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3.破邪の修聖女

 またも書く書く詐欺だったのがようやく完成しました!

 今回は、神尖組のパワーファイター、サイ・クロップスの母親です。

 本編のゼピュロスの辺りで特殊な聖女、格闘を得意とする修聖女モンクについてちょろっと出てきましたがそれ以来何の言及もないので、聖女事情を大幅に妄想してして書いてみました。また、ワイルドテイルがあれだけ差別されるようになった世相も含めて。人間の領土がどんどん広がる時代って、こんなんだと思う。

 サイ母は人間を守る英雄ともてはやされていましたが……その英雄に「開拓者の」とついた時どういう意味が生じるか、アメリカインディアンの歴史から考えてみよう!

 彼女自身は全く悪いと思ってないんですけどね。


 それから、今回はグレイスカイ島で大活躍(?)だったあの三姉妹の母親も友情出演させました!

 あれほど外見が美しくて、自分をよく見せる手段に長けている彼女たちがゴッドスマイルから声をかけてもらえないのはなぜだろうかと……そして、サイ・クロップスがあまりに人間離れした外見をしているのはなぜだろうかと。

 仮にあんな外見の女がいたとしてゴッドスマイルが抱くとは思えないので、抱かれた後に何かあったのでは?と、想像してみました。

 気づかなくて報われない、ある意味一途な聖女たちです。

 昔むかし、勇者が魔王を倒すために全世界が力を貸そうとしていた頃の話。

 勇猛果敢に邪教徒を狩る、猛き聖女がおりました。


「ウオォーッ!殺せーっ!」

「一人も逃がすな!根絶やしにしろ!」

 大勢の人間が、手に手に武器を持ち村の中を駆け回る。血走った目で修羅のような顔で、目についた獲物を狩り続ける。

 その刃を向けられて逃げ回るのもまた、人間。

 いや、彼らは一般的な人間とは少しだけ違っていた。

 頭に犬の耳を、尻から犬の尾を生やした亜人……ワイルドテイルと呼ばれている種族だ。しかしその心は、普通の人間と何ら変わらない。

 なのに、今彼らは人間の襲撃を受け虐殺されていた。

 魔物と同じかそれ以上に憎まれ、傷つけられ命を絶たれていた。

「や、やめろ……もうやめてくれーっ!!」

「私たちが、一体何をしたっていうの!?」

 必死に助けてと願うも聞き入れられず、刃を受け赤い血を散らす。次々と地に伏し、動かなくなっていく。

 その中心では、犬耳と犬の尾がついた神像が燃えていた。


 ワイルドテイルの死体が折り重なる中、一人の女が人間たちの輪の中に引きずり出されていた。

 捕まえているのも、また女。

 本来なら人を救うはずの、聖女の衣に身を包んでいた。しかしその衣は一般的なローブと異なり、動きやすい胴着のような形をしている。

 手にしているのは、神に祈りを捧げるためのロザリオでも聖典でもない。その手には、血のしたたる凶悪な鉤爪が装着されている。

 極めつけはその体……明らかに、神殿で祈りを捧げる者のそれではない。

 彼女は大柄で、おまけに衣の上からでもはっきりと分かるほど鍛え上げられていた。それは例えるなら、百戦錬磨の女戦士の体だった。


 事実、彼女は戦士であった。

 神に仕え、神のために戦う……祈るだけでなく、その体を使って神の敵を葬り去る聖女……修聖女(モンク)であった。


 ゆえに、彼女は神の敵と戦う。

 正しくは、神を信じる正しき民の敵と。


 今彼女に捕まっているワイルドテイルの女も、その一人であった。彼女は、その女の犬耳を引っ張り上げて鬼のような形相でにらみつける。

「自分たちが何をしたか、だと?

 んなモンは、自分の胸に聞いてみろ、オイッ!!」

 聖職者とは思えぬ、むしろ裏社会のヤクザの如き恫喝!

 彼女はワイルドテイルの女に馬乗りになり、耳をちぎれんばかりに引っ張り上げて続ける。

「おまえら、女神さまの神殿建てるのに協力しなかったってな?そのうえおまえらの仲間は、開拓者の村を襲った。

 これが悪じゃなくて何だってんだオイィ!!」

 ひときわ大きな怒声と共に、彼女は筋肉の盛り上がった手に力を込める。

「やめてっ痛い痛い痛っ……ギャヒイイィーッ!!?」

 捕まった女の犬耳がちぎれ、鮮血がまき散らされる!


 目も当てられぬリンチにも関わらず、彼女を止める者はいない。周りで見ている人間たちは、むしろ彼女を崇めてはやし立てる。

「ウオォーッやっちまえ!」

「邪教徒共に思い知らせてやれ!」

 その声を受け、彼女は鉤爪を装着した両手を大きく広げて叫んだ。

「人の皮を被った魔物に、鉄槌を!!」

 頭をぶん殴るような声量の宣言とともに、彼女は両手を悶絶するワイルドテイルの顔めがけて振り下ろした。

 ビュッと空気を切る音とともに、八本の爪が苦しむ女に襲いかかり……爪が通過した次の瞬間、女の顔はバラバラの肉片になった。


 その途端、周りの人間たちの興奮は最高潮に達する。

「ワオォーッ!さすが聖女様!」

「ありがたや、我らの守護神よ!!」

 全身を返り血に染め、まだ両手の爪からぽたぽたと鮮血を垂らす彼女を、人間たちは天使か何かのように讃える。

 彼女もまた誇らしい顔で、血染めの爪を天に掲げて宣言した。

「安心しな、これで闇の使いはいなくなった。

 この血で存分に栄えるがいい、女神ルナリリスの民よ!」

 この威風堂々たる凶悪な女を、人々はこう呼んだ。

「開拓者の守護女神、サイ・クレイジーナ様」と。


 世界は、大開拓時代を迎えていた。

 勇者は快進撃を続け、恐るべき人類の敵である魔王軍の幹部を何人も倒した。そのため各地を支配していた魔王軍は、潰走を重ねていた。

 魔王軍や強力な魔物が駆逐された地には、人間たちが進出した。

 これまで魔物に怯え狭い町や村に押し込められてきた人間たちは、勇んで解放された新天地へと飛び出した。

 そこで新しい街や村を作り、手つかずの豊かな大地を人間のものとするために。


 おかげで、人間側の勢力はうなぎ上りであった。

 勇者や各国の軍が魔物から解放した土地に新たな民が住み着き、そこで手に入る作物や素材を勇者や国に還元する。

 そうして強く豊かになった勇者や軍隊が、また新たな土地を解放する。

 人類にとって、ウハウハの好循環である。

 このまま全世界が自分たちのものになった時、人類はこれまでにない繁栄を享受できる……全世界が、そう信じて疑わなかった。


 しかし、解放された土地にはいたのである。

 元からその土地で自然と共に生活してきた、先住民が。


 開拓者たちは、思わぬ先客の存在に驚いた。

 それでも初めは、うまくやろうとした。

 自分たちの邪魔にならなければ、余計な争いは無用だ。開拓者たちは先住民たちと時々交易して恵みを受け取りながら、森を切り開き草原を囲い、その地から採れる全てを我が物にせんと情熱を燃やして……。


 そんな事をして、うまくやれる訳がない。

 先住民たちに恵みをもたらす森や草原がなくなってしまったら、交易に使っていた素材をよそ者がどんどん採り始めたら、先住民の生活が成り立たない。

 たちまち、先住民との諍いが各地で勃発した。


 とはいえ、先住民たちはおおむね温厚で礼儀正しかった。

 新たにやって来たよそ者にしっかり事情を説明し、共に生きていこうとした。

 あくまで話し合ったうえで土地の恵みを分け合おうとし、自分たちの身に危害が及ばない限り敵対しようとはしなかった。

 ここでしっかり対話が行われていれば、これから語られる陰惨な歴史はなかったかもしれない。


 話を聞かなかったのは、開拓者の方だ。

 開拓者たちにとって新しく入植した土地は、自分たちの仲間が力を振るい犠牲を払って手に入れた、自分たちにのみ解放された土地だった。

 もちろんその認識は、国や軍が開拓の士気を上げるために都合よく植え付けたイメージである。

 しかし当の開拓民にとってはそれは、わざわざ故郷を捨てた自分たちが当然受け取るべき報酬であり、未開の土地で生き抜くための希望とロマンであった。

 なぜそれを手にするのに、野蛮人にとやかく言われなくてはならないのか。

 開拓民たちは怒りを覚え、国や軍に助けを求めた。

 ここで国や軍が対策を誤らなければ、まだ平穏だったかもしれない。


 助けを求められた国や軍は、開拓民たちと同じ考えか、もっと欲に塗れていた。

 ただでさえ魔王軍との全面戦争で戦費がかさんでいるのに、せっかく開拓させた土地からの収益が減ったらたまらない。

 苦戦の末手つかずの土地が手に入ったと思ったのに、これは何だ。


 ここに、こいつらさえいなければ……!

 自分たちの国と民の利益を、邪魔されてたまるか……!

 そんな考えが、開拓民とそれを支援する国と軍の中で燃え上がった。


 国と軍と民が一丸となって先住民の排除に乗り出すのに、そう時間はかからなかった。

 彼らは自分たちの正義を主張し、先住民を大っぴらに排除する理由を次々と考えた。

 先住民はただの人間ではなく、体に動物や魔物の特徴を持つ種族が多かった。それを理由に、奴らは魔物の仲間だと決めつけた。

 多くの民を守る国の指示に従わないから、反逆者だと罵った。

 そして最も叩きやすく敵対の理由になったのが……信じる神の違いだった。


 この世界の多くの人間は、最高神として女神ルナリリスを信仰している。

 しかし先住民たちは、違う名前の神を信仰していた。


 冒頭で燃やされていた神像……ワイルドテイルの信仰する、シラノシンイなどである。


 各国はそれを理由に、先住民は正しき神を信じない世界の敵だから世界のために討伐しろと喧伝した。

 人々の信仰の拠り所である神殿も、それに乗っかった。

 苦しむ人々を救うはずの神官や聖女たちが、神の名の下に邪教徒を討ち女神さまの地を取り戻しましょうと説き……。


 壮絶なる、宗教弾圧の幕が上がった!!


 それでも、先住民たちは対話を試みた。

 自分たちは決して邪悪なものではないと、必死で伝えようとした。


 実際、先住民の崇める神の多くは開拓民たちの信じる神と同じものだった。女神ルナリリスと呼ばれている存在を、違う名で違う形式で崇めているだけ。

 各種族の神話や伝説を紐解けば、すぐにそれが分かるだろう。


 しかし……神殿は、決してそれを認めなかった!!

 理由は簡単、その方が都合がいいからである!

 自分たちと相容れない敵を作っておけば、都合の悪い事を全てそいつらのせいにして民の不満をそらすことができる。

 そいつらとの戦いで勝ち邪悪を討ったと宣伝すれば、神殿への信仰がより強まり、権威が上がる。

 おまけに、邪教徒相手なら堂々と略奪して手っ取り早く財産を増やし、力で屈服させてどう使ってもいい奴隷を手に入れられる。

 神殿にとって、これほどいい稼ぎはなかった。


 かくして、多くの神官や聖女たちが神の名を背負って戦いに赴き……。

 その手を先住民の血で染め、『開拓者の英雄』となる!


 修聖女サイ・クレイジーナもその一人であった。


 彼女は、魔王軍と領土を接する辺境の地で生まれた。昔から外敵に苦しめられ続けてきた土地で、彼女は自分も民の役に立ちたいと常々思っていた。

 そのモデルも、すぐ近くにいた。

 父、サイ・コーパス将軍は残虐で容赦のない性格だが……それで魔王軍から恐れられ、常にその脅威に怯える民から熱狂的に支持されていた。

 彼女が同じ道を選ぶのも、無理からぬ事だった。


 それでも、サイ・クレイジーナは最初、聖女としての教育を受けた。

 それは、彼女の守りたいという意志と父の意向が合致した結果だ。

 残虐で名高いサイ・コーパス将軍とはいえ、娘にはしおらしく成長して幸せに結婚してほしいという願いがあった。

 一方でサイ・クレイジーナの方は父と共に戦場に出て自らも民を守りたいと思っていた。

 その両方の願いを叶えられるのが、聖女となり戦で傷ついた人を癒すという道だ。


 サイ・クレイジーナは近くの神殿で聖女としての教育を受けた。

 彼女は父に似て短気でやや乱暴であったが、自分がやると決めたことへの情熱は素晴らしかった。

 彼女は必死で勉強し、聖女になった。

 あまり頭が良くないので祈りの呪文はたどたどしく途中で切れたりもするが、そこは気持ちの強さで補っていた。

 彼女は、これで民を守れると心の底から喜んだ。


 しかし、サイ・クレイジーナの祈りの才能はそう高くなかった。

 間もなく父は、魔物との戦いで命を落としてしまう。その容赦のなさを恐れた魔物たちが、決死の覚悟で彼一人を集中攻撃したのだ。

 サイ・クレイジーナは泣きながら、必死で祈りを捧げた。しかし力及ばず、彼女の目の前で偉大な父は息絶えた。


 その時、サイ・クレイジーナは心に誓った。

 もう、こんな悲劇は二度と起こさないと。


 だが、そう都合よくはいかない。

 彼女は再び、目の前で救いたい命を失ってしまう。


「お……ねえ、ちゃ……たすけ……て……」

 血塗れの体で、うつろな目をして、それでも必死で声を絞り出し助けを求める幼子。そのどんどん冷たくなる手を、包むように握るサイ・クレイジーナ。

「大丈夫だからね、絶対助けてあげるからね!!」

 今こそ、亡き父への誓いを果たす時だ。


 しかし、そんな事は関係ないとばかりに幼子の血は流れ出て行く。膝枕をしているサイ・クレイジーナのローブを赤く染め、血だまりがどんどん大きくなっていく。

「ああっお願いしますお願いします女神様!!

 どうか助けてくださいっ!お願い!どうか!!」

 サイ・クレイジーナは祈った。父の時よりもっと必死に、半狂乱になって祈った。顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、その子の手から力が抜けてもなお……。


「聖女様、もういいんです」

 幼子の両親にそう言われて、サイ・クレイジーナは我に返った。

 幼子は相変わらず、彼女の膝に頭を乗せたまま。しかしもう息をしておらず、胸の鼓動もない。命だけが、なくなっていた。

「あ、あああ……!!」

 サイ・クレイジーナの体ががたがたと震え出した。


 あんなに誓ったのに。

 もう自分のような悲しい思いを民にさせまいと。民の幸せを奪わせまいと。

 この子はこの新しい開拓村に生まれた、皆の希望だったのに。高価な素材のよく採れるこの村で、幸せに生きるはずだったのに。

 それが、なぜ……!


 幼子の父親が、悲痛な面持ちで言う。

「仕方ありません。あんな傷……都の大聖女様でもなきゃ、助けられませんよ」

 父親の足下には、血染めの長い杭が転がっていた。父親が、幼子の体に刺さっていたのを引き抜いたものだ。

 幼子は、この杭で股間から胸まで貫かれていた。腹と胸の中で大事な臓器がどうなってしまったかは、想像に難くない。

 そして、誰がこんな事をしたのかと言えば……。


「ホラ見ろ、俺の子供たちの痛みが分かったか!!」

 一人のワイルドテイルの男が、縛り上げられて喚いていた。

 この村は先刻、ワイルドテイルの襲撃を受けた。怒れるワイルドテイルたちが村になだれ込み、さっきの幼子を串刺しにしたのだ。

 ワイルドテイルは、悪鬼のように歯をむいて笑う。

「ハハハッどうだ悲しいだろ!苦しいだろ!

 俺だって同じ、いや七倍悲しくて苦しかったさ!おまえらの兵隊が、俺の子を七人全員そんなにしやがって!!

 だったらおまえらの子がそうなっても、文句言えねえよなあ!!?」

 笑いながら、滝のように涙を流していた。


 そう、ここはワイルドテイルの土地を無理矢理奪って作った村。

 ここで採れる高価な素材を国の収入源とするため、国はこの地からワイルドテイルを追い出し、立ち退かぬ者は容赦なく虐殺した。

 それこそ、年端もいかぬ幼子を串刺しにして見せつけるような残酷なやり方で……。


 ここまでやられては、さすがのワイルドテイルたちも黙っていられない。子を失い生活の糧を失い絶望した一部の者が、復讐に走る。

 この開拓村では一人の幼子を失って皆が悲しみに暮れているが、この地にいたワイルドテイルたちはその何十倍も失ったのだ。

 ここに来た人間たちが、希望通り欲しいだけ恵みを手にするために……。


 先に手を出したのは、紛れもなく人間!!

 人間の側からこんなことをしなければ、こんな争いは起こらなかった!!


 ……ということを、今のサイ・クレイジーナに受け入れる余裕はない。

 彼女の心は、悲しみで一杯だった!あんなに希望に満ちて新しい土地に踏み出した人々の希望を、自分は守れなかった。

 彼女の胸は、怒りではち切れそうだった!一体どうして、こんな何の罪もない幼子が無残に殺されねばならないのか。

 こんな事をした奴は、絶対に人間じゃない。

 人として子を思う心があれば、こんなひどい事ができるもんか!!


 やっぱりワイルドテイルは、人間と同じなんかじゃない!!

 人間を好き放題に弄んで食い物にする、魔物と同じだったんだ!!


 サイ・クレイジーナはゆらりと立ち上がった。

「人間の……敵ぃ……女神様の……敵ぃ……!」

 その手には、拳大の石が握られている。今しがた天に召されたばかりの、無垢な幼子の血で染めあげられた石が。

「思い知れえぇえ!!!」

 鼓膜を吹き飛ばすような絶叫とともに、その石を縛られたワイルドテイルに叩きつけた!

 ゴシャッと鈍い音がして、そいつの顔が潰れ返り血が飛ぶ。その血が彼女をさらに汚しても、彼女は構わず殴り続ける。

「ふざけんなよ!?てめえら死ね死ねみんな死ね!!

 死んでおまえらの神様に生き返らせてもらってまた死ね!!おまえらの神様と一緒に毎日死に続ける地獄に落ちろ!!」

 聖女とは思えぬ罵声を浴びせながら、力の限り石を振るい続ける!!


 やがてサイ・クレイジーナが再び我に返った時、憎きワイルドテイルは人の原型を留めないほどグチャグチャになって死んでいた。

 サイ・クレイジーナはそいつと己の手を見て、ぽつりと呟いた。

「そっか……アタシ……最初からこうすれば良かったんだ」


 邪悪なワイルドテイルは死んでいる。死ねば、もう二度と悪事を働くことはない。死んだら、もう誰も殺さない。

 つまり、あらかじめこういう奴を殺しておけば、あの子は死ななかった。

 自分には、それができる力がある。

 傷つけられてから祈るよりも、こっちの方がずっと民を守れるじゃないか。


(そっか……祈るより、先に敵を殺せば良かったんだ)

 サイ・クレイジーナは生まれ変わったような心地で悟った。


 それから、サイ・クレイジーナは再び修行の日々を送った。前のような祈りの修行ではなく、敵を殺すための武術の修行を。

 悔しいことに、彼女の祈りの才能は人並みしかなかった。有名な大聖女のように死にかけの人間を一瞬で治すことはできない。

 しかし、戦いの才能はあった。父サイ・コーパス将軍から受け継いだ勇猛さと容赦のなさ恵体と並外れた腕力がここに来て一気に生かされた。

 祈っても命を取りこぼすばかりだったその手で、敵の命は面白いほど刈り取れる。

 彼女は、開拓地の最前線で幾多の邪教徒を葬った高名な修聖女(モンク)となる!


 やがてその名は、魔王を討たんとする勇者の耳にも届く。

 これから激しい戦いに向けてパーティーメンバーを選ぼうとしていた勇者ゴッドスマイルが、彼女の下を訪れたのだ。


「ようこそお越しくださいました、勇者様」

 この地の有力者の一族として、サイ・クレイジーナも勇者へのもてなしに参加した。普段は滅多に袖を通さない美しいドレスに身を包み、勇者ゴッドスマイルにひざまずく。

 しかし彼女が顔を上げた瞬間、勇者は少し鼻白んだ。

 サイ・クレイジーナがさほど美人ではなかったから。

 そのうえ体も、男に抱かれるために磨き上げられたものではない。ひたすら破壊力を増すために延々と他の岩を砕き続けた金剛石の原石のような筋肉が、たおやかなドレスの下から破り散らさんばかりに主張してパツパツになっていた。


 とはいえ、ゴッドスマイルは一応サイ・クレイジーナと寝た。

 ゴッドスマイルは美女を抱くのも狂気レベルに好きだが、それ以上に子作りに異常な執着を持っていた。

 それは、強き血をばらまきたいという勇者という生物の本能か。

 はたまた、強い子をたくさん作って早く自分が楽をしたいからか。

 ……おそらく、両方である。

 ゆえに、強い子を生みそうな女ならば多少容姿が劣っていても相手にすることはあった。 

 勇者とはいえ、ゴッドスマイルはまだ魔王を倒していない。容姿だけで相手を選んで遊び暮らせる立場では、まだなかった。


 それは、サイ・クレイジーナにとって非常に光栄なことだった。

 聖女にとって勇者と結ばれるのはこの上ない名誉である。結ばれなくても、その子を授かるだけで周りがお祭り騒ぎになるほどだ。

 それ以上に、サイ・クレイジーナは勇者に強いあこがれを抱いていた。

 女神に選ばれし、特別な力を宿した神聖な存在……それが神殿で聖女たちに教え込まれる勇者像だ。

 さらに、正義のために敵を倒すというその役目は、サイ・クレイジーナと同じだ。

 この人と交わって加護を分けてもらえば、自分はもっと強くなれる……サイ・クレイジーナは夢見る乙女の目でそう信じていた。


「勇者様……どうか、アタシにあなたのような力と勇気をお与えください」

 そうしたら、きっともっと敵を倒して民を幸せにできる。

「今戦ってる邪教徒の中にすっげぇ強い女戦士がいて、アタシと近々決闘するんですよ。でもアタシ、負けませんから!

 勇者様にお力をもらったなら、勇気百倍ですよ!」

 サイ・クレイジーナはそう想いを告げながら、力強く腰を振った。


 そんな彼女の想いなど全く気にかけることなく、ゴッドスマイルは彼女のパワフルな体を楽しんだ。

 街ではか弱くおしとやかな女ばかり食ってきたから、たまにはこういうのもアリかなという程度に考えながら……。


 そんな勇者の内面などいざ知らず、サイ・クレイジーナはすっかり勇気をもらって(完全に自己暗示である)出陣する。

 目指すは、しぶとく抵抗を続けるワイルドテイルとの決闘の地。

「アタシは、勇者様にもらった力で奴らに勝つんだ!

 それで民を豊かにして、魔王との戦いを少しでも支援できれば……勇者様がアタシを娶ってくれるかもしれない!」

 本当は、勇者にもらったのは力ではなく別のものだったのだが……。


 彼女は、正義の化身である勇者との一体感に酔いしれていた。

 自分のやってきたことは、やっぱり勇者様に抱いてもらえるくらい正しかったんだ。だからこれからも、もっと力を入れて突っ走るのみ。

 このまま正しい事を続けていけば、悪い事なんて何も起こらないはず……。


 という彼女の考えは、粉々に打ち砕かれる。

 災いは、その決闘の日にやって来た。


 サイ・クレイジーナとワイルドテイルの女戦士との決闘。

 それは、双方がこれ以上泥沼の戦いで犠牲を増やしたくないと考え、この一戦で決着をつけようと定めたもの。

 サイ・クレイジーナが勝てば、ワイルドテイルはこの地から去る。

 女戦士が勝てば、ワイルドテイルの地を人間はこれ以上侵さない。

 とはいえ開拓団や国にとってはそんなの建前で、サイ・クレイジーナが負けてもまた駒を変えてワイルドテイルを攻める気でいる。

 勇者ゴッドスマイルなど、サイ・クレイジーナが負けたらボロボロの女戦士を華麗に討ち取ってやろうと考えてわざわざ駆けつけたほどだ。

 それでもワイルドテイルたちはこの約束を信じ、決闘に全てを託していた。


 サイ・クレイジーナも、そんな裏の考えなど知らず、自分は民の全てを背負っているのだと使命感に燃えていた。

 勇者ゴッドスマイルのことも、ただ自分を応援しに来てくれたとばかり思っていた。

 自分は、みんなの望むことをしている。これは正義の戦い。


 ……だというのに、一体どうしたというのだろうか。

 その前日辺りから、サイ・クレイジーナは原因不明の変調に見舞われていた。体が妙に温かく重く、胃が拒むようにいつもの量を食べられない。

 それでも、サイ・クレイジーナは己を叱咤して戦いに向かった。

(逃げる訳にも負ける訳にもいかないんだ、アタシは!

 約束したんだ……もう二度と、あの子みたいな犠牲は出さないって!!)

 脳裏に浮かぶのは、あの時守れなかった子供の顔。天国のあの子のことを思えば、自分になどいくらでも鞭打てる気がした。


 決闘当日、サイ・クレイジーナは不調を隠して戦いに臨んだ。

 この戦いには神殿がとある大聖女を派遣してくれるとのことだったが、何の手違いか大聖女はまだ到着していなかった。

 それでも、サイ・クレイジーナに恐れや迷いはない。

 いつもより重く感じる鉤爪を握りしめ、ワイルドテイルの女戦士に向けて叫ぶ。

「ここは我ら、女神様の民の土地。てめえらみたいな邪神の民は、ここどころか地上のどこにもいちゃいけないんだ!

 人の皮をかぶった悪魔に死を!!」


 そんな彼女に、敵の女戦士は涙ぐんで叫んだ。

「何言ってるの!?私たちは悪魔じゃない!!

 私たちだって、守りたいだけなの!先祖代々暮らしてきた土地で、つつましくのどかな暮らしを。日々の笑顔を。新しく生まれてくる命を。

 あなたも守りたいはずなのに、なぜ分かってくれないの!?」

 女戦士の目には、サイ・クレイジーナと同じ守る者の覚悟が詰まっていた。


 ……しかし、サイ・クレイジーナはそれを自分と同じだとは認められなかった。

「フン、悪魔も人を惑わす時は人の情を語り、聖典を引き合いに出すってな。悪いヤツらがいつもやってることだ。

 でも、アタシは騙されない!!

 てめえらに殺されたあの子のことは、ずっと忘れない!!それがアタシに、善悪ってのは何かを教えてくれる!!

 装っても偽ってもムダだ、覚悟おおぉ!!!」


 サイ・クレイジーナの心は、あの日あの時から固まっていた。

 あれから自分の目に何が移り他の者から何を言われようとも、彼女にとってはあの日の思いが全てだった。

 ワイルドテイルは悪。あの無垢な子を殺した悪魔。

 だからワイルドテイルがいくら子を殺されて泣き叫んでも、悪魔が泣いているのだからそれはいい気味だ。

 あれは人の子じゃなくて、ただの害獣の仔。もしくはそれよりもっとひどい、悪魔の子。

 そう思い込めば、自分の手でワイルドテイルの子がいくらあの子と同じように死のうとも心は全く痛まない。

 目の前の女戦士が守りたいと言っていたって、守るものが悪なのだからそれごと打ち砕いてやらねば。

 父に似て短慮で乱暴な彼女は、世界をそうとしか見られなくなっていた。


(倒すんだ、絶対に!!この手で悪魔を!!

 大丈夫、正しい行いに女神様は必ず力を貸してくださる。アタシは勝つんだ、勝って女神様の大切な……正しき民を守るんだああぁ!!)

 その意志を固めて、サイ・クレイジーナは鉤爪を振るう。


 しかし、体はなぜか思うように動かない。

 いつもなら届くはずの爪が、今日に限ってワンテンポ遅れて空を切る。いつもなら軽々と避けて反撃できるはずが、今日は受けてガードするので精一杯。

 まるで何かが自分の動きを阻んでいるかのように、うまくいかない。

(ぐっ……何でだ!?アタシは正しい行いをしているのに!

 多くの民や勇者様のために、アタシは勝たなきゃいけないのに!)


 ……その思考が間違っているかもしれないと、考えられたらどれだけマシだったか。

 実際、サイ・クレイジーナの思考は偏っていて全く正しくなんかないのに。彼女を支える周囲も同じように盲目になっているだけで、正しくなんかないのに。

 彼女がここで勝たなくても、民を守る道はあるのに。

 彼女が信じる女神様が本当に大いなる慈悲にあふれているなら、こんなに血生臭い行いを喜ぶはずがないのに。

 むしろ体が動かないのは、女神様が止めようとしているからかもしれないのに。

 ……それが全く分からないのが、サイ・クレイジーナである。


 それに、相手のワイルドテイルも必死だ。

 女戦士が負ければ、今ここで暮らしているワイルドテイルたちは住処と生活の糧を奪われてしまう。当然、この土地ではもう生きていけないし、新しい土地に移り住むのも容易ではないし、その新しい土地だっていつこうなるか分からない。

 むしろワイルドテイルたちの方が、状況は切迫していた。

 その背に負った部族全ての明日のために、何としてもこの狂聖女の喉笛を掻き切るべきところだ。


 しかし、それでも……ワイルドテイルの女戦士は優しかった。

 サイ・クレイジーナを同じ人間と見て、殺さないでおいてくれた。

「ハァ……ハァ……勝負ありね!」

 鉤爪を折られて膝をつくサイ・クレイジーナと、満身創痍ながら誇りに満ちた姿で彼女に刃を突きつける女戦士。

 勝敗は、決したかに見えた。


「さあ、約束通り、この地からこれ以上奪うのをやめなさい!

 私が勝ったんだから、文句は言わせない!!」

 息を切らしながらも、女戦士は毅然として約束の履行を迫った。しかし、サイ・クレイジーナは唇を噛みしめたまま頑として口を開かなかった。

 サイ・クレイジーナの全身に外から突き刺さるのは、今まで頼りにしてくれた人たちからの失望の眼差し。

 内からその身を食い破ろうとするのは、大事な国と民を守れなかった悲しみと悪に返り討ちにされた屈辱。

(こんな……こんなの、認められるかよオイイィ!!)

 神に仕え正義を体現する者として、こんな結果を認める訳にはいかなかった。


「オ、オイッ……おまえ……!」

 突然、サイ・クレイジーナが口を開いた。

「ん、何?」

 声をかけられたのに気を取られて、女戦士の突きつける刃がわずかにズレる。勝ちが決まったという油断も、あったのだろう。


 しかし、サイ・クレイジーナにとっては終わっていなかった!!

 その一瞬の隙を突き、サイ・クレイジーナは秘かに握り込んだ砂を女戦士の顔めがけて投げつける。

 卑劣なる、目潰し!!

「コイツで、終わりだぁ!!」

 サイ・クレイジーナは自分の手が切れるのも構わず折れた爪を握り、女戦士の顔に必殺の一撃を見舞おうとする。


 ……が、できなかった。

 いつもより重くて熱くて言う事を聞かない体は、サイ・クレイジーナが願っただけの傷を相手に与えられなかった。

 ぱっと飛び散る血しぶきと、飛びのく女戦士。

 その顔は、今の爪の一撃でばっくりと裂かれていた。

 しかし、浅い!致命傷、ならず!!


(ああっ……クソッ……だめだった!!)

 もう少しの力も残っていないサイ・クレイジーナの体は、爪を振った勢いのまま倒れていく。きっとこのまま地面に這いつくばり、無様を晒すのだ。

(うぅ……嫌だよぉ……助けて、女神様……!)

 サイ・クレイジーナはなおも足掻き、祈る。


 その祈りが届いたのか、定かではない。

 しかし、聖なる存在はそこに現れた。

 女神ではないが、その生まれ変わりと称される一人の少女が。


「何というザマでしょう!聖女が悪に屈するなどと……オエッ!」

 鈴が転がるような澄んだ声音と、心の底から悪を嫌悪するような嗚咽。天使の翼の如く翻る、純白の大聖女のローブ。

 そこにいたのは、可憐という言葉が形をなしたような美少女だった。女神の後光かと見まがうような金髪が、サラサラと滑らかにたなびく。

 少女の目は、水の星をそのままはめこんだように青く澄んでいた。

 まさに、戦場に舞い降りた女神!!


 周りで見ていた者たちから、どよめきが起こる。

「あ、あれは……高名な大聖女様だぞ!」

「本当に来てくださるとは、ありがたや!」

 サイ・クレイジーナも、地面に叩きつけられて砂だらけになった顔を上げた。すがるようにその神々しい姿を見上げながら、名を呼ぶ。

「あ、あれが噂の大聖女……ゲボカス・ザマー・ストロードール様!!」


 ゲボカス・ザマー・ストロードール。

 元々この戦いに神殿から派遣される予定だった、大聖女。

 国中に名を轟かせる聖女の名門、ストロードール家の家長(普通、聖女の名門の家長はマザーと呼ばれるが、なぜかここは代々ザマーである)。

 汚れなき美という言葉をそのまま体現したような美貌を持ち、その汚れなさゆえに悪や汚れを前にすると苦しんで嗚咽するという。

 その嗚咽する姿はか弱く見えて男たちの庇護欲をそそり、彼女の周りには常にそうした男たちが集まっているという。

 だが彼女自身は、己を汚さぬためかその男たちの誰にも身を預けたことはない。

 元は三姉妹の真ん中だったが、姉と妹が非業の死を遂げた時にも決して男にすがらず、受け継いだザマーの職務を粛々とこなしていたという。


 まさに、非の打ちどころのない聖女!!


 こんな素晴らしい大聖女が来てくれたのだから、当然自分を助けてくれるものとサイ・クレイジーナは思った。

 傷と疲れと不調を癒し、あの女戦士にとどめを刺せるようにしてくれるものと。


 だが、ゲボカスは汚物を見るような目でサイ・クレイジーナを見下ろしてこう言った。

「ああっ何とふがいない!邪神の使徒たる魔人に敗北するなど、あなたは何のために女神様に祈りを捧げているのですか?

 これでは聖女失格、もはや女神様に対する冒涜ですのよ!!

 ああ汚らわしい……オエエエェーッ!!」

 向けられたのは癒しなどではなく、容赦ない叱責!その身を張って倒れるまで戦った味方に、さらに鞭打つ仕打ち!!

 しかし、サイ・クレイジーナは素直に打ちひしがれて受け取るしかなかった。

 だって自分は実際に、大切な民を守る戦いに勝てなかった。あの日あの子の死に顔に誓って女神様にも誓ったのに、果たせなかった。

 サイ・クレイジーナは這いつくばったまま涙をこぼすしかなかった。

「ううっ……ごめんよ、みんな……ごめんなさい、女神様ぁ……!」


 そんなサイ・クレイジーナをよそに、ゲボカスは女戦士とワイルドテイルの方に向き直った。

「そもそも、一番悪いのはあなたたちですの!

 邪神を崇め人に害をなし、おまけに女神様に使える聖戦士をもこんな風に傷つけるなんて……何たる野蛮!横暴!

 口で何と言おうとも、その行いがあなたたちが人でなしだと証明しています。それをよくも人だなどと……吐き気がしますの!オエッゲホッゲボーッ!!」

「そ、そんな……私たちは……」

 弁明しようとするワイルドテイルを遮って、ゲボカスは宣言した。

「だから、わたくしが女神様のご意志であなたに天罰を下して差し上げますの。汚らわしいあなたに、ふさわしい姿にしてあげますのっ!!」


 その瞬間、ゲボカスの体から赤黒くおぞましいオーラが立ち上った!

 あふれ出す力に髪がザワザワと不気味に揺れ、浮き上がる。

「差別、偏見、世は美しさが全て!愛は選ばれし者にしか集わぬ!ザマが神と認めぬ者は神でなし、ザマが人と認めぬ者は人でなし!ザマの認めぬ全ての者に、ザマを阻む全ての者に天罰を!ザマの女神よ、この手に地獄の罰を!!」

 恨みと憎しみのこもった聖女らしからぬ詠唱とともに、ゲボカスの手に赤黒い光が集まる。

 水の星のように美しかった眼球が裏返り、赤くひび割れた呪われた月のような面が現れる。

 周りの者が固唾を飲んで見守る中、ゲボカスは赤黒い光が形をなしたヒトデのようなものを女戦士めがけて投げつけた。

絶体不変の(エターナルフォース・)後弁天(バックビューティー)ぃいいーっ!!!」


 暗黒のヒトデが、光の速さで女戦士の顔面に襲い掛かる!!

「きゃあああーーーっ!!?」

 焼きゴテを当てられたような痛みに、悶絶する女戦士!!


「ハッいい気味……えっ……ぎゃあああーーーっ!!?」

 女戦士に当たったヒトデの一部が飛び散り、小さなヒトデとなってサイ・クレイジーナに襲い掛かる。

 顔面と全身の傷口を焼けた舌で舐め回されるような痛みと気持ち悪さに、全身を抱えてのたうち回るサイ・クレイジーナ!!


 その苦痛と赤黒い光が収まった時、二人の戦士はひどい事になっていた。

 まず、ワイルドテイルの女戦士。顔も体も、さっきの戦いで負った傷の全てが地割れのようにばっくりと割れ、その奥にマグマのような赤黒い光がぐろぐろと蠢いている。

 次にサイ・クレイジーナ。体中の傷が火山灰を浴びた岩のように灰色になって固まり、その周囲までサイのような固く灰色の肌に変わってしまっている。

「ひいいいぃ!!?」「何だコレええぇ!!?」

 お互いの姿を見て絶叫する、女戦士とサイ・クレイジーナ!


「ぷっくくくく……ザマァザマァ!二人とも、ふさわしいお顔になりましたの!」

 ゲボカスは、汚いものから目を背けるようにそっぽを向いて言った。

「その醜い傷跡は、醜いあなた方にふさわしいと女神様がお認めになったもの。治癒魔術でも聖女の祈りでも、決して治りませんの。

 あなた方はこれから、己の醜さを晒しながら無様に生きていくのです。

 ああ汚らわしい気持ち悪い……オエーッゲホッ!」

 ゲボカスはそう言って、手で隠した口を三日月にして帰っていった。


 ……二人も周りで見ていた者たちも、勇者ですら知る由もない。

 ゲボカスは……ストロードール家は名門聖女と銘打っているものの……その実態は、人を癒す女神の使いなどでは決してない!

 今見せた呪いのような力でライバル聖女たちに次々と消えない傷を刻んで蹴落とすことで成り上がった、魔女のような一族なのだ!

 しかしこの一族は、同時に自分が悪く見えないよう立ち回るプロでもあった。

 ゆえに悪辣な内面ながら周囲の信用を勝ち取り、男たちを手玉にとってきたのだ!!


 ゲボカスは、今回もそれが成功したと思っていた。

(ウッフフフ……これであのサイ・クレイジーナとかいう乱暴女はおしまいですの!あんなに醜くなってしまったら、もう勇者様は見向きもしませんわ!

 それも当然のこと、勇者様にはわたくしのような女こそふさわしいんですの。

 さあ勇者様、このわたくしの豊かな胸に飛び込んできてくださいまし!!)


 ……というゲボカスの思惑は、小さな小さな命に阻まれることになる。


この決闘から九か月後、勇者ゴッドスマイルは再びサイ・クレイジーナの下を訪れていた。

 ワイルドテイルの件はとっくに解決……あの決闘はゲボカスが天罰を下して人間側の勝利ということにし、神殿が強引に軍を派遣して追い払っている。

 ゴッドスマイルが再びサイ・クレイジーナを欲した訳ではないし、もう彼がここに来る意味はないはずだった。

 しかし、ゴッドスマイルには……どうしてもその目で確かめたいことがあった。


 今、ゴッドスマイルの前には二人の人間がいた。

 一人はサイ・クレイジーナ。呪われた灰色の肌の上に透明な涙の粒をボロボロと流して、泣きながら謝っている。

「うわああーん!!ごめんなさい、勇者様ぁ!!」

 そのサイ・クレイジーナが抱いているのは、生まれたばかりの赤ちゃん。

 しかし本来採れたての桃のような色であるはずの肌は灰色で、ぷにぷにの柔らかさはなく厚く固い皮をしている。

 紛れもなく、ゴッドスマイルの息子であった。


 そう、あの決闘の時、サイ・クレイジーナは既に妊娠していたのだ!

 決闘の時見舞われていた不調も、そのせいだった。

 あの決闘の後、サイ・クレイジーナはそれに気づいてゴッドスマイルに知らせた。

 ゴッドスマイルにはこの時既に多くの手を出した女とその子供がおり、普通ならわざわざ訪れることなどないのだが……この件には、どうしても気がかりなことがあった。


 この赤子の、散々な有様……母親のサイ・クレイジーナの外見そっくりである。

「うっうえっ……ごめんなさい……アタシが、ふがいなくて……天罰を受けてしまったから!

 この子まで、こんなに……うえええーーーん!!!」

 サイ・クレイジーナはそう言って己を責めて泣いたが……。


 ゴッドスマイルは、側にいた尖兵に尋ねた。

「……彼 の 乙 女 は 朕 の 共 に 臥 し た る を 知 る や?」

 尖兵は犬と呼ばれたことも気にせず、真顔で答える。

「ええ、聖女の純潔は大切なものですから、そのことは必ず神殿に連絡が行っているはずです。そこから、大聖女にも必ず伝えられているはずですが……」

 ゴッドスマイルの顔が、怒りと不快に歪んだ。


 この赤ん坊がこんなになってしまったのは、間違いなくゲボカスの天罰のせいだろう。不幸にして、母の腹にいたこの子も一緒にそれを受けてしまったのだ。

 ゴッドスマイルの気がかりとは、まさにこれである。

 そしてそれをやったゲボカスだが……サイ・クレイジーナが最近ゴッドスマイルと寝たと知って、知ったうえでやったのだ。


 ゴッドスマイルは基本、女のことは気持ちいい穴ポコだと思っている。だから女だけなら、天罰だろうが呪いだろうがそいつを捨てて終わりだっただろう。

 それに関しては、ゲボカスの読みは当たっていた。

 しかし、ゴッドスマイルの子を孕んだら話は別だ。

 ゴッドスマイルにとって女は穴ポコでも、そこから生まれる我が子はかわいい。

 子を孕んだその瞬間に、サイ・クレイジーナは筋肉質の穴ポコから我が子の生命維持装置に大昇格を果たしていたのだ!

 ゲボカスは、そんな彼女を現行犯で攻撃してしまったのだ!!


 ゴッドスマイルは、冷めた目でこの母子を見下ろして指示を出した。

 この母子は、とりあえず自分の妻子として支援する。こんな見た目だが強い子かもしれないし、もっと偉くなって力を集められるようになれば治せるかもしれない。

 そしてその原因となったゲボカス、さらにストロードール家は、金輪際自分のハーレムに連れて来るなと。


 あの大聖女は美しく、穴ポコとしては上出来だ。

 しかしあいつは、サイ・クレイジーナの腹に自分の子がいるかもしれないと知ったうえでこんなハードな天罰に巻き込んだ。

 つまりあいつは、勇者の子でも平気で傷つけるド外道だ。

 あんな女をハーレムに入れようものなら、他のお気に入りの穴ポコどころかすでに生まれた子供たちが危ない。

 色狂いのゴッドスマイルにも、そのくらいの想像はついた。


 それからしばらくして、ゴッドスマイルは魔王を倒し、事実上の世界の支配者となった。

 サイ・クレイジーナとその子サイ・クロップスも、勇者の妻子としてゴッドスマイル神殿のハーレムに受け入れられた。


 母の心配をよそに、サイ・クロップスはすくすくと育っていった。

 どうやらこの天罰は、食らった者に深い傷がなければ外見だけの問題で済むようだ。サイ・クロップスの健康に何ら問題はなかった。

 ただし、外見だけはどんな治療や祈りを重ねても治らなかったが。

 それでもサイ・クロップスはあまり気にせず、母を責めることはなかった。元から細かいことを気にしない性格だし、その怒りを別の方に向けていたから……。


 さて、ハーレムに入ったサイ・クレイジーナは、安楽だがどこか満たされない日々を送っていた。

 ここでは、もう己の身を張って戦わなくていい。

 美味しい食べ物もきれいな服も、望めば何でも手に入る(元々彼女の望みが小さいせいもあるが)。

 しかし、サイ・クレイジーナはどことなく居心地の悪さを覚えた。

 自分と息子を受け入れてくれたゴッドスマイルにはこんなに感謝しているのに、自分はもう戦ってその恩に報いることができない。

 それに、このハーレムの外の世界では未だあの邪悪なワイルドテイルたちが生き残っていると聞く。

 今すぐ狩り殺しに行きたいのに、それもできないなんて……。


 しかし、その願いを託すことはできた。

 息子のサイ・クロップスは自分に似て巨体にして怪力、最前線で悪と戦う戦勇者にぴったりの素質を持っていた。

 さらにサイ・クロップス自身も、勇猛で乱暴で荒事を好む性格で、事あるごとに母の武勇伝を聞かせてくれとせがんだ。

 サイ・クレイジーナはそんな息子に応えて話をしてやった後、願いを込めてこう言うのだった。

「なあ、アタシなあ、ハーレムの外にやり残したことがあんだよ。

 アンタが立派な戦勇者になったら、親父様への恩を返すと思って頼まれてくんねえか?

 世の中には、ワイルドテイルっていうとんでもなく悪い奴らがいてなあ……」


 そうして、世の中というものを知らない無垢な息子に、ワイルドテイルや亜人への憎悪をこれでもかというほど刷り込む!!

 そのうえ自分たちの外見についても、大聖女が悪いという発想がない彼女はワイルドテイルを責めてそいつらのせいにする!!

 しかし、サイ・クレイジーナに悪気はない。

 それが彼女が生きてきた世界の、彼女の目に映る真実なのだから!


「オイッそんなんじゃワイルドテイルの子の首も落とせねえぞ!

 ホレ、あと腹筋百回!くじけるな、オイイイィーッ!!」

 息子が勇者の任務をしっかり果たせるよう、サイ・クレイジーナは自分の修行時代を思い出し、息子のすさまじく体育会系の修行をつけ始める。

 すると、その様子を見ていた他のハーレムの女たちの中からも、息子を修行させたい者や自身も修行を手伝うという者が現れ出した。

「お願いします、ウチの子も強くしてやってください!」

「ハーレムに入ってなお世界の役に立ちたいなんて……すごいよ姐さん!

 その修行、アタイと息子も混ぜとくれっ!」


 こうしてサイ・クレイジーナの修行は徐々に規模を拡大し……他にも多くの女戦士や黒衣の聖女なども加わって、次代の勇者たちの肉体を極限まで鍛え上げる会『ゴッドワイブズ・ブートキャンプ』を設立する!!


 その鍛練の効果は絶大で、サイ・クロップスを始め多くの化け物のような戦勇者を誕生させる!

 その勇者の多くは戦勇者の精鋭組織『神尖組』入りし、彼女のブートキャンプはその登竜門と言われるようになる。

 そこで鍛えられた勇者たちには当然、ワイルドテイルや亜人たちへの憎悪が長年替えていない掃除機のゴミパックの如くパンパンに詰め込まれており……。

 世に出た途端、化け物の如き残虐さでワイルドテイルや亜人を狩り始める!!


 その報告が届くたびに、サイ・クレイジーナは胸がすくようだった。

「ああ、良かった……アタシが鍛えた子たちが世界の悪を掃除して、世界中を真の平和に近づけていってる。

 これならきっと、そのうち……あの日のあの子みたいな思いをする子がいなくなるはず!」


 ああ、彼女は気づかない!!

 彼女が鍛え上げた聖戦士たちが、何の罪もないワイルドテイルの子供たちを何百倍何千倍もひどい目に遭わせていることに!!


 そして、偏った見方に気づいた野良犬がそれを是正し、誤りを認めない勇者組織もろともその価値観を叩き潰そうとしている事に!!


 やがて、サイ・クロップスはその牙に敗れ去る。

 母親の鉤爪よりはるかに大きな八本の剣も、その正しき野良犬には敵わなかった。

 野良犬によって助けられたワイルドテイルたちは本来受け取るべき生活を取り戻し、かつてよりもっと明るい笑顔になり……。

 今度は自分たちが他の虐げられている者たちを救うべく、野良犬の力となり……。


 やがてその解放の波は、世界中に広がり……。


 ということを、ハーレムの中にいるサイ・クレイジーナは知る由もない。

 ただ息子が死んだということとそれがワイルドテイル絡みであることを知らされ、その身が張り裂けんばかりに慟哭した。

「うう……サイ・クロップス……無念だったろうな!悔しかったろうな!

 あんな世の中のクズに殺されて、もうアタシが鍛えてやった技を奴らから人を守るために使えないなんて……女神様は、何て運命をお与えになったんだ!!」

 一しきり泣き叫んで顔を上げた彼女の目には、なおも闘志が宿り、さらに復讐の炎がメラメラと燃え盛っていた。

「畜生、悪魔どもがどんだけアタシらを悲しませようと、アタシらは屈しねえぞ!

 アタシの息子はやられた……けど、願いを託せる子はまだいっぱいいる。

 オイッしっかり鍛えるぞてめえら!今度はてめえらが新しい神尖組になって、先輩たちの弔い合戦だ!!」

 そう叫ぶと、サイ・クレイジーナはまた幼い子たちの鍛練を始めた!


 彼女の頭の中は、今もあの開拓時代のままだ。

 人間だけの女神様に守られた人間のためだけに、強い戦士を育てて人間以外を狩りつくすことしか考えられない。

 それが真の平和への道だと、信じて疑わない。


 今も彼女は、ハーレムで戦勇者志望の幼児たちを洗脳し鍛え続けている。そして、どうか勇者の正義で悪を狩ってくれと願いながら送り出し続ける。

 その勇者の正義こそが悪であると、世の多くの人は気づき始めているのに。

 そんな中いくら送り出そうとも、送り出された勇者たちはことごとく断罪され成敗(イレース)されるばかりだというのに。

 いくら教え子が成敗(イレース)されても、彼女は怒るばかりで気づかない。

 いずれその外の変化がハーレムにも及んだ時、彼女はそこでようやく悔い改めることができるのか、それとも己の正義に殉じて成敗(イレース)されてしまうのか。


 今天国から世を眺めているあの子は、そんなこと望んでいないのに。

 天からいかに救いの糸を垂らそうと、相手が気づかなければどうしようもない。


 ……余談だが、あの時勇者の愛を掴み損ねたストロードールの聖女も、気づかない側の人間だった。

 彼女は自分が現行犯の大失態を犯してしまったことに気づかず、ゴッドスマイルから一向に声をかからないのを他の聖女たちのせいにし、ますます恨みと嫉妬に狂って他の聖女たちに呪いの力を振るうようになる。

 当然、そんなことをしてもゴッドスマイルが振り向く訳もない。

 ゲボカスもまた、己の中に荒れ狂う悪意に内側から身を焼かれ、無念と願いを三人の娘に託して世を去ることとなる。

 他の全てを蹴落としてゴッドスマイルの愛を掴めと、言い残して。

 ……それを忠実に実行しようとした娘たちがどのような末路を辿ったか、もはや言うまでもないだろう。


 過ちは、誰でも犯す。

 ただそれを治らない致命傷とするのは、過ちを認めない頑迷な心のみである。

 更新がひどく遅い私ですが、実はこれの他にゾンビ小説を二本(それぞれ週1)で連載しています。どうしてもそちらが優先になっておりますので、こちらが待ち遠しくてお暇な方はよろしければそちらもどうぞ。

 今回は特に、百人一首ゾンビも久々に更新しましたので。これは書籍版もありますので、ゆっくり読みたい方はどうぞよろしくお願いします。

 

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