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030話 リードは意外と未貴だったりする

 


 少々、時間を置いて智の部屋に戻ってきた未貴は多量の荷物を抱えていた。


「なんでそんなに……」


 眉間に小さな皺を寄せ、困惑を示している智に対して、未貴は見慣れた白いセーラー服姿に変身済という差異こそあるが、呆れ顔に戻ってしまった。

『なんで』と言われること自体が未貴にとってあり得ない話だ。


「察したんだよ? かなぁーり、適当だってこと」


 智としては、ずぼらだから女子用のものを揃えていない訳ではない。

 女子として生きていくという決心までは感情を振り切れていない。戸籍の変更については、必要だったからだ。

 これから先、戸籍が男のままであればとにかく生きづらい。


「とりあえず、歯磨き済ませてきなさい?」


「……はーい」



(おかしいな……。未貴って、もっと幼いっていうか、しっかりしてなかったっていうか……)



 そんなことを思いつつ、階下の洗面台に向けて足を動かし始めた智ちゃんなのであった。

 未貴は、面倒を見なければいけない相手が出来たことにより、目下、急成長中なのだろう。


 ……あくまで内面的な意味で。体は女性というよりは、明らかに少女寄りだ。





 ◇




「はい。とりあえず、これ着てね」


 水洗いのみの洗顔と歯磨きを済ませ、自室に戻るなり、服を手渡された。

 濃紺のチノパンと、白に近いベージュの長袖カットソーだった。


 ……一応、未貴も複雑な智の気持ちに配慮しているらしく、パンツルックである。スカートを持ってきてたとしたら、動揺を通り越し、狼狽していたことだろう。


「こ、これって未貴の!?」


 前言撤回。十分に大慌てしている。

 智は今、彼女の服を着るという大問題に直面しているのだ。


「そうだよ? もう明るくなってるし、その上下白は……ね? どう見ても部屋着だよね」



(そうじゃなくて……!)



『未貴の服だから着られない!』


 なんで理解してくれないのか!? ……とでも思っているのだろう智だが、未貴としては、そんな男心にほんのりと気付きつつ強引に進行させている。


 智の話に乗ってしまっては、またも無理とか、また今度などの話になってしまう。時間は有限なので、不毛な議論は避けたいところなのである。

 若干、未貴のやり方に理不尽さを感じてしまうが、そもそもの問題は、いつまでも女子用アイテムを避ける智にある。戸籍も変更した以上は、ある程度は仕方が無いだろう。


 その智は、洋服を受け取ったまま、停止中である。手汗でも掻いているに違いない。


「どうしたの? 恥ずかしいかもだけど、着ないと目立つよ? どの道、制服着るんだよね? 女子の」


 遂に恥ずかしいかもを加えたことで、智の退路を断った。全部、解ってて言ってるんだよ……と、伝えてあげたのだ。


「……わかった。着る……」


 何故だか頬を引き締め、凛々しい顔を見せた智だが、女の子の体で女の子の服を着るだけの話だ。何も恰好良くなどない。美少女度は上がっているが、造形が整っているからこその単なる特権だ。駄々をこねていることを考えると褒められたものではない。


 ……とは言え、女装を強要されている気分な智を責めるには、(いささ)か理不尽だったりする。


「けど……」


 言葉を付け加えると、智の小さく綺麗な手が止まってしまった。

 まだ、何かあるの……と、少し険しい表情を浮かべた未貴だったが、一つ失念していた。


「お願いだから、ちょっとだけ部屋出てて?」


 至極、真っ当な指摘に「あ、ごめんねっ!」と、慌てて智の部屋から消える未貴なのであった。





 その三分後。


「おぉ……。可愛い……。ちょっと嫉妬……」


 全身を観察したあと、美少女な未貴をして、そう言わしめた。


「……なんでこんなにピッタリ……?」


 可愛い彼女に嫉妬させるほどの美少女は、やたらと下半身にフィットするチノパンの心地が悪くモジモジしている。

 その智の足を思わず凝視してしまった。


「流行ってるから?」


 確かにそうとしか言いようがない。

 未貴の成長期が終わって以降、世にはタイトなパンツが蔓延っていた。わざわざ未貴も流行を外して購入する必要がない。


「……流行ってるんだ……。こんなのが……」


 タイトなパンツは足長効果もあり、男性にもブームが飛び火しているが、智()はゆったりのものを好んでいたのだろう。興味がなければ知らないままだ。


「そうなんだよ? やっぱり足は長く見せたいよね?」


 足と言われ、未貴の制服スカートから伸びる膝下に目線が動いた。そこには陸上部で鍛えられた割りには、太くない脚線美があった。

 智の筋肉も脂肪も少ないふくらはぎとはタイプが違う。それでも両者とも綺麗な脚をしていることには、この時、智は気付いていない。

 ちなみに、膝より下の評価はドローだが、その上の大腿部分は好みが分かれるだろう。

 未貴は比較的、しっかりとした肉付きであり、智は女子が(うらや)む細さだ。


「……見てないで、座る!」


 未貴も凝視されると恥ずかしい。特に意味なく、スカートをぱたぱた叩いている。


「……はーい」


 智が指差された勉強机付随の椅子に腰掛けると、未貴は自宅にあったエコバッグみたいな袋をごそごそ漁り、いくつかのアイテムを取り出した。



(な、なにされるのかな……?)



 机に向かって座った背後に近づく気配を感じ、緊張感が漂う。それが髪の毛に触れた瞬間こそ、ピクリと体を跳ね上げたものの、すぐに穏やかな表情に落ち着いた。女装させられた気分の中に内心、実はホッとしている部分がある。

 未貴は下着までは用意してこなかった。さすがに自分のものを手渡すのが恥ずかしいか、いきなり『これどうぞ?』と言われても智が拒否するか。どの道、段階を踏んでからということなんだろうと思う。


「キレイな髪だね……。早く伸びるといいね?」


 未貴は面会時に見た智の髪を思い出しているのだろう。

 その時の髪の毛は特殊そのものだった。頭皮に近い新しい髪の毛は細く、柔らかな髪。それが毛先に向かうにつれ、太く硬くなっていっていたのだ。


 男子から女子への変貌の経過とも謂える、ちぐはぐな髪質だったのである。


 今のショートボブと云える髪型は、退院後にカットして貰ったものだ。もちろん、女の子化して以降の髪質部分まで切る形で。


「……え? 伸ばすの?」


 ここでもまた意見の相違だ。

 男子だった頃のように短いままを維持したい智と、女子制服着用の流れで変な目線から逃れさせてあげたい未貴の間には、大きな壁が存在している。


「伸ばしたほうがいいと思うよ? あたしは」


 折角、綺麗な髪なのに。

 こう思った部分もあるかもしれない。

 未貴は口元柔らかに、優しく智の髪のブラッシングを続けながら、希望を口にしたのだった。




 ……これが案外、時間を要した。

 妙に頑固な寝癖でもなかった。持参の袋から取り出したドライヤーを当てつつ、寝癖を直すと、すぐに昨日と同じ普通の女の子の髪型になった。


 ……が、こうでもないあーでもないと、創意工夫を始めてしまった。

 もっと可愛くしてあげたい願望が噴出してしまったのだ。




 ◇




「やばたにえん」


 結局、元の髪型に落ち着いた。移り変わりの激しいギャル語の中で終わってしまった単語が出たのは、口癖レベルで使っていたからだ。


 自身のスマホを開き、時間を確認後すぐに出た言葉がこれだった。

 実にヤバさを感じさせない物言いである。ヤバさを感じさせないところが面白いと喜んで使っていた。


「お兄ちゃん、起きてるといいけど……」


 厳しい時間に突入してしまったらしい。有り体に言えば、焦らねば遅刻する時間だった。無論、朝礼に、ではなく、女子たちで話し合った集合時間にである。


 そんな未貴の焦りを台詞で感じ取った智は、椅子から立ち上がった。


「起きてなかったら自転車で行く?」


 未貴はスマホを操作しつつ提案してみたが、即座に「転んだら大ごと」と拒否られてしまった。智の事情の一つを忘れていたのだろう。彼女は骨粗鬆症気味だったりするらしい。


「……だよね」


 スマホを耳に当て、コール音を聞いている時に気付いた。

 智が履いている靴下の踵が合っていないことに。


「智? つかぬことをお伺いしますが?」


「何でしょう?」


 意外にノリ良く返す智だったが、次の言葉で撃沈された。


「靴下くらいサイズ合わせろ?」


「……はい」


 昨日のLHR中は気付かなかった。サイズの合う上靴を履いていたから。スラックスに隠れていたから。

 チノパンを履いた時に一緒に靴下も着用していたのだろうが、気付かなかった。自身よりも明らかに細い大腿に目を奪われてしまったが為に。


「買いに行くよ?」


「……はい」


 今度こそ拒否できなかった智ちゃんなのだった。

 ちなみに靴の類いだけは、転倒したら大ごとになるので買いそろえられている。無論、ローファーも。母と買い物に行ったとき、かなり困った顔をしていたらしい。サイズ22センチには衝撃を受けたそうだ。







「とりあえず、今日はあたしの貸すからね?」



「……はい」



 なし崩し的に彼女からソックスまで借りることになった。








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