035話 続く着せ替え遊び
未貴の着替えを直視……どころか、同じ空間にいることさえ無理な智は、女子三名と廊下待機中だ。
無論、ちょっとだけサイズの大きいセーラー服姿で。
他のクラスの人に見られたらと思うのか、教室の壁に正面を向けた彼女の姿は滑稽だ。
だが、そこから離そうとしても離れてくれないのである。
無理に剥がそうと思えば、小柄で虚弱な智を相手なので簡単だ。けど、そこまで強引にする必要もない。何より、未貴以外の女子はまだ、智との距離を縮めている最中であり、未貴は着替えの最中だ。
「えっと……? どうなってるんだっけ?」
「ミッキーの予備の制服を未貴が着ることになった」
「その未貴の制服を智ちゃんが着るんだね」
「ぅ……」
小さなうめき声が壁に寄り添う少女から零れた。
今のセーラー服の着用でも相当な勇気が必要だった。それが今度は彼女のセーラー服を着用することになる。
踏んだり蹴ったり。
一難去ってまた一難。
智の脳内にはそんな言葉がおどっていることだろう。
彼女の制服というだけでも難易度が高い。その上、続いての試練は脱ぎたてのセーラー服なのである。もしかしたら温もりまで感じられる状態かもしれない。
「未貴終わったよー!!」
そんな時にドアが開け放たれてのひと言。
きっと、智の鼓動は更に早まったことだろう。
「……なんで智ちゃん、壁に引っ付いてんの?」
「本人に聞いてくれ」
問われた由梨さんも羞恥心に苛まれている智の姿を見ていて、どこか楽しそうだ。Sっ気でもあるのだ。たぶん。
「ほら。智。行ってこい」
「……はーい」
廊下から教室内へ。
白じゃないセーラー服姿の未貴は新鮮で智の心もときめいた……が、早々に沈んでしまっている。
他の女子は未貴を除いて、再び撤収済みだ。
智のお着替えタイム再来である。
似合う制服が見つかるまで延々と続くやも知れぬ苦行だ。
因みに、155のAタイプ制服でもぶっちゃけ問題なかった。先ほどの制服は相当似合っていた。大きめ制服で可愛らしかった。
なのに、わざわざ150Aの未貴セーラーに着替える理由は、単なるサイズ合わせだ。
未貴のものが似合えばそこで終了だが、合わねば大きめサイズで試着会の継続予定となっている。
ついでに『A』とは、制服の横幅が標準であることを示す。『B』だとぽっちゃりさん用と云った具合だ。智の場合、着てみるまでもなく『A』だ。標準どころか、痩せ型だろう。『C』以上は、この緑新の制服サイズには無く、これ以上は特別縫製になる。
「はい。どうぞ」
差し出された清潔感溢れる白セーラーに智の手が動かない。彼女の制服をじっと見詰めたまま、問いかける。
「未貴は問題ないの?」
自分のセーラー服に彼氏が袖を通すことが。
皆まで言わなかったが以心伝心。しっかりと伝わった。
「仕方ないと思うよ? 女の子になるとか想定外なんだし」
何気に智と未貴の間に横たわる問題の核心部分だったりする。
しかし、チャットでの由梨の『心が通じていれば性別など』という言葉を小さな胸に刻んだ未貴は動じない。
「なっちゃったもんは仕方ない! 全力で智のこと応援するよ!」
こぶしを握り締めて力説する未貴だが、ちょっとは抵抗感を見せて欲しいと思った智なのであった。元から女の子に産まれてきたような錯覚を覚えてしまったりする。
◇
以降はごちゃごちゃだった。
ブレザータイプのものも試着したが、『いまいちだ』と由梨に却下されてしまった。どうにもセーラー服を着せたかったらしい。
結論から言うと、智の制服は未貴の上下セットに決まった。決め手は、やりとりしやすいこと。
家がお隣さんだからだ。だったら最初から着てくれば……というツッコミは誰の口からも出て来なかった。ノリノリの女子たちにとって、どこか楽しいイベントだったのは間違いない。
智の着替えの速度もみるみる向上した。
お菊さんの放ったひと言。『その内、男子をこの廊下で待機させることになりますね』が智の速度を上げまくった。
『入室禁止ですー! 智が着替え中だから待っててくださーい!』
この流れだけは避けたかったのだ。悶々とする男子の姿を想像してしまった。そんなことになってしまった場合、彼らの気持ちを女子の中で一番理解できるのは智だ。自分の着替えを想像などして欲しくない。
似合う似合わないの話では、最初に試着したものが一番似合っていた。だが、未貴の着ていた白いセーラーも悪くなかったのだ。
……とか言ってみたが、本当の決め手はスカートだった。
実は、智の細い腰に合うものがなかった。
スレンダーな未貴のものでさえ、何センチかの余力があったのだ。だが、下だけスラックス。しかもベルトで締め上げて……など、出来ようはずがない。
目立ちたくないならそれ相応の格好を。これに反しては無意味なのだ。
その未貴のスカートは紺よりも青みがかかった色合いだ。裾に一本のラインが入っている可愛いらしいデザインをしている。これのグレーバージョンが緑新女子の一番人気だったりする。
スカートのデザインはともかく、これを着ると智が決断した。
『未貴のにするよ』と。
……言い出せなかったのだ。試着してみたスカートが悉く合わなかったことを。一番、細いものが未貴のものであったことを。
その未貴よりも細いウエストをしていたことを。
かと言って、スカートのみ未貴のものにしたのであれば、勘付かれてしまう。他の女子の誰よりも細いことを。
なので、後ほど本人には内緒でアジャスターをいじってみる予定だったりする。ちなみに、他の子のアジャスターは元々の辺りに再調節されている。
ついでに、智が未貴のものを選んでしまったせいで、未貴が美希ことミッキーさんから借りる羽目になったが、あくまでついでの情報だ。
制服の本体とも言える上下のセットが決まると、続いてソックス選びに入った。
そこで智は、緑新女子制服の中で何故存在しているのか謎な、太ももの中央まで届くサイハイソックス――オーバーニーソックスよりも長いもの――を着用した。
本人曰く。
足を見せるのが恥ずかしい。すね毛を失い、ほっそりとしてしまったことが女子の足だと印象付ける。
ならば、足を隠せるタイツを。こう勧められたはいいが、これは難易度が高いと拒否。
そして、存在意義に疑問が残るこの超ロングなソックスが緑新生の中、初めて役に立つ日が来たのである。
近年の制服スカートは、短く出来ないよう工夫が成されている。
腰で巻き上げようとすると、プリーツが激しく乱れてしまうよう作られているのだ。
無論、ミニスカート防止対策であり、超ミニにした制服で外界を闊歩されては学校の評判が落ちてしまう。
女子のスカートは清潔感あふれ、清純に見せる膝丈を。なのに在るサイハイソックス。色は二種類、白と黒。
上部とくるぶしに若木を模した校章が入っている。ものの見事に学校指定だ。
選べる制服のアイテムの一つとして、去年登場したこのソックスだが、履いている生徒は皆無に等しい。
解っていない輩が加えたアイテムなのだ。きっと、年配が『流行ってそう』くらいの感覚で取り入れたのだ。
サイハイソックスの魅力は絶対領域。膝丈のスカートに超長いソックスなど無意味なのだ。とはいえ、緑新女子がこれを選ばない理由は単純にズレやすそうだからだったりする。寒い時にはタイツを履けば良い。なので本当に存在価値がなかったのである。
……ところが、これの黒バーションを履いた智は、多少の安心感を得た様子だ。
初めて受けている大腿部を締め付けられる感触はともかく、可能な限り足を隠してくれているのだから。
タイツやストッキングがダメで超ロングなソックスなら大丈夫。
これに関してはちょっぴり謎だ。
(……これは靴下。あくまで靴下だから)
タイツは女子専用アイテム。
靴下ならば男子でも。
なるほど。無理やりの解釈により男子も着用するものだと言い聞かせているようだ。
そんな長いソックスを履く男子が、ごく少数派なのはこの際、無視しているのだろう。




