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010話 ながーい一礼は感謝の気持ち

 


(白けた雰囲気より、絶対このほうがいいんだけどさ……)


 智は可愛い小さな顔を覆う、小さく白い手をゆっくりと下ろす。


(いじりすぎだって!)


 散々、可愛いと連呼されたあとでもあり、何とも顔を上げづらい。きっとクラス中が自分の顔を見ているだろうとさえ思う。


(でも、助かったよ……。この雰囲気は、未貴と大ちゃんのお陰かな……)


 だが、智は勇気を奮い立たせ顔を上げる。ここまでお膳立てしてくれた親友たちと彼女の期待に応えなければならない。

 あとは、智自身がこの教室を自分の居場所にするだけだ。


(純。ありがとう)


 ただただ値踏みされるだけの状況では、言葉を発することすら出来なかったと思う。


(久しぶりで嬉しかったよ。純が声を掛けてくれたのって……)


 目を瞑り、煽りまくった純に心で感謝してから相貌を開く。


 羞恥心の増大していた真っ赤な肌は次第に薄まり、恥じらうような色に落ち着いていった。


(大丈夫。出来る……から……)






 ◇






「はーい! そろそろ静かに……ね?」


 パンパンと両手を打ち鳴らしつつ、笹木先生がようやく教室内を制した。

 若干のさわめきが残っているが、それを放置し、『まだ居たのか?』と言われそうな校長へと歩みを進める。


「校長先生も。後は担任の私に()()()()、お任せ下さい」


 校内のトップに対するには、(いささ)か冷たい眼差しと声音だったことは、皮肉混じりの物言いから想像に難くないだろう。


「はい。そろそろ退散するとしましょう。くれぐれも仲良くお願いします」


 伸びた背筋のまま一礼。

 一々、動作にメリハリのある校長は、堂々とした態度を崩さぬまま、智に何やらひと言だけ声を掛けると二年B組をあとにした。もちろん、退室前にきちんと振り向き、もう一度、礼をして。


 ……なかなか特殊な人物らしい。


 笹木先生は、教室前方のサイドスライドドアが完全に閉じる瞬間を見届けると、そのドアより、ほんの少しだけ黒板側に寄っている智に目を向けた。


「梅原さん? 自己紹介……と言うのも少し変ですけど、色々と伝えておきましょうね?」


 どうにもこの担任教師も曲者らしい。今のは指示だ。伝えておきたいことはありますか? ……ではなく、伝えておきなさいと言った。ある意味で強要とも捉えることが出来る。

 もう、歓迎する意思をこのクラスは示した。今度は智が応える番だとでも考えているのだろう。


 言われた当の本人の顔がまたもや強ばる。

 それでもゆっくりと教卓に向けて進み始めた。





 だがしかし。






 教壇に上がろうとした瞬間、コツリとつま先をぶつけ、大きく前方に体を投げ出した。


「あぶなっ! ……い……」


 声より先に体が動いた。


 危うく転倒寸前だった智は、担任によって救われた。

 慌てつつも身体全体を使い、膝を突いて受け止めたのだ。


「ははははっ! 何やってんだ梅原ー! かっこ(わり)ぃ!」


 教室窓側最奥、純の声に空気が更に一段弛緩すると、当の智は、またも頬を赤らめてしまった。クラスメイトたちの眼前でいじられまくっているせいだ。躓いた恥ずかしさなど、些細なものだ。


「……大丈夫だった? どこも痛くない?」


 ヤケに過保護だ。体を抱きとめたまま智の顔を覗き込み、心配を顔一面に貼り付けている。


 たかだか(つまづ)いただけなのに、何をそんな大袈裟に。


 ……教室内の空気が異質なものを孕む。

 だが、これもすぐに切り替わることになった。


「はい……、お陰様で……」


 今度は純くんではなく、智本人の発した声が黙らせた。


 過去の……。智が智也であった頃の声音とは完全に異なるものであり、女の子らしく高い、それでいて澄んだ可憐とも言える声だったのだ。


 それを聞いた純は、何やらニヤニヤと嬉しそうだ。

 また、いじるネタが一つ増えたとでも思っているのだろう。



 最後方の変な奴はさておき、智は教卓の横に立った。


 そこでまずは、深く……。腰の横に手を添え、長く一礼した。

 万感の思いの籠もった、長い長いお礼だった。

 このクラスの面々が居なければ、学校という空間に戻ることはなかったと思う。


 顔を上げたタイミングで「智、頑張って」と、自分の顎の下で片手ずつ両手を握り締めた未貴の声が掛かる。

 智は小さく頷くと、多くのクラスメイトたちが待っていた時間が始まった。


 驚くほどの静けさが教室内を支配する。

 クラスメイト全て、智の言葉を聞き漏らさまいと顔を上げている。だが、その表情は固いものではなく、どこか柔らかい。


「んんっ……!」


 臆する気持ちを誤魔化そうとしたのか、一つ、咳払いを入れると言葉を紡ぎ始める。


「え、っと……。ご覧の通り、女子になってしまいました……」


 一番、言いにくいであろうところから切り込んでいった。これはきっと彼女なりの決意の表れだ。女性化について知れ渡ってしまっている以上、ここは絶対に避けて通れない部分である。


「ぁ、あの……」


 随分と煮え切らない話し口だが、これに違和感を感じている何名かのクラスメイトも存在している。つまり、オドオドしているのは、女の子化してからのことだ。以前の『智也』であった頃には、なかなか直球で物を言っていた。

 それが災いして、再会した純が持つ恨みらしきものを増悪させてしまったのだが、それには智本人も気付いているだろう。


「はじめまして……の、方もおられますので、自己紹介しますね……」


 初めましての人。これは事実だ。

 智也であった頃からの顔見知りのクラスメイトは、そこまで多くない。

 あくまで同じ学校の他クラスの生徒だった。それだけの者が大半だ。


 話したことのある者は、活動の主だった松元 未貴と竹葉 大起を中心に数名。


 ……あとは、櫻塚 純。


 この程度である。



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