025話 純くんの部屋に少女の姿
白いシーツがピンと張られた清潔感溢れるベッド。淡いブルーのカーテン。
天板に何一つ載っていない、整理整頓の行き届いた勉強机。
ポスターどころか、カレンダーさえ貼られていない汚れのない壁。
小綺麗に纏められたそれなりに広い一室。
ここで少年と少女が同じ時間を共有中だ。
一メートルほどの距離を取り、お互いが凝視している。
少年は足を組んで、PCのモニターを。少女は胡座でテレビ画面を。体の向きも位置も座り方もてんでばらばらだ。
なので、男女の営みなどと言う雰囲気は一切、存在していないと強調しておこう。
少年・櫻塚 純はベッドから足を下ろす形で、ベッドの足元側に座っている。
ベッドを椅子の代わりとし、PC用のデスクに向かう効率の良い構造だ。
オンラインゲームに夢中な純にとっては、これ以上は存在しない部屋模様に違いない。何しろ、ベッドから体を起こし、足元側にずりずりと進めば、PCに辿り着けるのだ。寝落ちしやすいのは、マイナス点でありプラス要素だろう。この仕様だと寝そべるだけで眠れる体勢だ。
そんな部屋の主は、当たり前のようにいつものオンラインゲームをプレイ中である。部屋から抜け出た時。つまり授業中には、例のスマホでプレイしているヤツだ。
『もっと、色々考えときゃ良かった。反省。今晩、しっかり作戦立てよ』
LHR中、こう今晩の予定を決めていたはずなのだが、それは実行されていない。考えるまでもなく、そんな暇は智が復学するまで幾らでもあった。
なのに何も考えておらず、行き当たりばったりということ。
要は、『明日から頑張る』を毎日繰り返す人たちと同じ思考回路に嵌まり込んでしまっているのだ。
また明日もリピートされた映像の如く、同じ光景を再現するのだろう。
もう一人。
この部屋には、櫻塚 純以外に少女も存在している。
その子はひと言で表すとロリだ。胸もさほど膨らんでおらず、尻もまだまだ小ぶりだ。純くんよりも四つ五つは年下だろう。付き合っているとすれば、純は間違いなくロリコンのレッテルを貼られてしまうレベルである。
だが、その心配はない。
テレビの液晶画面に向き合う女の子は、純の妹だ。なので、男女的な何かは発生しない訳だ。兄妹間の行為は遺伝子レベルで不可と刻み込まれている。
妹は、長袖Tシャツに膝上スパッツのみという、好きな人が見たら大喜びしそうな格好で胡座をかいている。その手にはコントローラ。据え置きゲームのものだ。
スピーカから発する音楽に合わせ、リズムを体で刻み、巧みに操っている。
所謂、音ゲーである。
液晶画面の中では、ツインテールの女の子がヤケに短いスカートで踊り、歌っている。それなのに何故だかパンチラはしない。絶妙のカメラワークで瞬間を切り取っている。
その子を背景に、とんでもない数の『×』やら『△』などが飛翔している。
両手親指が超高速で踊り、延々とCOOLやらFINEやらを並べていく。
やがて、その曲が終わると、画面上に【 Perfect 】の文字が表示された。
「うぅ……。ダメ。COOL率、上がらない……」
……不満だそうだ。高難易度の extreme でパーフェクト。それでも妹ちゃん的には不服らしい。そんなこの子のレベルは推して知るべし。
「お兄ちゃーん……。どうやれば、もひとつ先に行けるのー?」
兄に泣きそうな顔を向けた。
普通やや美少女より。フツメンややイケメンよりな純の妹らしく、そんな印象しか持ち合わせられない。
……肩口で切り揃えられた、濡れたままの髪の毛のせいもあるだろう。乾かす前にゲームとは、誰かさんとそっくりである。
「とことん聴け? リズムも歌詞も全部、自分の体に染み込ませろ?」
学校で見せる表情とは、別物だった。しっかりと妹に顔を向け、優しく語る様が意外すぎる。
これは妹もゲーム中毒者であることが大きな要因だ。いや、かつて兄とその親友の背中を見て育ってしまった。だからこそ、この妹もゲーム大好きな少女になってしまった。純は、そんな妹が可愛くて仕方ない側面がある。
「そんなこと言われても……」
妹がしょげた顔で俯くと、「最高のプレイが出来るまで、何度でもするんだ」と励ます。緑新高校のクラスメイトが見たら驚く姿だ。
「時々、入るだろ? 音しか聞こえない。何も考えてない。ぼんやりしてるような、そんなんに。それがゾーンってヤツなんだろうって思う。そのゾーンに入った時、余計なことは一切、考えない。よく『入った!』とか思うけど、思ったらゾーンから抜けてしまうんだよ」
ゲームは純の唯一とも言って良い、得意分野だ。何も気後れする必要がない。
饒舌な純が自室にいる。
クラス内で静かに過ごす理由は、ここにある。
話し掛けられ、質問された時には問題ない。問題なく話せる。
……その先に自信がない。様々な話題に対応出来ない。一つ話題が終わった時、次の話題に移行できないのだ。流行やらそんなものがまるでわからない。理解できない自分には付いていけない。
これが純のコンプレックスであり、教室内で自分の世界に引き籠もっている最大要因なのである。
「そう言われても……。お兄ちゃん、手本見せて?」
妹ちゃんがコントローラを純に手渡そうと、片手で『はい』と手渡す素振りを見せた。それなりの距離があり、届かないのは折り込み済みだ。やってみせてと態度を兄に示すことが大切だ。
もしも兄が腰を上げてくれたとすれば、小躍りするだろう。
「……そのゲームはしない。据え置きは卒業したんだよ」
悲しそうに目を伏せると、顔をPCのモニターに向けてしまった。
そんな兄の様子に、唇を突き出した妹。その唇を元に戻すと、小さな吐息を一つ。
「やっぱりダメかー……」
そう呟くと妹は、液晶テレビに向き直った。
偉大な兄を越えるべく、再挑戦だ。
アカウント名【 juntomo 】――。
現在、妹がプレイしているゲームは数ヶ月前に発売された最新版だ。
このシリーズ、二世代前の記録には、今も確かに残っている。
学校という時間制限があったために曲数こそ限られているものの、そのハイスコアはデータベースの一番上に、今も燦然と輝いている。
それは――
……かつて、純と智也が切磋琢磨しつつ、良きライバル、良き相棒として暴れ回っていた頃、作った記録だ――