040話 ライン開通
下向きニヤニヤでスマホを操る手が止まる。
俯いたまま、右に視線を動かしてしまった。
智いじりが楽しくて仕方ない。思った通りに羞恥に塗れる様子が何かを満たしてくれる。
純は智の横顔だけは意図的に外しつつ、その小さな姿を捉える。
顔を見ないのはアレだ。女の子女の子していて、なんだか純としても照れくさいのだ。
(セーラー服……)
どんな気持ちで着ているのか。
様子を見た感じ、女装させられている気分なのだろう。
これが原因で他のクラスの連中も智を蔑ずむだろう……とは、さすがに思っていない。
よく似合っていると思う。
心からそう思う。きっと、女子たちはキャッキャと喜び、男子の中には惚れるような奴も現れるだろうと予測した。いや、他クラスの人がまだほとんど見ていない現状だが、惚れた男子は出現しただろう。この二年B組の中に。
(スカート。スカートだよ! あの智也が!)
今、どんな気分?
聞いてみたい気がする。聞いたらその瞬間、茹でタコ化してくれるはずだ。
だけど、そろそろ真っ赤になってキレるかもしれない。
キレられるのはまずい。智の味方は女子全員だ。敵に回したら恐ろしすぎる。きっと呼応して罵詈雑言を浴びせられる。
スカートは制服である以上、仕方ない部分だ。
(足、ちっさ)
上靴だけは昨日からサイズが合っていた。
骨がスカスカらしいから、そこだけはきっちりしたんだろうと思う。詰めが甘いけど。
昨日の格好だと、あの裾を折り返していた部分が外れ、踏んづけてしまえば転ぶ。転倒したら、もれなく骨折だ。
(それはちょっと……)
心配してるわけじゃないけど嫌。なんでかわからないけど、そういう不幸は引く。精神的にモヤモヤする。
転ばないよう、フォローくらいはしてもいいかも。
(それは置いといて)
思考がどこか優しくなってしまったので、棚上げしておいた。
上靴に納まっている脚から上に上がると見つけた。ここならツッコんでも大丈夫そうなところを。
(タイツ履いてんのか……?)
目を付けたのは、黒い生地に包まれた足だ。
それがオーバーニーなソックスであることを純くんは知らない。
スカートから伸びる足にまとわりついた黒く厚めの生地は、確かにパッと見だと黒タイツにしか見えない。
(スカートの場合とは違うな……)
選べる制服だけど、女子用のスラックスは導入されていない。あくまで女子はスカート着用。これがルールだ。着用しても仕方ない。
ソックスは男子用のものと丈の変わらないものも、もちろんある。男子の選べるソックスは、くるぶしまでのものとスネの半ばまでのもの。あと、ほとんど選ばれていないハイソックスだ。
なのに、男女兼用のものの女子サイズを選ばず、智はタイツを選んだ。
やむを得ないスカートとは違って、自分で選んだ女子用アイテムだ。こここそツッコミどころだろうと思った。
「おい……」
「…………」
智はヘアピンで髪を固定して以降、集中できているらしい。
顔を上下させ、先生とノートの間を往復させている。
「智……?」
「…………?」
小声に反応した。
愛くるしい顔を向けてきた。そして、首を傾げる。
(……やめろって)
首を傾げる動作は男でもする。それくらい純くんでも知っている。でも、女子化した智にはして欲しくない。でも、髪が動かなかっただけさっきよりはマシだったので、ツッコミを開始する。
惚れさせて振りたいらしいが、それでも意地悪だけはやめられない。恥ずかしがる姿を堪能したい。
まるで気になる女子にちょっかいを出す小学生男子そのものなことに、純くんは気付いていない。
「それ」
指差し付きで指摘したが「待って……」と止められた。
目立つ。静かな教室内。声を潜めたところで気付く者が現れる。
どうするつもりだと思った純だったが、すぐに理解した。智が机に隠すようにスマホを触り始めたのだ。普段、純がそうしているように。
「ぁ……」
「ん……? あ……」
智が極小の声を漏らすと、瞬時に脳に染みた。頭の回転速度は速い。
気付いてしまった。智は自分のラインIDもメアドも知らない。
「……ったく」
智にツッコミを入れたい。それ以外、何も考えていない。
純は素早くノートの端に数字とアルファベットの羅列を記入すると、二度目のノート破りだ。
その切れ端を前の男子の時とは異なり、智に直接手渡した。
「純……これ……」
智ちゃん歓喜の瞬間だ。
大輪の薔薇も霞むほどの笑顔……ではなく、涙目になった。嬉しすぎて。でも、偏屈が相手だ。さっさと隠しスマホを操作していく。待たせるとへそを曲げるかもくらいの勢いで。
これが純と智の端末が数年ぶりに繋がった瞬間だった。感慨に耽りたい気持ちを抑えて、個別チャットを即座に飛ばす。
【なに?】智
かつての相棒とラインが繋がった。
これで純のターンが訪れた。今度はどんな反応を示してくれるだろうかと、ほくそ笑みつつ入力していく。
純【お前、タイツなんてよく履いたなw 男は履かんぞ】
メッセージを受け取ったであろう智の横顔を凝視する。
さぁ、見せろ。お前が履いてるソレは女子しか履かんものだ。屈辱か、羞恥か。それともスルーか。
なんて返すんだ?
悪い笑みで色々と想像していたが、相手の表情には一切の変化なし。智は、小さな手で入力している。
(あれ?)
無反応とは思わなかった。動揺しながら言い訳の一つくらいするだろうと思っていた。
(……なんて言い訳するんだ?)
冷静な顔……どころか、どこか嬉しそうにしているなんて予想外もいいところだ。
【タイツじゃないよ。見て?】智
ここで純くんは猛反撃を喰らってしまうことになる。
『見て』と言われて見てみると、軽くスカートをまくり上げている美少女がいた。ソックスであることを証明しているのだ。
脚を見せるのが恥ずかしいからと言って、ながーい靴下を選んだのにそのおみ足の大腿部を惜しげもなく全開にして。
ちょっとだけ、パンツの端も見えた。
……トランクスの端だった。
スカートをめくって太ももを見せてくれる子なんて初めての経験な純くんは、頬を赤く染めて窓の外へと顔の向きを変えてしまった。
今回の勝負も智の勝ち。




