を発し始めたつもりだった。が、出てきたものはさっき却下したはずの敵への塩。
男もののパンツが脳裏から離れてくれていなかった。だからそっちの方面で話し始めてしまった。
まぁ、いい。
結果的に智にプラスになりそうだが、現時点では攻撃材料だ。なので、この線を継続。たちまち、今が良ければそれでいい。
「今、トイレどこ使ってんだ? 運動できるようになったら、どこで着替えるんだ?」
「……先生の……。教員用のトイレだよ。着替える場所は決まってない」
「いつまでそうすんだ?」
「えっ……と……。それは……」
言い淀み、完全に顔をスカートに埋没させてしまった智を見やり、そっとため息を一つ。
弱々しいその動作は、どう見てもか弱いタイプの女子だ。そのせいで完全にペースを崩されており、お陰で余計なひと言をぶちまけることになった。
「お前が壁作ってどうすんだよ……」
完全に『智の相談に乗ってあげている優しい幼馴染み』になってしまっていることに今回は気付いた。
……ので、誤魔化し半分に要らぬことを言ってみる。
話題もほとんど繋がってなかったりするが、知ったこっちゃない。
「マジでお前さ。女になったん?」
何度も思うけど、校内の誰も確認していないと思う。彼女の未貴もだろう。そこは智のナイーブな部分であり、安易に踏み込んでいないはずだ。
「……確認してみる? いいよ。純なら……」
ごく真面目な顔を向けて言いつつ、スカートに手を掛けると純くんに激震が走った。
「いっ! いらん! そんな必要はないですよっ! あはははっ!!」
目下、文字通りの変な人が生誕した。
予想した通りの反応を示してくれた純を見て、智は晴れ晴れと笑う。
解ってやったのだ。手厳しい指摘ばかりの純に見せたささやかな抵抗……のつもりだが、効果がでかすぎることには気付いていない。
変人の傍では、小悪魔が生まれてしまったらしい。
形こそおかしいが、数年ぶりに二人が笑い合った瞬間だった。




