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003話 竹葉と智は竹馬の友?

 


 教室最前列の窓際には、男子サイドの人気者が座っている。

 整髪料を使い、短髪を立てる感じで固めている。そうしなければ似合っている縁なしの眼鏡に掛かってしまうと言わんばかりだ。


 現に彼は眼鏡の汚れを極端に嫌っている。


『あー! 毎回毎回、眼鏡を拭かにゃならん! 邪魔だ!』


 過去、そう言ってハサミを持ちだしたことがある。

 彼の長い睫毛がレンズに触れて汚してしまうため、腹立たしかったらしい。


 つまり、睫毛を切ろうとしたのだ。


 因みにその時は、笑っていた男子勢ではなく、彼の容姿に悪影響を及ぼすことを善しとせぬ女子たちによって阻止されている。


 つまり、イケメンだ。高身長イケメン眼鏡少年。勉強は優良で運動もまずまず。

 これにプラスして、気遣いができるとくれば人気者にもなってしまうだろう。



 そんな竹葉(ちくば) 大起(だいき)は、自称・バランスメーカーだ。



 クラス内を和気藹々なものにしようと、あっちこっちに出没する。不特定多数の集団生活の中、どうしても出来上がってしまうグループを渡り歩き、グループ同士を繋げ合っていく。


 女子が強いクラスなので男女の垣根はそれなりに高いが、いざこざがないのは大起の努力の賜物かもしれない。


 つまり彼がいる二年B組は、基本的に全員の仲がいい。

 彼もまた、誰とでも平等に接している。



 ――例外は二人だけだ。



 一人は2-Bの誇る変人。

 スマホを愛し、人との交わりを絶っているかのような教室の端っこに生息している少年。


 そして、もう一人は本日、復学を果たす梅原 智だ。


 誰とでも等しく仲良くする大起だが、二年に進級した直後の自己紹介で『智とは竹馬の友』と公言していた。


 誰とでも一律に仲良く。


 そんなポリシーでも掲げていそうな大起にとっての例外が、この両名なのである。




 ところがこの日の大起は大人しい。

 延々と自分の席に座したまま、動かない。一緒に食べようと誘ったクラスメイトにも丁重にお断りしていた。


 特定のグループに属さない彼は、誰かと合流することもなく、ゆっくりと……。それこそ三十回咀嚼を実行しているかのように、のろのろと昼食を摂取中だ。


 クラス中の会話に聞き耳を立てて。


 ……竹葉 大起は、様子見の真っ最中である。





 女子の話題は目下、お手洗いで前歯の確認中であろう未貴についてだ。


「未貴ってすごいですよねー?」


 未貴の席の前、廊下側最前列の少女がごくんと何かを飲み込んだあとに言い出した。教室の反対向き、つまり、未貴の席に弁当箱を乗せて。


 肩口で切り揃えられたサラサラヘアの可愛らしい少女だ。ですます調の言葉遣いがよく似合っている。



(たしかにすごい。もうちょっと空気読んでくれないと……)


 大起は耳だけ向けたまま、箸を卵焼きに伸ばす。彼も母親の愛情弁当らしい。



「せやね。ウチもそう思うわ」


「ちょっとくらい空気読んでくれると嬉しいんですけどねー」


(未貴ちゃんの友だちもそう思ってるか。やっぱり)



 卵焼きを三分の一にカットした。半分でも余裕で口に入るが、あくまで時間を掛けるつもりだ。今の彼は誰とも会話するつもりがない。話していれば、不穏な言葉を聞きのがしてしまう。


「ごもっともです。あの小さい体のどこから騒がしさが湧いて出てくるんでしょうか?」


(あの、いいんちょも本気で嫌になってきてるかー。未貴ちゃん、やりすぎ)



「貧乳の癖して」


(貧乳関係ない! 相変わらずだなぁ……。はは……)



「皮肉やったんか! ウチはホンマにすごい思ってんやで? なかなかあそこまで出来ひん思うわ」


(お……。さすがの意見。一番派手なのに未貴ちゃんの周り随一の常識人)



 話題の未貴もまた、大起同様の人気者である。

 彼女の場合、男子サイドとの交流は少ないので女子の中で……と、注釈が必要だが。



(でも、確かに未貴ちゃん、頑張ってた。お陰で俺は男子担当で済んだしね。ありがたいことに)


 大起は回想モードに突入したらしい。

 それでなくとも動きの悪かった箸が止まってしまった。





 ――この数ヶ月間、未貴は奔走した。

 早い時間に登校した。昼休憩も放課後も声を枯らした。


 愛する彼氏の進級を勝ち取るために行なった署名活動。


 能力的にも素行にも問題のない生徒が病気による休学で留年してもいいのか。その留年を契機に退学してしまってもいいのか。

 それは間違っていないか……と。


 彼女は訴え続けた。

 その際、病気の周知と理解を平行したのは、未貴にとって憎らしいアイツの入れ知恵だ。

 少女に変貌してしまった彼。そんな立場だからこそ、留年と退学がワンセットなのだと。梅原 智を理解している同じ年の仲間たちが必要なのだと。

 だからこそ後輩に混ざる形ではダメだ。留年そのものを防ぐのだ……と。


 言い出した人物こそ未貴ではないものの、全力を投じたのは、未貴と大起だ。


 その未貴たちの声は届いた。

 ある日突然、学校の態度が軟化し、未貴の彼氏である梅原 智は進級を勝ち取った。


 すると今度は、力を貸してくれた友人たち以外へと未貴は矛先を向けた。

 同学年の仲間たちの協力が不可欠だと。延々と同学年の少女に声を掛け、理解を求め続けた。


 お願い! 受け入れてあげて! と。


 これに大起は呼応し、少年たちに声を掛け始めた。




 この活動に於いて、未貴が女子の担当であったとすれば、大起は男子の担当だったと言えるだろう――






「何はともあれ、男子たち。静かになっているが、お前たちの協力も不可欠だぞ?」


 男勝りな口調の黒髪ロングな子が、たまたま通りがかったトイレに向かうと思しき少年に話し掛けると、「え? わ、わかってるよ……」と、なんとも微妙な反応が返ってきた。



(あ……。それはまずいかも)


 大起に動きがあった。

 最前列の机の上、無言で食べていた状態だったが、体を翻し、周囲の観察を始める。


 大起の席の逆方向では、男子の微妙な様子を見た女子総勢八名がキョロキョロと見回し始めた。


 まもなく昼食を摂り終える三人組の男子は、気付かないふりでその少女たちの探るような視線から逃れた。

 菓子パンで済ませたからか、既に食べ終わっていた少年二名は、そそくさと教室を抜け出した。


 応える者は、皆無。

 煌びやかな女子集団の視線から逃れた男子たち。


 十名の男子の中で違うと言えば、見回す大起と何も聞こえていないかのように深く俯いたままの男子くらいだ。


「ダメダメですね。こんなことでは、このクラスの男子と付き合ってあげるような殊勝な女子は現れませんね」


 静まり返る男子たちへの辛辣な言葉がツッコミ眼鏡毒舌少女から零れたが、どうにも状況は芳しくない。きっと眼鏡少女は男子を煽り、受けて立って欲しかったのだろう。だが言い返してくる相手は、この時、存在していなかった。


(そりゃそうなるよ。智は一年前まで男子だったんだ。それが女子になって帰ってくるとか。

 頭では受け入れてあげようと思ってても、いざ本人を前にした時、できるかどうか不安なんだって……)


 今日、大起は、未貴と逆のスタイルを維持していた。

 昨日までは何度も何度も語った。智の人となりについて。


 それが功を奏す自信はある。

 だから男子勢を刺激しないよう、努めてきた。あとは待つだけ……と。



「やっばい。緊張してきた……」


「あんたも……? 奇遇だね。あたしもだよ……」


 男子たちの不安は、女子たちへと波及していく。

 多くの時間を費やした活動。未貴たちの努力を見ていたからこそ、緊張感に包まれていく。

 得も知れぬ空気が教室内に蔓延っていく。


 廊下からは、噂の生徒の到着はまだか……と、多数がそれとなく覗いていく。


 ……例の子が戻ってきたのは、そんなタイミングだった。その子は空気を読まない。自分が信じる道を突き進む。


「みんなお願い! 智のこと、本当によろしくだよ!」



(まずい。何とかしなきゃダメか……?)


 大起は、真後ろを見詰める。



(純くん、さ? これ、どうすんの……?)


 その視線の先には、いつも通りに真下を向いたままの変人がいた。



(このままでいいって……?)


 この期に及んで動きをまるで見せない変人をみると、大起もまた、開始しようとした行動を自重した。


 親友()が信じるあの変人()がそうするならばそうしよう。


 智は言ったじゃないか。


『純に間違いがあったことなんてないんだ』と。





 以降は悲惨な有り様だった。


 未貴が声を挙げれば挙げるだけ、逆の効果を示してしまった。

 可愛い未貴の期待に応えてあげたい。だが、それがプレッシャーと化していったのだろう。





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