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036話 目と目が合う時

 


 早めに通学した男子たちの視線が気になって仕方がない。

 今、どんな気持ちで女子の恰好をしている自分を見ているのだろうかと思う。


 うわー。本当に着ちゃってるよ。あいつ変態なんじゃね?

 男の頃から着たかったんじゃねーの? 気色悪ぅ。


 そんなふうに思われているかもしれないと考えるだけで、何をするにも億劫になってしまう。

 だが、周囲の女子たちはそんな智の内心に触れることなく、テンション高めに仕上げに入っている。


「リボンタイも可愛い!」


「ですね! でも、あたしはさっきの白タイが好きですぅ!」


「そうだな。あとは本人の好み次第だ。どれも悪くはない」


「智ちゃんはどれがいいんですか?」


 遂に覗き窓の目張りも外され、オープンとなった教室内で智はされるがままだ。

 ぶっちゃけるとノリのまま、女子の皆さまに決定までしてほしい。自分で選ぶとなると、男だったアイデンティティにヒビが入る。


「えっと……」


 だが、勝手に決めてとは言い出せない。女子たちは楽しみつつも、当人である智の意思を尊重してくれているようにも思えるのだ。現に、これで決まりなどとは一度も言っていない。


 ちょっと前、未貴に手渡されたちっちゃな鏡を覗き込む。きっと女子のたしなみなんだろうなとは思うが、子どもっぽい未貴の荷物の中から出てきたのは驚きだった。


 その鏡を自分の小さく整った顔を避け、首から下のセーラー服に合わせる。


 そこには、白く細い首に白いセーラー服と白い襟。着ることになるなんて考えたこともなかった女子制服が写っている。しかも恋愛関係にあった彼女がさっきまで着ていたもの。

 仕方ないとは解っていても、ちょっぴりつらい。


 そんなセーラー服の襟からちょんと垂れ下がっているのは、誰が持ってきてくれたか不明な黒く細いリボンタイ。実に女の子女の子した、経験など皆無にも見せる清純の象徴のような代物だ。


「これ()いいかな……」


 正直、もうどうでもいい。

 クラスの半数を占める女の子たちに埋もれて目立たなければなんでもいい。本当は『これ()いい』だけど、もういいや。


 そんな気持ちだったのに、タイミングがものすごく悪かった。

 言った智の背後を例の変人が通ったその時だった。


「あ、櫻塚くん! おはよですよぉ!」


「おはようございます」


「おはよう」


「……おはよ」


 順番にミッキー、お菊さん、由梨、未貴。

 智は挨拶すら返せず固まった。ついでに純くんも固まった。


 智は女子制服姿を見られた衝撃で。

 純は女子からのまさかの挨拶で。


「おはよ」


 いち早く我に返って、あくまで平静を装い淡泊に。これが出来る純くんは大したものだ。

 対する智ちゃんは、それが出来ずに固まったままだ。

 隣の席に腰掛ける純を視界に入れたのがやっとだったりする。見られることになるのは解っていたが、唐突すぎた。何の覚悟も出来てやしない。


「どうですかぁ!? 智ちゃん、すっごく可愛いですよねー!!」


 口火を切ったのは、変人に対して物怖じしなくなったミッキーさん。年相応の美少女。純くんは面食いの気でもあるのか、彼女に対してちょっとビビっている。

 声を掛けられたタイミングは悪い事に、いつものスタイルに入る前の出来事だった。まだ純はスマホを開いていない。


「……どうって言われても」


 スマホガード発動前の純は返答せざるを得ない。なんだか昨日から流れが変わってしまった。

 答えるしかない彼は、きちんと答えた。

 残念ながら智は真正面……どころか、ちょっと向こうの若干廊下寄りを向いたまま。セーラー服を着ているね。これくらいの感想しか出せそうにない状態だ。


「どれがいいんだ……?」


 求められた感想に答えられない状況を前に、さっきの智の言葉を思い出した。

『これがいい』と確かに智が言っていた。


「これだ。この細いタイ」


 グイッと。由梨さんが平気な顔して智にタッチ。肩をつかんで上半身を純に向けてしまった。


 目と目が合う。

 智と純。かつての親友同士の視線が昨日に続いて交わった。二日連続で目が合ったのは四年ぶりだ。男女別の制服となると無論、初めてだ。


 ……再び両名、石化する。


 智は警戒で。


 お前! ちょー似合ってるじゃん! めっちゃ可愛いぞ! すげーなおい!!


 これは違うかもしれない。

 もしかしたらの逆パターン。


 ぷぷっ! お前! セーラー服かよ! 俺、てっきりブレザーにするかと思ってたぞ!!


 こうやって精神を削ってくるパターン。

 要するに何を言われるかわかったもんじゃない。なので見構えた。



 石化したもう一名。


 純くんの場合は……。


(……すっげ。めっちゃ可愛いじゃねーか……)


 純粋に智の可愛さに言葉をなくしてしまっているのだった。


(そうじゃない!!)


 そして復活は早い。


(何か言わんと……!)


 ところが脳の機能は一部停止していた。それだけ、智のセーラー服姿に衝撃を受けていた。


「……に、似合ってるな……」


 絞り出したものは、普通の褒め言葉だったりする。




 めっちゃ煽ろうか。それともバカにしてやろうか。



 こんなことを考えながら通学したのに、いざ女子制服の智を目の前にすると出来なかった。










 ……ところが。



「に、にあっ……」


 智、赤面。絶句。


 どんな口撃よりも、単なる褒め言葉が普通に一番恥ずかしい元男子なのだった。




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