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028話 そんなに早く起こさなくても

 


【智! みんなのお陰で制服、明日には何とかなりそうだよ! だから7時半には学校着くように出発するよ!】未貴


【だから明日は、目立つあの制服じゃなくて、私服で出てきてね。服装も時間も笹木センセに許可取ってるから心配いらないからね】未貴


【そんなわけで明日は早起きだからもう寝ちゃいます】未貴


【おやすみ。大好きだよ】未貴



 手伝いを終えた後も母としばらく話した。一人息子である自分がお母さんを支えねばならない。亡き父との約束もあり、この想いは強い。

 それなのに、なんでこんな病気に……とは思うが、こればっかりは仕方のことだ。


 その後、入浴を済ませ、勉強机上に置いていたスマホを開くと、こんなメッセージが届いていた。

 ブルーの至ってシンプルな、前開きぶかぶかパジャマ姿の智は、彼女が残した短い文章を前に身動き一つしなくなった。

 そのチャット画面を凝視したままになり、やがて無操作設定時間が訪れると、光度が下がり、そして何も表示されなくなった。



(……どういうこと?)



 どう読んでみても嫌な予感しかしない。スマホのボタンをプッシュし、もう一度、文章を見返してみる。


 最初の文章は問題ない。

 復学初日だった今日は、母の車で送り迎えして貰った。明日以降は、未貴の兄貴にしばらくの間は面倒みてみらう予定になっている。


 最後の文章も、照れくさいけど嬉しい半分複雑半分な気持ちにさせてくれるだけのことだ。

 未貴とのこれからについては、智自身が考える余裕もなかったので、棚上げになっている。いずれは結論を出さなければならないことも理解しているが、今すぐとまでは思わない。


 悶々とスマホ画面を眺めていると、暗くなり見えなくなった。

 再び、省エネ機能が働いたのだろう。


 ……それはともかく、ヤケにパジャマ姿が可愛らしい。まるで彼氏に借りたサイズの合わないパジャマを着せられているようで、下ろした左手は指先が見える程度だ。

 智也当時のものをそのまま着衣しているのだろう。



(みんな……? 女子の所持品とか無理だよっ……!?)



 智は一年前期中間テストで首位だった通り、頭の回転が良く、何気に察しがいい。努力型ではあるが、ポテンシャルが高い。

 どうやら気付いてしまったらしい。

 未貴が……いや、未貴を含めた女子の皆さまが何をしようとしているのか。


「はぁ……。不安しかない……」


 具体的なことを聞いておきたい。

 そう思った智は、スマホを手に取る……と、【おやすみ】の文字が再び目に入った。


 電話したら起こしてしまうかもしれない。メッセージを送っても無意味に終わるかもしれない。

 詳細を書いておかなかった未貴の寝顔を想像すると、盛大なため息を吐き、ベッドの頭側に隣接するカーテンに恨みがましい目を向けた。


 本当に寝ているのだろう。


 そのカーテンの奥はどう見ても消灯されている。






 ……それから6時間後。






 男性的な香りが消え失せた、男性的な一室。

 穏やかな寝顔で安定した呼吸を繰り返す少女がベッド上、布団に包まれている。



 カンカン。



 カンカン。



「……んん」


 安眠する智の頭上で、硬い物と硬い物がぶつかり合う音が鳴り始めた。



 カンカン。



 カンカン。



 その音から逃れようと寝返りを打ちつつ、その整った顔をしかめて布団に埋もれた。



 カンカン!



 カンカン!



 まるでその姿を見ていたかのように、物音はデシベルを上げ、少女を夢の世界から引き摺り出そうとしてくる。


「……未貴、うるさい」


 ブィィン、ブィィン。


 智が寝ぼけ眼で体を起こすとスマホが振動し、少し離れた勉強机の上で小さな音を発していた。


「今、何時……?」


 ベッドから足を一本ずつゆっくりと降ろし、枕元のリモコンを拾い上げるとボタンをプッシュした。すると常夜灯の豆電球が光度を失う。

 もう一度ボタンを押すと、部屋全体を蛍光灯が明るく照らした。返す動作で丸いシンプルな壁掛け時計を見上げる。


「……ホントに早いし」


 六時前を示す時計に文句を言いつつ横に横にお尻をずらし、移動する。照明を点けた時から物音を発さなくなったベッド頭上のカーテンをお目々ごしごし開け放った。


 そこに見えたのは、寝間着にしていると思しき黒の長袖Tシャツを着用し、にこやかに手をフリフリする未貴の姿だった。反対の手には、窓枠から半分以上はみ出した長すぎる竹定規。それが物音の元凶だ。


 ……その長い一メートル定規は、随分と昔、智の窓をノックする為だけに購入されたものである。


 ベッドの枕元に膝立ち状態の智が、カーテンに続き窓を開放すると、「おはよ」とちょうど聞き取れる程度の挨拶が聞こえた。

 窓を叩いていた音でイライラしていたように思えたが、向かい合う未貴は笑顔だった。幼く見える笑みでちっちゃく手をふりふり。智もお返しに手をふりふりしてみせた。




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