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021話 言いたい放題です

 


(まぁ、退学されたら困るんだけどさ)



 櫻塚 純が大したヤツだ、と言われるようになった数ヶ月前の出来事を思い出していると、騒がしかった隣の席から、いつもより低い声が耳に入った。無論、未貴とその友だち軍団からだ。

 急にトーンダウンしたので、逆に気になってしまったようだ。


「……ところで。なんでこの時間に遅れたんだ?」


「それは……さ……」


 途端に言い淀んでしまったのは未貴だ。これまでは智との関係をネタに、キャッキャといじられていたが、即座に見事な暗い顔へと変貌し、語り始めた。


「ヤケにね……。智のこと、見る人が多くて……あんなに」


『お願いしたのに』と言いかけた未貴は、口を自らの手で押さえた。智の前では言ってはならない言葉だと思っているのだろう。



(よっしゃ! きた! その会話!!)


 口を噤んだ未貴を尻目に、待っていた純が即座に話に割り込む。

「当たり前だろ……」と。あくまで冷静を装って。


「……え?」

「う、うん……。それは……わかるかも……」

「え? なに?」


 そんな外野の声をまとめてスルーし、純は真っ直ぐ智を睨み付け、声高にその理由を説く。


「お前みたいな可愛いのが男の制服着てりゃ誰だって見るだろ!」


 何人もが気付いていたけど言えなかった。

 何人かは何も気付いていなかった。

 大半のクラスメイトが気になっていた智の格好について、純がようやく指摘した。


 ……智は衝撃を受けたのか、ポケッとしている。


「お前、高熱で脳細胞、いくらか死んだんか!?」


 そして、言いたい放題開始である。


「俺、理事長にな? 梅原さんは夏休み以降の授業を受けてないけど大丈夫ですかー? ……って言われて、『智也なら大丈夫です。中間テスト一位は伊達じゃないですよ』とか言ったぞ!? 勘弁してくれよー!」


 ……これについては、純の姑息な戦略も混じっている。

 もしかしたら留年が決定しても退学せず、普通に通学した場合。

 その時、この賢い智也は一つ下の学年でだが、またトップを取ってしまう。それでは面白くない。

 ところが二年に上がれば休学の余波もあり、学年トップの座から転げ落ちてしまうだろう。そうなれば、純にとって『ざまぁぁぁ!!』なのである。


「なんかサイズ合わん制服着ちゃってさー! お前、それでどうしようと思ってるワケ?」


 ヒートアップした純は、腰を上げた。スマホを片手に、女子化して座高すら下がってしまった智を見下ろしている。


「気付いてないかもしれんけどさ。似合ってないんが逆に可愛く思える部分まであるぞ?」


 ここで再び口を突いた『可愛い』のひと言。

 純が彼女に対して思う『可愛い』は、本心からのものなのだろう。


「見るに決まってるわ! 見ないヤツは単に見て見ぬフリしてるだけだ!」


 純くんは知らない。見て見ぬフリを出来る同級生がいなかったことを。

 智は、それだけのものを周囲に放っていた。陰のある美少女。しかも男子制服。見ないヤツなどいなかった。


「目立ちたくなかったらそれ相応の格好しやがれ! 分かったか!!」


 厳しく言われた智は、瞳に涙の膜を張っている。

 すぐにでも泣きそうなほどだ。智としても悩み悩んで出した結論が男子制服での通学だったはずだ。これを真っ向から否定。論破された形だ。



(泣くんか!? 女子に囲まれたそこで泣くんか!?)



 もうひと押しはしないらしい。満足しているようである。ちょっぴり得意気な顔で半笑いだ。


「櫻塚! 言い過ぎやっ!」


 金色のポニーテールを揺らし、手を広げ、リアクション付きでリムさんが純を非難したが、それは「……だが、正論だぞ?」とロングの髪を撫で付け、由梨が窘めた。


 お菊さんは「智? 気にしたらダメだよ?」と慰めていた未貴を差し置いて、「智ちゃん。櫻塚くんの言うとおりにしたほうが良いかもです」と、純の意見に賛同する。


 ……おかしな事態に陥ってしまったようだ。女子の中心になっている五名中四名、それぞれ意見が異なっており、対立中だ。


「……でも……。制服……。学校……。長続きしなかったら……って……思ったら……」


「智……」


 智のこの言いようは、純の意見を受け入れたいと言ったと同義だ。自分でも思うところがあったのだろう。こうなってしまうと、未貴とリムの男子制服擁護派も口を噤むしかなくなってしまった。そのぶかぶかの男子制服を見やっているのは、支援できないので目を合わせられないといったところか。


 それでも未貴は、智に声を掛ける。智の傍に立っているのは自分でありたい。そんな意思表示なのか、きちんと目を合わせた。


「持ってないの……? 女子制服……?」


「……うん」


 女子制服を着ていった場合、『あいつ、男だったのに』といった類いで囁かれるだろう陰口や、蔑む視線。額面通りの馴染めなかった場合の退学の可能性を考えると今、着ている智也当時の男子制服……と、なってしまっていた。


 そして、純の意見は至極真っ当であり、智も女子制服着用に前向きな発言をした。ならば、どうすれば……?


 学年主任が顔を覗かせたのは、そんなタイミングだった。


 そして、放課後突入を待たず智を帰宅させると連れて行ってしまった。


 全て、学校側の予定通りなのだろう。

 初日の本日は可能な限り世間に晒さず、噂に留め、翌日以降に繋げたと言う訳だ。梅原 智を何としても卒業させるという気概を見せ付けた……とも言えるのかもしれない。


 そんな智の後ろ姿を純くんは満足そうに見送っていた。


 智が復学した初日。

『可愛い』と連呼し、赤面させた。

 つい先程は、服装について完全勝利を果たした。


 純にとって、万々歳だ。


 智がクラスに受け入れられる結果になったことについて、裏目に出たように見えるが彼にとっては問題のないことなのだろう。





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