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034話 着せ替え人形? いえ、サイズの確認です。

 


「ん。いいよー!!」


 未貴は、奥二重の可愛い両目を少し見開いたあと、大声で廊下に向けて叫んだ。

 これがまた、智にとっては予想外の行動だった。心の準備もなにもなく、廊下で待っていた女子たちが勢い良く雪崩れ込んできてしまったのだ。


 ……待たせていたこと自体を忘れていた。ノックが聞こえた瞬間の驚いた表情で間違いない。未貴という少女には、どうにも少し天然が入っているように思える。


 それはともかく、速攻で女子たちを招き入れた未貴に異議を唱えようにも、モタモタしていたのは智のほうだ。時間の掛けすぎであり、以降の文句は彼女の小さな愛らしい唇からは漏れてこなかった。


「うん。いいよね?」


 呼ぶだけ呼んで、彼女は彼氏だった少女を観察中だ。悲しいことに彼氏として見ているような目ではない。可愛いものを見た時の顔をしている。


 ……今回に限っては、彼氏として見られていなくて幸いだろう。セーラー服を着た智に対して、女装している男子を見る目が向いていたとすれば、余計にきついはずだ。それだけで精神攻撃になってしまい、下手すりゃセーラー服を脱ぎ捨てていた。


 計算でも何でもなく、純粋に可愛いと思ってくれる未貴だから良かった。


 そんな未貴がキラキラした目を送っていると、智の周囲に次々と女子たちが陣取り始める。

 前日、可愛い連呼された時以来の羞恥の時間が始まった。いや、未貴の服に袖を通した早朝以来か?


 何気に実に頻度が高い。

 だが、男子の心のまま、女子化してしまっているので仕方がないのだ。たぶん。


「おぉ。相当似合ってるな」

「ホントですぅぅ! 可愛いぃー!」

「足、ほっそ! 真っ白!」

「ホントだ! キレイ!」

「ヤバい!」

「……あたしの制服も喜んでるよ」

「ちょっと萌え袖っぽくなってるところがポイント高いっ!」

「ちょっと大きいですね。このセーラーのサイズは?」

「あざとい……」

「ホントに去年まで男子?」

「……155のAだよ」

「卑怯なくらい似合ってる」

「ぴったりサイズも見たいですぅ」


 好感触のようである。

 黒の本体部分に白襟という、スタンダードではないセーラー服だが、よく似合っている。ショートの髪が活発さを滲ませ、元気いっぱいに見える不思議だ。その実、本人の説明によると骨がスカスカの虚弱少女らしい。


 そんな智は、スカートの両サイドをギュッと握っている。声一つ上げず、じっと女子たちの目線を受け止める。ただただ唇を結び、耐え忍んでいる。

 ちょっと内股になってしまっているのは、足が細いやら綺麗やら聞こえたせいだ。大勢で足を観察される機会など男子時代にはなかった。すね毛の観察なんかしても面白いことなど何もない。


「155で大きいんですか……。150の人は居ませんか?」


 委員長の声を聞き、みんながみんなキョロキョロし始めた。

 そのまま十秒ほど。問いに手は挙がらなかった。だが、『みぃのは?』 ……と誰かが言い出し、未貴がその子の席と思しき机に向かい、ブレザー制服をペラリと確認し始めた。きっと『みぃ』は、クラス内でも小さな部類の子なのだろう。ついでに言えば、教室居残り組ではないらしく、本人不在だ。


「155だぁ……」


 未貴がさも残念そうに伝えると、「同じだと意味がない。ダメだな」と由梨が返し、続けざまに意味あり気な目線を送った。


「未貴以外の制服は」


「未貴のサイズは?」


「150のAだよ……」


 自分のサイズの話になった途端、元気が萎んだ。小柄な未貴にとってのコンプレックスな部分なのでなるべくなら避けたかったのだ。


「今考えると、成長しないって言われてるみたいなものだったんだね……」


 ジャストサイズの白いセーラー服のタイを見下ろし、手をやると整え始めた。

 父母に連れられ、採寸に行った日のことでも思い出しているのだろう。


「小さいな」


「うるさい」


 正直に言うと、『成長しない』は、その通りだ。

 小学校の入学はもちろん、中学生になったばかりの頃も成長を見込んで、上のサイズを購入するパターンがほとんどだ。だが、女子は高校入学時の場合に限って、ぴったりサイズで選ばれることも多い。

 未貴の両親も彼女の中学生時代の身長の伸び具合から、150でいいやと判断したのだろう。


 つまるところ、未貴の身長はもう伸びる余地がごく少ない。少なくとも両親はこれ以上、伸びる見込みなしと思っている。


「そうか。ならば試着してみるべきだな」


「そうですね。脱いで下さい」


「結局、そうなるんだね」


 ……きっと未貴は脱がされる運命だったのだろう。

 身長的に同等な未貴の制服に最初から白羽の矢が立たなかったのは、彼女は制服の予備を購入しておらず、智に貸し出した場合、本人が困るからだ。

 智と未貴が教室内ちっちゃいもの倶楽部のツートップなのである。


 それでも予感していた通りの展開に未貴の行動は迅速だ。すぐに左腕を軽く上げ、右手で脇のファスナーに手を伸ばす。


「ほらほら! 早く!」


「なんだ? 脱がせて欲しいのか?」


 脱ぎ始めているにも関わらず、外野がやいやい言うのは単なるいじりである。


「脱ごうとしてますっ!」


「脱がないでっ!!」


 ……目の前で脱衣開始する未貴に抗議したのは智だった。


「あぁ、そうだな。智、ちゃん」


「……忘れてた。ごめん」


 セーラー服着用効果も加算された影響で忘れがちだが、智はほんの一年前までれっきとした男子だった。

 さすがに一切、気にすることなく目の前で着替えられると、何だかせつないのだ。




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