2.妄執の青い炎
ようやく二人目が書けました。書く書く詐欺になっていてすみません。
今回はミッドナイトシャッフラー大ロリコン先生の母親です。
一体どんな母親がどんな考え方を刷り込んだらあんなロリコンができるのかと、妄想の限りを尽くして書いてみました。また、今はやりの婚約破棄も絡めて。
ミッドナイトシャッフラー先生は勇者の中でも相当非モテだったんじゃないだろうかと。彼が本編中で無条件に女に言い寄られているシーンは見たことがありません。非モテの母は非モテだったのではないかと。
そして、あんな顔面を受け継がせる女を御神勇者はなぜ妻にしたのか。ハーレム事情も少し想像してみました。
何より、私自身が非モテだったので力がこもり過ぎてしまいました!
救いがほぼない。
昔むかし、まだ勇者が魔王を倒したばかりの頃。
あるところに、婚約破棄されたみじめな大魔導女がいました。
「もう、君と一緒になるつもりはないよ」
華やかなシャンデリアの光の下、一人のたくましい男が言い放った。
相手は、向かい合って立つ一人の女。痩せた体を上等のローブに包み、顔の下半分をベールで隠したミステリアスな女。
しかしそのベールの下を、男はもう知っていた。
だからここで、別れを告げる。
「君がこれからの僕の人生を豊かにしてくれることは、ないだろう。
そんなガリガリの体に毎日寄り添って、そんな妙ちくりんな顔を毎日見るなんて、そんなの僕にふさわしい人生じゃない。
だから僕はここで、君との婚約を破棄する!」
「そんなっ……!」
女の体が、怒りに震える。
しかしその目は、それほど驚いてはいなかった。まるでこうなることを、ずっと前から予測していたように。
だが、それでも納得できる訳ではない。
女は、恨みに満ちた暗い目で、男に問う。
「相応の理由は、あるノン?」
男ははぐらかすような笑みと共に、答えた。
「さっき言った通りだよ。君はもうこれから先、僕の役には立たないだろう。だから一緒にいる意味がない。
お互い未来に向かって進もうってことだ。
僕たちが力を合わせる戦いは、終わったんだよ。ミッドナイトスクリーマ」
ミッドナイトスクリーマ……その女は、実力で名の知れた大魔導女であった。魔導士の名門に生まれ、その才能を開花させる努力を惜しまぬ勉強家でもあった。
彼女はその強力な魔法で、人に仇なす多くの魔物を葬ってきた。
その力を認められ、魔王との戦いでも重要な役割を務めた。魔王に迫る勇者パーティーに襲い掛かる魔物を蹴散らす、護衛パーティー。
そこで彼女は、戦士である男と共に戦った。
後方から強力な魔法を撃ちまくり、殺到してくる魔物を弱らせ数を減らして手ごろな標的へと変えた。
彼女の働きがなければ、他のパーティーメンバーは今の功績どころか命もなかったかもしれない。
しかし、その奮戦の結果与えられたのが、この仕打ち……!
「命を……助けたノン?
その時一生私と連れ添うって約束したノン!」
ベールの下で口元を歪めながら問い詰める彼女に、男は面倒そうに言い放つ。
「それはさあ、君に脅されて仕方なく言わされたんだろ!そういう事をする女とずっと一緒にいたいなんて、思う男はいないよ!
あのねえ、僕は君のそういう粘着質がすごくうっとうしくて嫌なんだ。
何度も言うけどね、もう戦いは終わったんだ。状況が変わったんだよ!
これからの僕に必要なのは、僕を癒してくれる美しい顔と丈夫な子を生める柔らかくて豊満な体、そして男を食い物のように扱わない純粋な娘さ!
その何一つ持っていない君に、これからも僕を縛る権利はないよ」
男の言い分は自分勝手だが、正しい部分も多分にあった。
ミッドナイトスクリーマは、控えめに言っても容姿がよろしくない。側に置いても目の保養にならないし、抱きたいとも思えない。
女の魅力の源である起伏のない、痩せて骨ばった体。
そして何より目を引くのは、その顔の輪郭。彼女の顔は、ナスのように骨格から曲がった変ちくりんな形をしていた。
常に顔の下半分をベールで隠しているのは、それをごまかすためである。
その上目元に浮かんでいるのは、男を見るなり憎み失望し敵視するような陰険さであった。
恵まれなかった容姿は、彼女の性格にも大きな負の影響を与えた。
彼女は、周囲から疎まれ続けて育った。
彼女が生まれた時、父はこれではいい男を引っかける政略に使えやしないと嘆いた。その時から父の中で、彼女の娘としての価値は大幅に下がった。
母はこんな娘が生まれたのは私のせいじゃないと怒り(ミッドナイトスクリーマの顔は事実、父親そっくりである)、この娘と夫を視界に入れたがらなくなった。
周囲の者たちもこれは将来が大変だとげんなりし、しかし家柄ゆえ無下に扱うこともできず、とんでもないお荷物として腫れ物のように扱った。
彼女を心から愛し、必要とする者はいなかった。
彼女は、飢え続けた。
誰かの愛が欲しくて、苦しみ続けた。
だが、同時に分かってもいた。自分は他の女のように、華として男を喜ばせるものを何一つ持っていない。
それでも、たった一つ持っているのは……魔法の才能。
「花になれないなら、役に立って必要とされる者になればいいノン。
側に置いたら誇れて、手放せないものになるノン!」
己の持てるものを冷静に見つめた彼女は、それを目標に定める。
それからの彼女の努力は、すさまじかった。勉強、自主トレ、研究……己の力を高めることにほぼ全てを費やした。
誰も手を出そうとしないから、恋にうつつを抜かすことはない。飾っても笑われるだけだから、自分磨きと称して無駄遣いをすることもない。
ただただ己の魔法のみを貪欲に磨き続けた彼女は、その才能を余すところなく開花させ……伝統ある大魔導女学園を首席で卒業!
一躍、名の知れた大魔導女となる!
……が、それで幸せを訪れなかった。
彼女は家柄も才能も申し分ない……が、男は自分が楽しみ組み敷きたい女にしか媚びない生き物である。
彼女は、強い力を持ったことでかえって厄介な女になってしまっていた。
これほど力のある女、もし何かの拍子に婚約などしてしまったら、後でどうなるか分からない。自分よりはるかに強い女は、怖い。
もっとも弱小魔導士や貴族の家では、彼女の血を取り込もうと目を留める者が出始めた。それを考えると、一定の効果はあったといえる。
ただし、目を留めたのは実際に適齢期の若者ではなく父親や親類である。
話を持ち掛けられた若者からしたら、まっぴらごめんだ!
そのため、若者たちはこれまで以上に疫病神のように彼女を避けるようになった。そうしてますます、彼女の春は遠くなっていく……。
ミッドナイトスクリーマは焦り、嘆き、狂乱した。
あんなに努力したのに、報われるどころか逆効果!
おまけに自分が若くいられる日はもうそう長くない!
ひたひたと迫りくる暗い未来に怯え、夜ごと悪夢を見ては叫び声を上げる日々。館の者たちは毎夜、その狂気の叫びに怯えた。
このままでは家自体が取り返しのつかないことになる……そう危惧した当主は、ついに最終手段に出る。
「ミッドナイトスクリーマよ、その力を遊ばせておくとはもったいない。
おまえは、魔王との戦いに参加し、その力を世に知らしめるべきだ。
その素晴らしさを間近で見れば、ついてくる男も出よう」
何と、娘を戦場の最前線に送りだしたのだ!
尋常な方法で結婚できない以上、力だけでも役立てつつ非日常の場でイレギュラーを狙うしかない。
それに、もしそこで命を落とせば……これ以上苦しむことも厄介事を呼ぶこともない!
かくして、哀れな醜女は戦場へと赴いた。
だが、彼女は反発する事無く粛々と従った。
彼女自身、どうやっても手詰まりどころか悪化するばかりの日々に嫌気がさしていた。父と同じようなことを、彼女自身も考えていた。
この戦場で必ず人生の伴侶を見つけると、並々ならぬ決意を燃やして……。
その作戦は、うまくいったかに見えた。
ミッドナイトスクリーマは戦場で、パーティーメンバーの戦士を絶体絶命の危機から救うチャンスに恵まれる。
……だが、ここで彼女は不安に駆られた。
果たして、目の前の男は救った後自分を好いてくれるのか?
命があるのをいいことに、自分を捨てて他の女を漁るのではないか?
これまで男に愛されたことがなく、冷たくあしらわれ続けた彼女は、どうしても素直に信じることと見返りなしで救うことができなかった。
だから、尋ねてしまった。
「助けたら、私と結ばれてくれるノン?」
尋ねて、しまったのだ……!!
救いを求める者に対して、決して言ってはならなかった一言を……!!
その瞬間、男の中でミッドナイトスクリーマの評価はクズに確定した。
だって、命を人質にとって結婚を迫るなどまともなやり方ではない。こちらが逆らえない事を分かってやっている、この上ない強要だ。
そのうえ、これではどう答えても悪い方にしか転ばない。
断れば、ここで死ぬ。
受け入れれば、一生この粘着メンヘラブサイクと結ばれる。
(どうしろってんだよコンチクショー!!)
……という内心はともかくとして、男はいい返事をした。
当然だ、ここで断れば命がない。命がなければ、この先やり方次第で手に入る他の美女とのハッピーライフもパァである。
こうして、ミッドナイトスクリーマは念願の婚約を取りつけた。
それからというもの、ミッドナイトスクリーマは大張り切りだった。
(これでやっと、結婚できるノン!
魔王を倒して平和な世界で、この人と幸せに暮らすノン!)
ようやく見えたゴールに突き進むように、がむしゃらに戦ってどんどん魔物を焼き殺した。この人との幸せのためですと、周りに大声で叫びながら。
そして、父に婚約のことを報告して結婚の準備を整えた。相手の親にも連絡を取って、どんどん外堀を埋めていった。
さらに時間がある時はいつでも男の側にいて体をすり寄せながら、近くにいる他の女に必死で目を光らせて……。
男の行動や交友関係、持ち物までしっかり監視して……。
そこまでしたのに、この仕打ち!!
いや、男からすれば……ここまでされたからこその、この仕打ち!!
もはや尋常な方法ではこの女は離れないと分かったからこその、この大々的なパーティーでの堂々とした婚約破棄。
男の方も今後の人生を賭けた、大勝負!
(魔王を倒して平和になった祝賀のパーティー……ここで暴力には出られまい!そんな事をしたら、この女の人生は終了だ。
ここには勇者様もおみえになっている。
さすがにその前で手荒なことは……)
……などと考え、男としては勝った気でいた。
が、それが甘い考えであると男はすぐに思い知る。
ミッドナイトスクリーマはぶるぶると震え始め……突如として目をはちきれそうに見開き、会場を崩壊させんばかりの奇声を上げたのだ。
「ヒイイィギギギャゲェギィンオオオォ!!!」
魔獣もかくやと思うほどの怪音と声量に、会場は一瞬にして凍り付く。
その狂気の叫びに気圧されて警備兵すら動けない中、ミッドナイトスクリーマは死神を見たような絶望の表情で男にまくしたてる。
「ノンノンノォーン!認めない、そんなのないノン!!
あなたは希望、何が何でも私と結ばれるノン!私はそのために助けたノン!あの日から、あなたの命は私のものノン!!
私の命も、そのためだノン!!」
ミッドナイトスクリーマだって、この婚約に己の一生を賭けていたのだ。
それこそ、男の覚悟よりずっと重く深く。
この婚約があればこそ、自分は生きていけるとばかりに……。
そこまでのものを、裏切ればどうなるか……。
「もうダメノン、どうでもいいノン!
あなたが結ばれてくれないなら、もう生きる意味なんてないノン!!これから先のチャンスなんて、ある訳ないノン!!
私はどうなっても、おまえだけは許さないノォオオオーン!!!」
ミッドナイトスクリーマは、ローブの中から装飾品に偽装していた小さな杖を取り出す。
この場で、これだけの人目の中でも魔法を撃つ気だ!
……が、男はそこに勝機を見出す。
(バカが、大魔導女は単独じゃ無力なんだよ!
威力の高い魔法を使うには、クソ長い詠唱が要るんだ。どんなご大層な魔法を使うのか知らないが、その隙にたたんじまえば……!!)
男は、震える体を叱咤して立ち上がった。
周囲で見ている者たちも、男の思う通りのシナリオを浮かべていただろう。
しかし、詠唱はほんの一瞬だった。
「燃やし尽せ、ファイヤーボール!!」
男も周囲も、目が点になった。
ファイヤーボールといえば、ごく普通の火球を飛ばすだけの最も一般的な基礎中の基礎。どんな恐ろしいものが出るかと思えば……これでは拍子抜けだ。
……が、それは普通のファイヤーボールではなかった。
その火球は、大部分が青い炎で構成されていたのだ。
色違いの火球は、高をくくって突っ切ろうとした男の体に着弾し……
「ギャアアア!!!」
いきなり、全身に燃え広がって包み込んだのだ!
あっという間に火だるまになり、転げまわる男!!
しかし、青い炎は一向に弱まる気配を見せない。体に火がついたら転がって消すのは常識的な対処だが、それが通じない!
「ヒギィイイイ!!ハヤグ、ミズゥウウ!!!」
「早く、誰か水魔法を!」
ようやく我に返った警備兵が、水魔法で鎮火を試みる。
だが、消えない!男の全身を包むほどの水流をぶつけても、わずかに蒸気が上がるだけで火の勢いは衰えない!
ようやく会場中を水浸しにして消し止められた時、男は体の表面が炭化して息絶えていた。
通常の手段ではなかなか消えず、相手を焼き殺すまでまとわりついて離れない……まさに復讐に狂った女の情念を思わせる。
対照的に、周囲への延焼は全くと言っていいほどなかった。
あれほど燃え盛っていたのに、炎は全く周りに燃え移らず、男が転げ回ったところがわずかに焦げているだけ。
その相手を殺すことに特化した技に、周囲は息を飲んだ。
それからすぐ、ミッドナイトスクリーマは拘束された。
あれほど大胆な行動に出た彼女は、何も抵抗する事無く死んだような目をしてされるがままになった。
もう、自分の人生は終わったと思っているのだ。
実際、パーティーの主催者であった父はここまでやった娘を処刑する気でいた。
あまつさえ世界を救った勇者がいる前でこの失態。このままでは家自体にどんな処分が下るか分からない。
それに……ここまでやってもダメだったのだ。生かしておいても、もうこの娘に幸せは訪れないだろう。
ならばせめて、苦しみを終わらせてやろう……それがせめてもの慈悲だった。
しかし、その死を止める者がいた。
他でもない、勇者……ゴッドスマイルである。
彼はこの大騒ぎに多少気分を害したものの、それよりあるものに興味を引かれた。他でもない、青いファイヤーボールである。
あれの使い手をすぐ殺すのはもったいない。
生かして、他の者が使えるよう研究させろと命令が下った。
こうしてミッドナイトスクリーマは九死に一生を得た。
しかし、彼女の心は死んだも同然であった。
「もうこれから先、私を幸せにしてくれる人はいないノン……。だったら、もう何をやっても意味なんてないノン……」
いくら親に命令されても周囲に懇願されても、頑として何もせず無為に日々を過ごす。
度重なる勇者からの使者に当主は慌てふためき、ついには死者の目の前で娘を拷問するようにまでなったが、それでも彼女は上の空……。
たった一つ希望があるとすれば、ミッドナイトスクリーマに一生連れ添う男を与えることだが……ここまできてそれを望む男などいるはずもない。
全ての女を救うと口にする、あの男を除いては……。
何度目かに訪れた使者は、今までと様相が違っていた。
正装で大きな馬車に乗って現れた彼らは、大粒のダイヤモンドの指輪と箱一杯の金貨を差し出してこう言ったのだ。
「このたび、ミッドナイトスクリーマ様をハーレムにお迎えいたします。
つきましては、これで婚礼の準備を」
「おめでとうございます!」
まさに、青天の霹靂!
誰も予想だにしなかった、サプライズというのも生易しい大事変!!
一向に進まない事態にしびれを切らしたゴッドスマイルは、こう考えた。
女が将来を嘆いているのであれば、自分が救ってやろう。そして、子を生ませて血筋ごと取り込んでしまえ、と!
当主はしばらく信じられずソンビのような顔で天を仰いでいたが、事情が分かると狂喜乱舞した!
あのどこにも引き取り手がない呪われたような娘を、引き取ってもらえるというのだ。
しかも、この世で最も尊い御神勇者その人に!!
終了と思われたどん底からの、まさかまさかの大逆転!!
もちろん誰も反対する者はおらず、すぐ一族郎党総出で嫁入りの準備を始めたことは言うまでもない。
それから程なくして、ミッドナイトスクリーマは最高に美しいウェディングドレス(むしろ本人がドレスの汚れに見える程の)をまとってゴッドスマイル神殿に入った。
周囲から聞こえてくるのは、耳が割れんばかりの祝福の声。
あまりに己の現実からかけ離れた現実に、ミッドナイトスクリーマは夢心地であった。
(ああ、これは……夢ノン?
私なんかを、世界で一番の殿方が迎えてくださるなんて……!)
それは今まで数えきれないほど描いた夢より、ずっとずっと幸せな現実。
彼女が、心の底から欲し続けた瞬間。
……しかし、同時に彼女は言い知れぬ不安を覚えた。
これまであんなに努力しても足掻いても手に入らなかった幸せが、果たして本当にこの手に入るのか?
男に関して成功体験のない彼女は、与えられる幸せを素直に信じることができなかった。
そして神殿の結婚式場に着いた時、その予感は現実となる。
彼女の周りには他にもウェディングドレス姿の……彼女とは比べる事そのものがはばかられるような美女があふれていたのだ。
ゴッドスマイルは、既に数百人の妻を持っている。
そして、さらに年間250人のペースで増え続けている。
話には聞いていた。
世界中から、そのハーレムに入りたいと美女が殺到していると。このハーレムの門は、全ての女性が羨む狭き天国の門なのだと。
だが、ミッドナイトスクリーマは心にひびが入るような違和感を覚えた。
(ち、違うノン……私が望んだ結婚は……幸せは……!)
何度も何度も夢見て、枕を濡らしていた。
いつか自分のことを愛してくれる男と結婚して、毎日ささやかな笑顔を向け合い、常に側に寄り添って……。
自分と言う一人の女を見つめてもらえて……。
たとえそれが義務と政略から生じた関係でも、構わないと思っていた。
義務というなら、この御神勇者との結婚もそうだ。
子供を産み、優れた血を残すためだけの結婚。
もちろん子作りのためにはそういう関係になるだろうし、子供という確かなつながりの証が手に入るだろう。
しかし、それで自分を見つめてもらえるかと言われたら……。
それで可愛がってもらえるかと言われたら……。
現実は、初夜に容赦なくやって来た。
見たこともない巨大なベッドの前に並び、夫にかしずく五人の妻。
二人の愛の空間など、あるはずもない。
さらに周りには聖女や魔導士が並び、子孫繁栄の魔法を用意している。
このたった一夜で、確実に次代の勇者を孕ませるために。
目的のために余計にかける時間などないと、言わんばかりに。
ミッドナイトスクリーマは、ただの子作りのための装置だった。
その一夜を通して、夫の目が彼女に向くことはついになかった。自分を組み敷いている間も、夫は他の美しい女ばかり見ていた。
「良 き 胸 ぞ、ダイヤモンドリリー。
良 き 腰 ぞ、クリムゾンパンサー」
一度も名前を呼ばないまま、処女を奪い種付けだけをすませていった。
この日のために必死で練習した閨の作法も、特別に仕立てさせた下着も、大枚はたいて取り寄せた化粧品も……何の役にも立たなかった。
翌朝、女ばかり取り残されたベッドの上で、ミッドナイトスクリーマは悟った。
こんな美女だらけのハーレムだからこそ、自分は抱いてもらえたのだと。
醜い自分を見なくても、興奮させてくれる美女がいくらでもいる。だからその勢いを借りて、自分に種付けできたのだと。
堂々とそれができるのが、御神勇者のハーレムだ。
だから自分は、来るべくしてここに来たのかもしれないと。
これまた渇望していた子が宿ったであろう、お腹をさすりながら……。
案の定、それから夫がミッドナイトスクリーマを求める事は二度となかった。
いや、それどころか顔を合わせて会話することすらなかった。同じ部屋で食事をすることはあっても、夫一人に対し百人の妻が会して……という具合だ。それも、数ヶ月に一回あればいい方。
夫の頭の中は、常に新しく美しい妻のことで一杯だ。
ごく稀に抱いた女のことを思い出すこともあるが……それもほとんどは、その女の中にいる新しい子供のこと。
既に孕ませた女など、使い終えて惰性で取ってあるおもちゃに等しかった。
それでも、ミッドナイトスクリーマは甘んじて受け入れた。
だって、ここは世界で唯一自分が妻になれた場所!
世界で唯一、母親になれる場所!
御神勇者が世界の全てに救いを与えるという話は本当だった。だってこのハーレム以外に、自分を受け入れてくれる場所はなかったのだから!!
たとえ夫が自分を見てくれなくても、願いの大部分は叶ったのだ。
それに、もうすぐ自分をしっかり見てくれる男が……息子が手に入る。
海よりも深く山よりも高い期待を抱きながら、ミッドナイトスクリーマはその日を待った。
そして、ついにやってくる、彼女の一番幸せな日。
「はぁ……はぁ……これが、私の……!」
腕に抱かれているのは、彼女によく似たナス顔の息子。夫にはあまり似ていない気がするが、紛れもなく二人の子。
そして、次代の勇者。
自分と同じように歪んだ顔のこの子を見た時、ミッドナイトスクリーマは一瞬不安に駆られた。
自分はこの顔のせいで、どうしようもない挫折と苦悩を味わった。
もしかしたら、この子も……。
しかし、ミッドナイトスクリーマはすぐその不安を振り払った。
だってこの子は次代の勇者で、御神勇者様の息子。
愛されない訳がない。大切にされない訳がない。
その証拠に見よこの産室を。この子一人のために普段ならお目にかかれないような高名な聖女が祈りを捧げ、ありとあらゆる守りを与える人間があふれるほどいる。
きっとこの子は、これからもこんな風に人に愛されて育つのだろう。
それに、勇者の妻になることは今や世界中の女の憧れだ。この子も勇者になれば、多くの女が言い寄って来るに違いない。
この子はきっと歩めるのだ……自分とは違う人生を。
「良かったノン……幸せだノン……」
自然と、涙がこみ上げてきた。
その涙は頬を伝い、生まれたばかりの我が子……ミッドナイトシャッフラーの頬に落ちた。
それから、ミッドナイトシャッフラーはすくすくと育っていった。
ミッドナイトスクリーマに似て、痩せてあまり体の強くない子だった。戦いの花形としての勇者……戦勇者には明らかに向いていなかった。
しかし、ミッドナイトスクリーマは何も心配していなかった。
息子は自分に似て根気があり、魔法の才能がある。ならばそれを生かし、魔法を研究する創勇者にでもなればいい。
そのつもりで、ミッドナイトスクリーマは息子にしっかりと魔法を教え込んだ。
自分がここに来るきっかけになった、青いファーヤーボールも……。
やがて、ミッドナイトシャッフラーは勇者学校に入り母の手を離れた。
ミッドナイトスクリーマは喜んでそれを見送った。
これから、自分の子が勇者という世界中の憧れになるのだ。それはミッドナイトスクリーマの劣等感を埋め、心を満たすものだった。
自分の子が……自分の男が。
しかし、久しぶりに帰ってきた息子に、ミッドナイトスクリーマは思わぬ喪失を味わうことになる。
「いちいち指図しないでほしいノン!」
「生んではもらったけど、頼んだ訳ではないノン!」
学校で勇者として教育されたミッドナイトシャッフラーは、母の言う事をよく聞き母に愛らしく甘える幼児ではなくなっていたのだ。
当たり前だ。
勇者であってもなくても、これは普通に自立の過程である事だ。
そのうえ勇者は自分より上位の勇者以外の言う事を聞かなくていいと教育されるので、その特有の優越感も手伝って母親などすぐにどうでもよくなってしまう。
ミッドナイトシャッフラーは、既にミッドナイトスクリーマのものではなかった。
それに、ミッドナイトスクリーマはひどくショックを受けた。
やっと、自分の思い通りになる男ができたのに……!
自分を無条件に受け入れて、愛してくれる男ができたのに……!
いつまでもどこまでも深くつながっていられる、絶対に離れることのない男との絆が手に入ったと思ったのに……!
自分の腹から来た男ですら、自分を捨てるのか!!
……というのは、あまりに身勝手な思い込みである。
子供は母の所有物ではない。一人の人間なのだ。いつまでもどこまでも母の言いなりでいい訳がない。
こんな歪んだ愛と束縛を押し付けられたら、息子はたまったものではない。
……しかし、それでも、ミッドナイトスクリーマはそれにすがらずにいられなかった。
彼女は、あまりに愛に飢えていた。見捨てられ、裏切られすぎた。
そんな彼女は、幸せがやって来てもそれを素直に信じることすらできなくなっていた。逆に、次はどんな風に裏切られるのかと不安になってしまう。
そして不安を紛らわすために束縛と過干渉に走り……結果、相手がそれに耐えかねて嫌な予感の通りに捨てられてしまうのだ。
ミッドナイトスクリーマは、どうしてもその繰り返しを避けられなかった。
不変の絆で結ばれるべき、息子でさえも……!
ミッドナイトスクリーマは、ますます息子の愛を求めて狂乱した。牙をむいて怒り、泣き喚き、恩を並べ立ててすがった。
当然、ミッドナイトシャッフラーはますます反発する。
そのうえ、この頃になると周りは完全にミッドナイトシャッフラーの味方だ。次代の勇者の方が、用済みの女よりはるかに偉いに決まっている。
ミッドナイトスクリーマは、結婚前と同じくらい煙たがられ孤立していった。
そんな中、ミッドナイトシャッフラーに言ってしまった一言。
「いい気になっていられるのも、今のうちノン!
いくらもてはやされても、人は裏切るものだノン!簡単に手を返すノン!いい顔をしても、内心は見返りを求めているだけだノン!
だから、絶対に裏切らない私を大切にしないと後悔するんだノン!!」
それは、ミッドナイトスクリーマが人生から学んだ最大の教訓だった。
ミッドナイトシャッフラーにも、こう言ってやれば目が覚めて……自分の腕の中に戻ってきてくれると思っていた。
しかし……返ってきたのは、完全なる拒絶!
「ノンノンノォーン!!もうたくさんだノン!!
母上は何も分かってないノン!
悪いことばかり考えて足を引っ張るしか能のない母上なんて、もういらないノォーン!!」
無理もない。母と息子の人生は全然違うのだ。
ミッドナイトシャッフラーは、生まれながらの勇者という肩書によって無条件に周りから大切にしてもらえる。
ミッドナイトスクリーマがどうやっても手に入れられなかった異性も、勇者であるだけで砂糖に群がるアリのように寄ってくる。
そんな状況で、母の苦悩を理解できる訳がなかった。
ミッドナイトシャッフラーにとっては、煩わしい不幸の押し付けでしかなかった。
母と子の絆は、完全に壊れた。
ミッドナイトスクリーマは、絶望に打ちひしがれた。
しかしっ……彼女は、そこで立ち止まらなかった!!
かつて愛されるためにすさまじい努力をしたように……自分を無条件に愛する息子を取り戻す努力を始めた。
その方法は、かつてよりもっと過激で、力ずく!!
「結局私を愛してくれないなら、そんな心いらないノン!
何も考えずに、ただ私だけを愛して尽くしていればいいんだノン!」
ミッドナイトスクリーマは、かつて研究していた薬のレシピを引っ張り出した。
かつて、何をやってもなびかない男の心を何が何でも掴もうとして、作りかけたモノ……。
しかしその時は、果たしてそれを使った結果が本当の愛なのかと己に問うて完成させることを思いとどまったモノ……。
相手の反抗心を奪い……正常な思考を奪い……!
自我すら壊し、自分に服従する人形にしてしまう悪魔の香!!
その名も、ミッドナイトアロマ!!
人倫に背くことは分かっていた。
次代の勇者にしてはいけないことだとも、知っていた。
しかし……今のミッドナイトスクリーマにとって、そんな事はどうでも良かった!!
自分に頼り切って生き、無条件に愛してくれた可愛い息子を取り戻せるならば……全ては踏み潰すべき障害でしかなかった。
ミッドナイトスクリーマは、凄まじい情熱を燃やして研究に打ち込み、その悪魔の薬を完成に近づけていった。
御神勇者の妻という立場で、勇者体制の強化に貢献する研究という名目なら、材料も機材も自在に手に入る。
そうして、ついに周りの女たちに人体実験を行った矢先……
自らも思考と自我を失って倒れ、もう不安に悩まされることはなかった。
珍しく母を手伝ってくれた、息子のしわざであった。
ミッドナイトシャッフラーは、母の研究の内容を知ってこれだと思った。
母は余計な不安に駆られて自分も周囲も不幸にしている。ならば、これで不安を取り除けばいいじゃないか。
そうすれば、自分も母も楽になる。
母が実験対象としている女たちだってそうだ。
ミッドナイトスクリーマはハーレムの中で、他の大魔導女たちからいじめを受けていた。おまえのような醜くて陰湿な女がいるから、ゴッドスマイル様の足がここに向かず自分たちが寵愛を受けられないのだと。
それが完全な言いがかりであると、ミッドナイトシャッフラーには分かっていた。
ゴッドスマイルはただ、お古に興味がないだけだ。女共はそれを認められず無償の愛を捧げることができず、哀れな母をはけ口にしているだけだ。
ならば、みんなまとめて楽にしてやろう。
ミッドナイトシャッフラーは、母を含めた全員にミッドナイトアロマを仕掛けた。
そうして、ミッドナイトスクリーマを含む大魔導女のハーレム一棟が丸々壊滅し……そこには不安も誤解もいじめもなくなった。
事件は事故として処理され、ミッドナイトシャッフラーが咎められることはなかった。
ゴッドスマイルにとって、そこの女たちは等しくただ場所と予算を取るだけの不要物でしかなかったのだから。
これで、ミッドナイトシャッフラーは母の全てから解放されて幸せになった……。
……訳ではなかった。
ミッドナイトスクリーマの呪言は、全てが間違いではなかった。
ミッドナイトシャッフラーは成長するにつれ、それを実感することになる。
勇者は確かに世界中の女の憧れである。しかし今や勇者という枠の中に、何千という選択肢が存在する。
その中で、ミッドナイトシャッフラーは勇者として重視される要素……容姿と肉体的な強さにおいて、確実に下の方にいる。
すると、女たちはミッドナイトシャッフラー以外の勇者を優先して求める。同期でも、見目のいいクリムゾンティーガーやダイヤモンドリッチネルの方に流れる。
たまにミッドナイトシャッフラーにすり寄ってくる女がいても……より上位やイケている他の勇者への口利きやコネが目的だったりする。
成長して妻を持つ歳に近づくにつれ、そんな現実が露わになってきた。
そしてそんな現実にブチ当たるたび、ミッドナイトシャッフラーの脳に母の言葉が響いた。
『いくらもてはやされても、人は裏切るものだノン!簡単に手を返すノン!いい顔をしても、内心見返りを求めているだけだノン!』
絶望とともに、ミッドナイトシャッフラーは悟った。
真理だ……と。
そしてその現実に対しミッドナイトシャッフラーが取った行動は……母とそっくりであった。
彼は、決して裏切らず自分だけに無償の愛を捧げてくれる女を求めた。
母が幼い頃の自分を求めたように、刷り込みによって無条件に愛させることができる純粋な幼女を求めた。大魔導女を醜い母や母をいじめた女共と重ねて毛嫌いし、無垢な聖女を求めた。
そんな幼女たちとより多く出会うために、教師の道を選び導勇者を目指した。
見初めた幼女たちが成長してしまうのを奥歯を噛みしめて見つめながら、彼女たちを幼いまま留める研究に情熱を傾け……。
そのうえ彼に施された勇者教育が、その行動をさらに悪化させる。
ミッドナイトシャッフラーは、余計な事を考えず無償で全てを捧げる精神がそもそも全世界の民に必要だと考えた。
彼の売りである、『滅私奉勇』の思想である。
この理念を実現すれば、勇者体制はより盤石になる。民も勇者に捧げる以外何も考えなくてよくなり、全ての不安から解放される。自分も、見初めた女の勝手で利用されたり裏切られたりすることがなくなる。
誰もが幸せになる。素晴らしいじゃないか。
自分も母も、それで確実に楽になった。それを、世界中に広げようじゃないか。
ミッドナイトシャッフラーは母から受け継いだ情熱と根気……というか執念を持って研究に打ち込み……。
ミッドナイトアロマを、対象が命すら惜しまず働くほどに改悪し……。
幼女を年を取らないかつ美しいままのアンデッドに変える手段を考案し……。
そして今は、彼自身が命を気にする必要のないアンデッドとなって、責め苦を逃れることだけを考えてホームレスに奉仕させられている。
それでも、彼がどうしてこうなったのか、己の罪に気づく日はやって来ない。
自分が苦しんだからというのは、他の多くを虐げた罪を逃れる理由にはならない。
それに、もしも……もしもこの母子が勇気を出して他人に無償の愛を捧げていれば、それに心を動かされて愛してくれる者が現れたかもしれない。
それは、不安だらけで困難な道ではあっただろうが……。
決してできない訳ではない、最良の道だったのだ!
その道を教わらなかった息子は、地獄に落ちた。
そして母は……恍惚の人となり、ハーレムの外の独房でただ生き続けている。
彼女を見捨てた夫以外の唯一の肉親となったミッドナイトシュガーが、彼女の死を望まなかったせいで。
表向き、彼女の孫に当たるミッドナイトシュガー。
本当は、ミッドナイトシャッフラーの子ではない。
ミッドナイトシャッフラーが使い潰した労働者の子で、洗脳実験と歪んだ性愛の対象とされてしまった悲しき被害者。
それでも手に入れた勇者の子という立場と財産を使って、勇者体制を壊し世を良くしようと頑張る健気な復讐者。
ミッドナイトスクリーマの残した壮絶な苦悩の手記は、ミッドナイトシャッフラーの遺産としてこの子に渡った。
ミッドナイトシャッフラーが万が一勇者にミッドナイトアロマを浴びせてしまった場合に備えて作った、回復薬の未完成品も……。
ミッドナイトシュガーは、この回復薬で一時的に正気を取り戻した祖母と対面した。
当初は、容赦なく断罪するつもりで……。
しかし……できなかった。
正気が戻って孫を目にし表の事情を説明された途端、ミッドナイトスクリーマは叫んだ。
「こ、これが私の孫ノン!?
私にもあの子にも、全然似てないノン!!」
ミッドナイトシュガーは、一瞬身構えた。
本当は血がつながっていないのだから、当然だ。もしや勘付かれたか、だとしたらどうするつもりだ、と。
しかし次の瞬間、祖母は破顔して孫を抱きしめた。
「良かったノン!良かったノン!!
おまえはきっと、母親に似たんだノン。とっても可愛らしい顔をしているノン。これならきっと、たくさん愛してもらえるノン!
本当に、良かったノン……おまえは、私のように苦しまなくていいノン!」
祖母の目からは、歓喜の涙が滝のようにあふれていた。
心の底から喜んでいるのだ……孫の顔が自分に似なかったことを!!
ミッドナイトシュガーは、何と言っていいか分からなかった。
この祖母は、こんなにも自身のことが嫌いなのか。自分に似たら不幸しかないと思うほど、辛い思いをしてきたのか。
ここまで叩きのめされ打ちひしがれたこの人の心に……これ以上鞭を打っていいのか。
予想だにしなかった罪悪感に、ミッドナイトシュガーは震えた。
祖母は一しきり泣くと、また嬉しそうにこう言った。
「良かったノン……おまえがいるということは、あの子にもちゃんと結ばれてくれる人が現れたんだノン!
私より早く死んでしまったけど、きっと私よりは幸せだったノン!
うぅ……私は相手にしてもらえなかったけど……ゴッドスマイル様と結婚して、本当に本当に良かったノオオン!!」
なんと、ミッドナイトシュガーがいることで、ミッドナイトシャッフラーに愛する妻がいたと思い込んでしまったのだ。
それも、勇者だからあんな顔でも幸せになれたと勘違いし……!
息子を勇者にしてくれたゴッドスマイルに、心から感謝している……!!
違う、と叫びたかった。
早く真実を突きつけてこのババアにあいつの罪業を教えてやれ、と心がはやし立てる。
ミッドナイトシャッフラーは幼女ばかり求めて、妻はいなかった。そしてゴッドスマイルから受け継がれた勇者という罪業で地獄に落ちているというのに……。
ミッドナイトシュガーの口は、石になったように動かなかった。
言いたいことが洗濯機の中のようにぐるぐる回るばかりで、一つも口から出てこなかった。
だってこんな……ここまで哀れな人に、これ以上地獄を見せて偽りの幸せすら取り上げることに、一体何の意味があるのか!?
ミッドナイトスクリーマは、確かに息子を愛している。
やり方が間違ってはいるけれど、そこに確かに母の愛はある。
さらに薬が切れて自我と思考が再び沈んでいく中、ミッドナイトスクリーマは孫の顔を目に焼き付けるように見つめてこう言った。
「愛している……ノン……私の、かわいい……シュガー……。良かった……ノン……幸せだ……ノン……。
私……は……ずっと……あなたの、味方……」
結局、ミッドナイトシュガーは偽りの祖母に真実を明かせなかった。
努力しても周囲に拒まれ続け、勇者に目をつけられ使い捨てられ、息子にすがろうとして逆に心を奪われた女。
彼女はずっと愛を求め、裏切られ続けてきた。
そして今も、ようやく与えられた息子の幸せなんてものは幻想でしかなく、現実に裏切られ続けている。
ミッドナイトスクリーマは、愛を求めて多くの不幸を生み出した。
しかし彼女自身も、もう十分すぎるほどひどい目に遭っている。
彼女は、それでも真実を突きつけられてさらに成敗されるべきだろうか?
それとも、せめて幻の幸せくらいそっとしていておいてやるべきか?
いっそ、これ以上苦しまないように終わらせてやるのが幸せ?
ミッドナイトシュガーは、未だに答えを出せていない。
ただ、哀れな女の妄執から生まれた青い炎だけが、彼女に受け継がれていた。