俺の彼女がブログを始めてたんだが。
「そーいやお前、ブログ始めたんだって?」
付き合い始めて二週間。かわいいけど謎の多い彼女に俺は訊いた。
そう、俺の彼女は謎が多い。なんつーか、つかめない。おとなしくて、どっちかといえばネガティブで、つねにぼーっとしてる女子だ。ちなみに、彼氏のことをいまだに「鈴木くん」と呼ぶ。
そんな彼女は今も、ぼーっとしてる。いやしてた。過去形だ。今はめちゃくちゃ挙動不審。顔真っ赤。
「ぶ、ブロ……な、ななななななんでそれ知ってるの!?」
「クラスの吉田が言ってた。アメンボブログだっけ?」
「吉田、くん……」
ちょ、なんでそんな殺気だってるんだよ吉田逃げて。
「んだよ、そんなに見られちゃまずいこと書いてんの?」
「ちがっ」
「俺もそのブログ見たいなー」
「やだやだ絶対にやだ!」
「吉田にはアカウント教えたのに?」
「うっ……それは、……吉田くんと鈴木くんは、違うから……」
やばいかわいい俺の彼女。
「見たいなー俺も見たいなー」
「やだやだ、わたし文章力ないし語彙力ないし」
「じゃ、吉田からアカウント聞いちゃおっかなー」
「…………」
吉田ごめん、お前の死因はたぶん俺だ。
「いやでも吉田、お前のブログ褒めてたから……」
「うそ」
「マジマジ。めちゃくちゃ面白いってさ」
だよな、吉田? あれって褒めてたんだよな? お前が殺されないように俺頑張るから、今のうちに逃げろください。
「吉田くん、褒めてくれてたんだ……」
「お、おう」
「じゃあ……教えてもいいよ」
「ほんとか?」
「で、でも本当に大したこと書いてないから! ご飯の話とかばっかでつまんないから、期待しないでね!」
「おう、分かった」
あれか。最近の女子のあれか。スタパの飲み物を斜めに撮影してるあれか。画面が若干オレンジがかって、おしゃれになってるあれか。
『ユーコちゃんとスタパいってきた~(きらきら)
新作フラペでカンパ~~~イ!!
このあとカラオケでオールする予定♪♪』
とかそういう文章がちょっとついてる感じの。文章の後ろにいちいち絵文字ついてるようなあれか。あれなのか吉田?
「す、鈴木くん……感想とか言わなくていいからね恥ずかしいから!」
「えええ、感想は言いたいなーあ」
「ううー」
こんないきさつで、俺は彼女のブログを教えてもらったのだが。
『ミジンコの私 ~今日もポイントカード出せなかった~』
ブログタイトルからそこはかとなく危険な香りがする。
「帰宅後に自分の部屋でゆっくり読もう」と思った俺グッジョブすぎる。こんなん著者の隣で読めねえよ。
そして吉田。今日は家から一歩も出るんじゃねーぞ。
まずは大きく深呼吸。そうして色々落ち着けてから、タイトルの下にあるブログの説明欄を読むことにする。なになに……。
『店員さんをお待たせするのが忍びなく、今日もポイントカードを出し損ねる。
そんなミジンコ女の生態です……。
ポイントカードを持っていないふりをして、足早にレジを離れ。
そういう生活をしているうちに、ポイントの有効期限が切れる。
そんな私はまさにミジンコ……ミジンコの中のミジンコ女……』
やべーよ俺の彼女すげーミジンコ。
どうしようもう読むのやめたいな……。でも感想言うとか言っちゃったし……吉田の安否もそれにかかってる気がするし……。
とりあえず最新記事だけでも読むか。えーっと。二日前のこれか。
『ミジンコのミックスフライ弁当』
なんかミジンコの揚げ物みたいになってるけど多分違うよな?
*
5月*日 はれ
今日は朝寝坊してしまい、お弁当を作れませんでした。
なのでお昼ごはんに、ミックスフライ弁当を買いました。
(よかった、写真を見る限り普通の弁当だ。ミジンコじゃなくて……)
近所のお弁当屋さんで、ちょっと奮発しちゃいました。六百円。
(その店は一番安い弁当で三百円だからなー)
ミジンコの癖に寝坊して、そのうえ贅沢までしてごめんなさい。
(いいんだよそれくらい!!)
ミジンコの癖に、くせに、くせに……。
(謎のエコー!!)
お弁当のおかずは白身フライ、とんかつ、ちくわの磯部あげ、からあげ。
(そうそう、白身は柔らかいしとんかつも大きいし唐揚げはふたつも入ってるし、とりわけちくわが美味いんだよ)
それから、明らかに一口分しかないうえ他のおかずと一緒にあたためられてしまい、サラダとしての力を十分に発揮できず、こんなにホカホカになるのならいっそマッシュポテトになりたいとでも考えているだろうポテサラ。
(ポテサラにものすごい感情移入したな……)
ポテサラ同様ぬるーくあたためられ、こんなことならもういっそ大根の煮物になりたかったと考えているだろう黄色いたくあん。「生まれ変わったら煮物になろうな」と隣で頷く白菜の漬け物。
(白菜がさらっと喋ってるじゃん!)
「私は大根、あなたは白菜。現世は漬け物だったけれど、来世は一緒の鍋でもっと熱い恋をしたい……」
「ああ。来世もきっと一緒になれるさ」
「私のこと、見つけだしてくれる?」
「ああ。君がたとえ真っ白な大根になろうとも、僕は君を見つけてみせる」
(「なろうとも」ってすごく珍しいことのように言ってるけど大根ってもともとは白だからな!?)
その他。おかずの数を増やすべく白米の上に巻き散らかされた、黒ごま32粒。
(おかずとしてカウント!? ていうか32って数えたの!?)
全体的に白と茶色の目立つ弁当です。
(揚げ物の弁当ってそんなもんだろ)
まるでそう、おしゃれ女子の目指す、カントリーでウッディーな部屋のように統一された白と茶色。
(え!?)
たぶんもうすぐ観葉植物が欲しくなる……。今のこの弁当には野菜が足りないの……。
(ルビのふりかた)
いただきます。
(唐突に!!)
*
……さすがは俺の彼女だ。なんというか、変わっている……。ネガティブだとは思っていたが、こんなことまで考えているとは思ってもみなかった。俺の隣で弁当を食ってるとき、いつもそんなこと考えてたのかミジンコとか。やばい、今度いっしょに飯食うとき笑っちまいそうだ。
どれ、続きを読むか……。
*
たくあん美味しい。
(よりにもよってたくあんから食べてるじゃねえか!)
なんだろう、白菜がこっちを見ている気がする……。
(そりゃああれだけ妄想してたらなー!!)
巨大な箸に持ち上げられる大根。
「いやあああ、白菜くん、白菜くうううん!!」
「大根ちゃん! 胃袋の中で待っていてくれ! すぐに、すぐに僕もっ……!」
ガリガリボリボリと大根の身体が砕かれる音。
「痛……い…………白菜、くん」
「大根ちゃーーーーーーーーん!!」
多分、こんな会話……。
(こわいこわい暗い暗い!!)
私はきっと、二人の愛を分かつ悪者のミジンコ……。
(でましたミジンコ)
冷酷非道、血も涙もない敵……。
魔王、魔女、悪魔、Devil……。
(Devil)
あ。ポテサラの陰にこげ茶のソースを発見。ポテサラの隣に堂々といればいいのに照れ屋なのね、使わせてもらうわ。
(たまたまそこに移動しただけだろうに……)
とんかつ。半面だけサクサクで、半面がべっしょりとしている……。
(あー。揚げ物って、下になってたほうがどうしてもベシャベシャになるんだよな)
とんかつは二重人格。
(まさかの設定)
っ……!!
(なんだどうした!?)
そ、そんな……! まさかっ……!!
(なんだよ!?)
とんかつの下に……!!
(まさか虫でも入ってたか)
白い、パスタがっ!!
(……ああー)
これはっ……
(揚げ物の下にある、味のないパスタな)
ハッ!Σ(゜Д゜) 白身フライの下にも!!
(そういやあの店、白いパスタ結構敷き詰めてたなー)
ハッ!Σ(゜Д゜) ちくわの下にも!!
(…………)
ハッ!Σ(゜Д゜) からあげの下にまで!!
(くそっ、「ハッ!Σ(゜Д゜)」に腹筋もってかれた)
そ、そんな……これは……
(あのパスタにそんなショックうけるか? 確かに味気ないが……)
ポテサラの陰に隠れていた、こげ茶のソース……
(ん?)
あのソースとこのパスタをあえて、焼きそばをつくれということだったの!?
(恐らく多分で絶対ちがう!!)
そうだ、そうに違いない。
でなきゃあんなこげ茶のソースで焼きそばができないはずがあったんじゃない。
(何言ってるか分かんねーよ落ち着け!!)
あっあれは、あれはきっとそう……「ねるねるねるね」のように、
あ、自分で混ぜて作る系の、ああっ、
(違うって!! 弁当の容器で焼きそば作ってる人見たことないって!)
自分で作る系の、あ、おかず……あっ…………ああっ……
(それからその「ああ」っていちいち文中に要るか!?)
(なんだか卑猥!!)
私には見える、白いパスタにソースをかけて、混ぜる人々の姿が……!
(いないから! 見えないからそんな奴ら!!)
だというのに、あ、ああ、私はっ……私はなんてことをっ……!
(普通にとんかつとか白身魚用のソースだったと思うよ、大丈夫だよ……)
あのソースは白菜にかけるものじゃなかったのね!!
(そうだね絶対違うよね!!)
(つーかよりにもよって白菜にかけたのか!)
(白菜めっちゃ苦労人じゃん! 恋人もいなくなって!)
白菜「ああ、大根ちゃん。僕はすっかり汚れてしまった……」
(大体ソースのせい!)
「君がいなくなってから、僕は泣き続ける毎日だった。塩辛い毎日だ」
(ただでさえこの白菜は漬け物だしな!)
「今の僕は涙のせいで塩分過多さ」
(塩分も大体ソースのせいだと思うぞ!!)
あ。そっか、『ソース白菜』と『パスタ』を混ぜればいいんだ。
焼きそばに白菜ってちょっとおかしいけど……キャベツの代わりで……
(あくまでも焼きそばづくりにこだわる!!)
パスタは積極的に動いた。
彼女の白い裸体が、白菜にからみついていく。
「ぼ、僕には大根という人が、」
「ふふ、大丈夫よ。私に任せて……」
白菜の姿はおろか言葉までもが、パスタの身体に巻き込まれていく。
液にまみれたパスタは妖艶に笑った。
「前の彼女には悪いけど……私たち、もう離れられそうにないわ……」
(エロい! エロすぎるぞ白いパスタ!!)
だが。
彼女もまた、恐れていた。強がっていた。
何故なら彼女も純真無垢、穢れなき乙女だったのだから。
――白が少しずつ汚されていく。
白菜の愛を、つながりを求めるほどに強く、濃く。
「……ふふっ」
白菜のソースを絡めとりながら、震えた声でパスタが笑う。
雫が落ちる。
何も知らなかったあの頃には、もう、戻れない。
(悪女ぶってただけ! ああなんて素朴な子だったの白いパスタ!)
あ、思ってたよりおいしいこの焼きそば。
(躊躇なく食べやがったこいつああああああああああああ!!)
きっと今頃私の胃袋で、大根と白菜は涙の再会を果たしている……。
(あの艶めかしいパスタも一緒なんだよな!? 涙の意味違うよな!?)
*
……疲れた。すげー疲れた。人のブログ読んでここまで疲れたのは生まれて初めてだ……。それに自分が何を読んでいるのかもよく分からなかった……ミックスフライ弁当なのに揚げ物の話ほとんど出なかったし……。
ん? まだ文章が続いて――。
明日のお昼ご飯は、鈴木くんを食べられるといいな。
「俺!?」
鈴木くんは多分、お肉だろうな。
「確かに俺はある意味お肉だよ!? お肉じゃなかったら怖いよ!?」
いっつもお肉でおいしそうなんだよなー。
「そんな目で俺のことを見てたのか!? え、いつから!?」
そういえば吉田くんも、一緒に食べたいって言ってたなあ。
「吉田あいつ共犯だったの!? いつから俺のこと狙ってたの!?」
明日のお昼、楽しみです。
「やだーーーー!!」
*
「……鈴木くん」
「…………ん?」
「今日、なんでそんなに無口なの?」
「いや? 別に?」
「なんかいつもより距離が遠いし」
「気のせいだろ?」
「なんでそんなにきょろきょろしてるの」
「気のせいだろ? 吉田のことなんか探してねーよ?」
「……鈴木くん、私のブログ読んだ?」
「え? あー、ごめんまだ読めてなくてなー」
「…………そう」
「ソウナンダヨー」
「……あ。鈴木くん、今日は生姜焼き弁当なんだ」
「お、おう。……お前は今日はあれか、パンなのか」
「ん、なんか食べたくなっちゃって……」
「……なかなかにエロいパンを選んだな……」
「え? ただの焼きそばパンだと思うけど……なんで?」
「いやなんでもない」
*
5月×日 くもり
こないだのブログ、書き間違えてたー(涙)
「明日のお昼ご飯は、鈴木くんと食べられるといいな」だったのに……。
変な文章になっちゃってたよー(涙涙)
あれ鈴木くん読んじゃったかな、うわーん。
鈴木くん、今日もやっぱりお肉メインのお弁当だった。
明日も多分お肉だよ。鈴木くん、魚苦手だし。
吉田くんもお昼ごはん一緒にしたいって言ってたけど、いつがいいのかなー。
今度、みんなのぶんのお弁当作って持っていこうかな。
そういえば今日ね、私のお財布の中にブックオーフのカードが二枚もあるのを発見しちゃった。
いつから二枚になってたんだろ……。私はほんとにミジンコ……。
「一枚のカードにポイントをまとめられますか」って、今度店員さんに訊けるかな……(どきどき)