014話 意外と普通に話せます。
「ねぇ?」
金色ポニーテールのブレザー少女が黒、グレー、ダークグレーのモダンなチェックのスカートを翻し、教室窓側最後方に移動してきた。香水でも使っているのか、甘い香りを純の傍に運んできた。
ついでのような少女二人のオマケ付だ。
その内の一人。ミッキーと呼ばれた子が、敬語キャラで可愛らしい少女であることが純くんに緊張感を植え付けてしまっている。
話せないことはない。
相手が話題を振ってさえくれれば、問題なく話せる。
自信がないのは、その後だ。
「………………」
なので櫻塚 純は、最初から反応しない。操作する手を緩めなどしない。これこそが人よりもスマホを愛すると陰で囁かれる由縁だ。とあるトラウマからこうなったのだが、その彼にとっての嫌な思い出は、またの機会に。
「櫻塚クン?」
後ろに手を組み、俯く純の顔を覗き込むように身を屈めた。弾みで長い尻尾が前方へと流れ落ち、純の机に毛先が触れる。距離もそこそこ近い。
……彼女を持たない男子にとっては、羨ましすぎる光景だろう。現に、教室内の目の多くがポニテ少女とスマホ少年に向けられている。
「…………」
それでも動かない。視界の端には間違いなく入っている自信があるのに、スマホに視線を落したままだ。
「「………………」」
純の席を訪ねた女子三名の内、ポニテっ子以外の二名は、さすがに閉口してしまったらしい。ちょっぴりムッとしている……が、純に絡みに行ったほうが悪い。自己責任。これがこの二年B組での認識だ。
そんな時だった。
主がお花摘みの最中のため不在だが、その未貴の席の一つ後ろ。クラス委員長の菊地原さんが誰かに知らせるかのように、わざわざ大きな声を発した。先ほどの終業の号令よりもしっかりした音量だった。
「あ! 智くん、おかえりなさい!!」
みーんな見た。委員長さん以外のクラスの全員。智と未貴が出て行った教室前方のドアを。
純くんさえ、例に漏れず。
したり顔で眼鏡の奥の瞳を光らせた菊地原さんは、「ほら、リム? 櫻塚、顔上げたましたよ?」と、教室の最奥を示す。
(あ……)
「「あ「あ」」」
純くんに近付いている三名の女声は残念ながら僅かに揃わなかったが、純の内心同様、『あ』としか、言葉を発しなかった。けれど、その連発された『あ』が純の顔を引き付けた。フツメンややイケメンより。至って平凡なセンター分けさえ何とかすれば、磨かれそうな顔立ちが珍しくクラスメイトたちの眼前に晒された。
(ちっくしょーー!!! 菊地原ぁぁ!!)
心の中で悪態を吐いていても、表情には出さない。アスファルトの片隅に生える植物のように、平穏無事。密かに生き抜くつもりの純にとっては、敵など不要だ。攻撃目標である智以外には、干渉しない……予定だった。
「櫻塚クン? ちょいと質問!」
ポニテの『リム』と呼ばれた子がズズイと洋風の顔を近付けてきた。その距離十センチほど前にある美人顔のクォーターさん。
日本語のイントネーションがおかしい分、英語は完璧……でもない。普通に高校二年生レベルだ。彼女は日本在住しか経験がない。
それはともかく、これではもう通用しない。純くんが普段から使い続けている『自分の世界に入っているので、何も見えません聞こえません作戦』が。
なので仕方なく、声を発した。
植物のようにひっそりと生きたければ、敵を作ってはならない。普段から行なっている無視による敵意が発生する可能性も高い気がしないでもないが、あまり考慮されていないのは内緒だ。
「……なに?」
「初めて私たちの声「しっ……!」
ポニテ少女・リムの背後。何気に可愛いセミロング少女・ミッキーが思ったままを口にしようとしたが、お下げの子に止められた。きっと、『折角こいつが反応したのに、むくれてしまったら台無し』とでも思っているのだろう。下手すりゃキレるとまで思われているかもしれない。
キレるような少年ではないのだが、如何せん言葉を発しないどころか、アクションを見せない純は理解されていない。
この少年が我を見失うほど激昂したのは、小学六年生時のただ一回しかない。
「梅原……さんて、なんて呼んであげればええ思う?」
「……好きに」
そこで止まった。何も、どもってしまった訳ではない。別段、女子と話せないタイプと言う訳ではない。話題さえあれば、普通に話せる。
逆に言えば、長く話そうと思うと、話題に事欠く自信しかない。男女いずれが相手であっても。
……それどころか、久々に女子と話す今回。ちょっとだけ嬉しかったりするのは内緒だ。
「んー?」
純の表情に変化が見られた。
ちょっぴり考え中。その証拠に少し、頭が傾いた。俗に言う、小首を傾げるという動作だ。残念ながら可愛くはない。
女子三名、顔を見合わせる。
純がスマホを操る手を止めたことが異例だ。それどころか、相談に乗ってくれるなどとは毛の先ほども思っていなかった。
当たって砕けろ。損はしないし。
ポニテ少女のそんな気持ちと、委員長の機転が、スマホ愛に溢れた変人を動かした。