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038話 男子か女子か

 


 あからさまに目を逸らされた智は、その儚い外見に見合った悲哀の眼差しを()親友の背中に向ける。

 本当は元など付けたくない。けれど、現状はどう考えても一時期だけ仲の良かった昔の友だちという関係だ。


 だが、この姿になってから元親友に変化が見られている。

 目が合ったこと自体、偶発的なものを含めて数少なかったのに、この女の子の体になってからというもの、復学二日目にして既に超えたように思える。


 何だかんだいっても、純は気にかけてくれている。

 大樹の幹のような過去の太い繋がりは、随分と細い枝に成り下がってしまったものの、今もわずかに繋ぎ止めてくれている。


 そう思うと何だか心地よい。


 純の後頭部を捕らえたどこか物悲しい眼差しは、次第に変化し、ものの十秒ほどで教室正面を向いた。




『櫻塚くんから太鼓判を押されていますよ? 梅原さんなら、すぐに追い付きますって』



 まだ入院中だった二ヶ月ほど前。面会に訪れてくれた、皺が多く、顔中で優しさを表しているような女性に掛けられた発破だ。


 隣りに座る純は、顔を合わせると今のように冷たい態度を取る。しかし、その裏では不遇の立場に押しやられた自分の為に動いてくれていた。


 元相棒は、学校の最高責任者である理事長に直談判を果たした。

 純は昔からそうだった。腰こそ重いが、立ち上がると大きな結果をもたらす。

 今回も一度は決まった留年の決定を覆し、自身の進級を勝ち取ってくれた。


 だからこそ、やらねばならない。

 授業に付いていけなくなるようなことがあれば、表面上はともかく、今も心の奥底では繋がっているはずの櫻塚 純に迷惑が掛かる。学校の最高責任者の不興など買うものではない。


 だから、かつて勉強に目覚めた頃、元親友が教えてくれた勉強法を実践する。


 教師の声を一言一句、聞き逃すまいと目を離さない。

 その様は、強大な敵を見据える姫騎士のように凜々しくも見えた。



『先生の話をしっかり聞いておきゃいいんだよー。ノートなんてメモ帳だぞ?』



 過去、純の言うことに間違いはなかった。

 昨日、女子制服を着るべきだと言われたから、彼女とその友人たちの力を借り、本日、女子制服……セーラー服に身を包んだ。


 羞恥心をかなぐり捨てて。

 正直、元男子だと知れ渡っていて、恥ずかしくて仕方がない。それでも着た。

 結果は純の言った通りだったらしい。


 何とか溶け込めたと思う。その実感はある。


 やっぱり純の言葉に間違いはない。なので、受け入れる。それがどんなにきつい注文であっても。



『……に、似合ってるな……』



 今朝、朝礼前に言われた。


 ふいに、純のその言葉を思い出すと、教師を見詰めたまま、赤面してしまった。照れではなく、羞恥で。




 ◇




 智に微笑み掛けられ、一時的に冷静さを失ってしまった純だが、数分後には元通りだ。

 クラスメイトも先生も見慣れてしまった、机の手前に視線を落としたいつものアレ。猫背、肩こり一直線なその姿勢。


 指先は、黙々と同じような動作を繰り返す。

 同じミッションを延々とこなす周回作業。


 昨日、ロストしてしまったロリキャラの育成に精を出す。ショートボブで可愛らしい。何気に智をイラスト化すると似た感じになりそうなキャラだ。


 あれは致命的なミスだった。


 生じた手元の狂いは、なかなか姿を見せない智に苛立ちを感じたからこそ生じたミスだと認識している。



(あー。これもこいつのせいだ)



 理不尽な怒りが再び鎌首をもたげると、隣りの智にまた目を向けた。睨んだと言ってもいい。

 病気を機に美少女に変貌してしまった元相棒の姿を捉えると、またも見てしまった。ノートにメモしようと下を向いた弾みで、サラリと流れた髪を細く綺麗な指が抑え付けた瞬間を。


 そんな所作に疑問と興味が首を伸ばす。



(どっちなんだよ。こいつ……)



 もう一度、試してみようと思った。







 ――女の子扱いされたいのか、されたくないのか。





 男子制服を着ていた昨日。復学初日。

 しきりに周囲の視線を気にしては、深く落ち込んでいた智に言い放った。



『お前みたいな可愛いのが男の制服着てりゃ誰だって見るだろ!』



『お前、高熱で脳細胞、いくらか死んだんか!?』



『見るに決まってるわ! 見ないヤツは単に見て見ぬフリしてるだけだ!』



『目立ちたくなかったらそれ相応の格好しやがれ! 分かったか!!』



 己のこの言葉に従い、クラスの女子たちの予備制服を掻き集めて、今朝、純が登校した時間には、セーラー服美少女と化していた。


 ……照れと羞恥に苛まれ、赤く染まっていた。


 智の中にある男子がそうさせたのだろうと思う。



 ――では、女の子扱いされたくないのであれば、(自分)に対する過去の負い目から言いなりになったのか。いや、なっているのか?


 十分にあり得ると思う。

 それだけのものを隣の元男子には与えたはずだ。反故にされたことは置いておいたとしても。



「おい、智?」


 声を潜めて呼びかける。予測を確信へと昇華させるために。


「………………」


 反応なし。よほどの小声に気付かなかったのだろう。

 智はメモを取り終えたのか、顔を上げると少し上向きで小さく頭を振った。前方に流れてきていた髪の毛を定位置に戻すかのような、この授業中だけで何度も見た動作だった。


「……智?」


「…………?」


 気付いたらしい。

 二度目の呼びかけで実に可愛らしくなってしまった小顔を向けた。

 すると、真剣そのものだった凜々しい瞳が、純からの声だったと知った瞬間、柔らかなものに変化した。


「…………っっ!」


 一瞬だが、時間が止まってしまったのは純のほうだった。


 慣れるまでしばらく掛かりそうだ。




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