始まり
目を開けると猫が俺の顔を覗き込んでいた。
視線を上下させ、頭のてっぺんからつま先まで猫に囲まれた状況を把握する。優に五十匹を超す……これだけの数に包囲されていると、いくら猫でも恐ろしい。
バッタの亡骸を運ぶアリの群れが頭に浮かび、身じろぎひとつできなかった。猫たちも動かず、こちらをじっと見つめている。
まさに一触即発という雰囲気の中、
「大丈夫?」
と一匹の猫が沈黙を破った。
「ちょっと頭が痛いかな」
思わず答えてから、バネのようにはね起きた。
「言葉が通じた」
「すごい!しゃべったよ!」
「今喋ったよな?」
猫たちは口々に言った。
喋った、と驚きたいのはこっちの方だ。いや、驚く必要もないか。これは夢だ。猫が喋る夢を見ているのだ。なんともファンタジックで夢のある夢を見てーー
「いたっ」
「ああ、夢じゃないのか」
俺の顔に突然パンチをあびせた黒猫は、信じられないといった顔をしていた。
「人で試すなよ……」
言いながら、俺も茫然としていた。痛みがあった。
「ここがどこだか分かる?」
先ほど口火を切った猫が問いかけた。
白いーーペルシャ猫だろうか。エメラルドグリーンの瞳がすきとおって、きらきらしている。俺の返答を待っているのか、まわりの猫達は黙り込んだ。
「夢の中」
俺は言った。猫が喋る事態より痛みを感じる夢の方がありえるだろうと思ったのだ。
「ここはネコの国だよ」
「夢の中だってぇえへへ」
「びっくりした顔してる」
「なんだかマヌケな顔の人間だなあ」
猫達はいっせいに喋り出した。
「誰がマヌケっ……じゃない、ネコの国?」
「そうだよ。死んだネコが来る黄泉の国さ!」
一匹の猫がうたうように言って、俺の太ももに飛び乗った。反射的に身構えたが衝撃はこなかった。乗られた感触がない。
「驚いた? 僕達死んでいるから重くないでしょ。ほら、尻尾も二つある」
二本の尻尾をゆらゆらと揺らし、器用にウインクした。……いや、片目が開かないようだった。
「どうしてここに来たの?」
「俺はーー」
ここで目覚める前のことを思い出そうとして、はっとした。
「野良猫が車に轢かれそうになっていたから思わず飛び出したんだ。轢かれて、体が浮いて……そこから記憶がない」
「猫を助けて死んじゃったってこと?」
片目の猫が、しょんぼりした声で言った。
「たぶんそうなのかな」
「そんなぁ……」
「人間には人間の黄泉があるって聞いたことあるわ。どうしてここに来たのかしら」
「長老様なら何か知ってるかも」
好奇心いっぱいの様子から一変して、周りの猫達は気の毒そうな顔になった……気がする。
白いペルシャ猫と片目の猫に案内されて、長老と呼ばれる猫の元を訪ねることになった。