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004話 変人・櫻塚 純の生態

 


 教室の開け放たれた窓から入る、潮の香りを含んだまだそれなりに涼しい風が窓際席の生徒たちの髪を揺らしている。

 窓際の男子列だけでなく、その隣の列にも届いており、女子たちの髪の毛をサラサラと揺らしている。


 窓際から男子・女子・男子・女子。これが縦に五名ずつ。通常の普通科とは異なる、総勢わずか現状十九名。空席含めて二十席。


 少人数教育の先駆けとして、試験的に取り入れられた特別進学コースの歴史は長くなってきた。

 私立緑新高等学校は新進気鋭の私立高校として知名度も上がり、特進の全国偏差値は五十五を超えてきた。右肩上がりにその数値を伸ばしている。

 クラスの数も四つに増え、将来的には更なる増加を見据えているらしい。


 だが、現在の特別進学コースに籍を置く生徒たちには、そんな学校関係者たちの思惑など知ったこっちゃない。思い思いに席を立ち、おしゃべりに興じている。


 ……いや、このクラスだけだ。そんなことになっているのは。

 現在は五時間目。二時間連結の(ロング)(ホーム)(ルーム)の真っ只中だったはずだ。

 他のクラスは今頃、修学旅行について時間が割かれていることだろう。


 ところがこの二年B組だけは自由時間だ。

 もちろん2-Bのみ修学旅行なし……な訳ではない。


 これまでの流れで分かる通り、この教室には、この日、ある奇病により十ヶ月近い休学を余儀なくされていた生徒が復学を果たす。


 生徒たちは、ひたすら待っていた。

 昼休憩の終わり頃には到着する予定だと未貴が話していた。しかし、待てど暮らせど梅原 智は、教室に現れなかった。


 そのまま五時間目に突入。

 その梅原 智は混乱を回避する為、この五時間目と云う遅い時間の登校すら遅れてくるそうだ。この時間を開始する時間になって、ようやく担任教師に聞かされた。


 要するに梅原 智を待つ為だけに、現行、自由時間となってしまっている。なので、そこら中で会話の花が咲いている。


 そんな教室の廊下側中央には、色とりどりの華やかな女子たちの大半が広く陣取っている。


「結局、この未貴(板胸)の早とちりだったってことですか?」


 真面目系に見える黒髪眼鏡少女は、本人を目の前にしても毒を吐くらしい。

 委員長らしいがこれでいて、やることはやるタイプか何かなのだろう。


 ……単に成績かもしれない。


「い、板じゃないもん!」


「板かどうかはともかくだ。未貴のせい「ともかくじゃないよ!? 大事なことだよ!?」


 胸に手を当て、アピールしてみせたが未貴のセーラー服のその部分は、お世辞にもほとんど膨らんでいない。


「話が進みませんよぉー?」


「せやで。未貴の胸は板やない。慎ましいんや。これでええか? ほいで、早とちりだったん?」


「あんまり良くない……」


 どうやら女子軍団は本調子に戻ったらしい。

 未貴という子は、いじられ系の少女だ。表情がころころ変わる。白襟の白セーラー服であり、パッと見で清楚系に見えるが元気っ子だったりする。

 因みに、後ろの席の委員長はブレザータイプの制服だ。


 これは、緑新高校が制服の選べる私立学校だから発生している事態だったりする。


 デザイン自体は統一されている色違いのセーラー服。デザインそのものが何種類かあるであろうブレザー。セーラー服とブレザーを融合させたような制服も見られる。

 胸元もリボンやらネクタイやら色も形も様々だ。スカートまで黒やら紺やらチェックやら入り混じっている。


 このように生まれ変わって久しい。

 年々増加していくパーツやアイテムの組み合わせは、遂に万単位になったと言う。


 そんな女子たちを教室の廊下側から中央近辺に据え、外堀を埋めるように小グループで点在する男子たちの制服もまた、組み合わせにより数千通りになるらしい……が、華やかさでは女子の圧勝だ。それを象徴するかのように男子の視線の多くは女子たちに注がれている。



(もうさ。どうでもいいから早くしてよ……)



 こんな私立緑新(りょくしん)高等学校・特進コースのB組だが、窓際最後尾の席には、変人と呼ばれている少年が住んでいる。



(用意周到なことで)



 今日も今日とて、椅子と机の間を広く取り、目線はほぼ真下に……。どころか、思い切り俯いている。


 HR中にも関わらず、スマホをいじり回しているのである。ただ、現在はHR中。しかも自由時間を言い渡されているため、まだマシだ。いつもは通常授業中でもお構いなしでスマホを操作している。


 無論、校則違反だ。

 二十名という少人数教育の現場でその授業態度。気付かない教師など存在しないが、もはや咎めらることはなくなった。

 一年生時分、注意した教師たちに対し、『聞いてますよ。中間テストで証明すればいいんですよね?』と、この男子は生意気な口を聞いた。


 そして、有言実行。

 全科目に於いて、平均得点を上回ってみせたのが一年生の前期中間テストの話だ。


 以降、教師たちは黙認するようになった。

 特別、授業を妨害するわけでもないので放置されていると言い換えてもいいだろう。何しろ、口論するにも指導するにもめんどくさい手合だ。


 そんな変わり種に対し、周囲の生徒たちは『あいつは大したヤツ』と言うようになった。必ず『変人だけど』と前か後ろに添えられるが。


 この破天荒な少年は、櫻塚(さくらづか) (じゅん)


 授業中だけなら変人と呼ばれることは早々ない。その由縁は休憩中も絶えずスマホをいじり回しているところからだ。昼食の時でさえも。

 彼に話し掛けても、十中八九はスルー。

 聞こえていないことはないはずだとクラスメイトは証言する。事実、指名されるときっちり答えを教師に返しているのだから。


 そんな態度から生まれた『櫻塚 純は、人よりもスマホを愛している』は、彼にとっての褒め言葉にも見えた。何しろ学校に滞在する時間ほとんどをスマートフォンに注ぎ込んでいるのだ。


 そんな彼の影響なのか、隣の席は空席だ。

 ただただ遊んでいる奴が隣に座っていたら、間違いなく気になるだろう。なので今のところ、空いたままだ。空け()ままだと話す同級生も数多い。


 それはともかく、この少し迷惑な純くん。


 実は、何を隠そう、幼馴染みが留年の危機に陥った際、学校の判断を不服とし、真っ先に異を唱えた張本人だったりする。

 活動が軌道に乗ると未貴と大起に任せてしまったが、それでも起案者なのである。


 だから、彼のことを大物だと思っている者は相当数に上る。変人(変わった人)だけど大したヤツだ……と言われるようになった。


 そんな彼の感じた用意周到。


 留年を突き付けた当時とは異なり、現在、学校は復学する生徒の為、全力を投じている。彼女(・・)の復帰自体が奇跡的な出来事であり、これを純の切なる訴えにより理解した。


 ()が無事に卒業した時、良い宣伝になる……と。

 少子化の進む今日(こんにち)、私立高校の経営は大変なのである。






 ようやく登場した彼。櫻塚 純くんが当作の主人公です。

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