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宿題の代行

夏祭りの前日、いつもの場所に深水真菜の代役といって石橋香織が来た。澤江貴義は憧れの石橋と喫茶店へ入るのだが、話題は深水の話になる。石橋に知られたくなかった秘密を深水がバラしていたことを知り澤江は怒るが…。

 宿題の代行 


 体育館でクラブの球拾いをしていた時だ。友達の竹下が近くに寄ってきた。

 背が低い僕は、アタック練習の時はレシーブか球拾いしかさせてもらえない。もちろん僕だけでは無い。竹下や他の友達も背が低いから、ダラダラとレシーブと球拾いを代わる代わるやっていた。

「今日、ジュースおごってくれよ」

「何だよいきなり」

 ネットをかろうじて越えてきたボールを両手でキャッチし、アタックを打った一年に向かって返す。

 一年でも背が高ければアタック練習をさせてもらえる。チビは損だとずっと思っていた。

 何でバレー部なんかに入ったのだろうか……。


「昨日、深水と一緒にいただろ」

 心臓がドッキンと脈打った。


 ――見つかった!

 ――一体どこで!


「知らないぞ、見間違いじゃないのか」

「あっそ。別におごってくれないならいいぞ」

 竹下はそっと離れていく。思わず手を掴んでそれを制した。

「わかった、一本だけだぞ。今日だけだぞ」

 竹下はニッと笑った。

 真菜が最初に見せた笑みとかぶって見えた。

 僕は脅しに弱いんだろうなあ――つくづく自分が嫌になる。


 クラブが終わるとすぐ近くの自動販売機でジュースを買った。

「コーラでいいんだな」

「サンキュー」

 500㎖のビックサイズを買わされた。缶を渡すときに念を押す。

「本当に今日だけだからな」

「分かってる。誰にも言わないって」

 その顔には疑う余地が十分ある。

 缶を受け取ろうとする。まだ渡さない。

「一体、どこで見たんだ」

 電車の中で見られていたのなら深刻な問題になりかねない。

「昨日、塾の帰りさ。なんか楽しそうに二人で歩いてるからさあ。まさかとは思ったけど、澤江と深水とは……お笑いだぜ」

 言っておいて本当に笑いやがる。僕もさ――笑ってくれ。

「見間違いじゃないのか?」

「お前、上だけ体操服の半袖だっただろ。深水は短パンにTシャツ。背が高いから見間違えるわけないだろ」

 仕方なくコーラを渡した。

「サンキュー」

 軽く礼を言って直ぐにプルタブを起こして飲み始める。

「要るか?」

「要らん!」

 それじゃあなと、歩き去ろうとした時、竹下が言った。

「お前ら二人で何してたんだよ」

 嫌なことを聞く奴だ。

 耳が赤くならないようにゆっくり呼吸をする。落ち着け、落ち着け。

 もし、真菜がこう聞かれたらどう返すだろうかと考えてみた。


 言いたくないことを聞かれた時の返事の仕方……。

 ――!


「竹下――もしかしてお前、教えて欲しいのか?」

 上から目線作戦だ。

 もし教えて欲しいと言ったら、ジュース返せと言って適当にごまかしてやろうと思っていた。

「べ、別に全然、興味ねーよ。じゃあな!」

 自転車で下り坂を逃げるように走り去った。

 ハアーと大きく息を吐き出す。

 また何か言ってくるかもしれないが、今日のところは上手くいった。

 後で真菜に相談しよう。何かいい作戦を考えてくれる。


 お地蔵さんに手を合わせてから湧水を飲む。

 ワンカップのガラスのコップや、棒の部分がとれてしまっている柄杓など、様々な容器が置いてあるが、口を直接落ち口に持っていって飲むのが一番手っ取り早い。

 湧き水は冷たくてきれいだが、塩ビ配管から常時垂れ流しの状態。ありがたみは感じがたかった。この辺りでは特に珍しくもない。

 湧き水では近くにある大きな滝が水量、水質共に有名で、年に一度名水まつりと称される夏祭りが行われていた。

 毎年8月の第一土曜日に行われる名水まつり。明日はこの辺りの家も提灯を出して火を灯す。

 竹下みたいに冷やかす奴らのことを考えると、明日は変装でもして行かないと、その後のことがややこしくなるなあと思っていると、緑の体操服が道端に立っているのが見えた。

「よう、遅かったなあ」

 かけた挨拶を、つかまえて口の中に戻したかった。


 道端に立っていたのは、石橋香織――だった。


 ――。

 何も言わない。

 僕が水を飲み終えて来るのを待っているのだろう。

 石橋が通学で使っている自転車が隣に置いてあった。


 左右、後まで見渡して確認する。どこかで真菜が見ているのだろう。僕を冷やかすために、石橋を呼んだのは明白だ。

 電柱の裏に隠れる名人だからその辺りも目を凝らして確認するのだが……見当たらない。

「あれ、深水は一緒じゃないの?」

 少し照れながらそう声を掛ける。

 二人は親友なのだから、こうして石橋がここに来るのに何らかの情報を貰っているはずなのだ。

「先に帰ったわ。だから今日は私が代役」

 ――?

 代役って何の代役だ? パフェを食べる事か?

「真菜は――どうしたの?」

 言ってからしまったと思った。つい名前が先に出てしまっていた。真菜の体調が悪いのかと心配になったんだ。

「別にどうもしてないわ。今日もソフトボール何球も柵越えさせてたから」

「じゃあ、どうして石橋が? 代役って?」

 石橋は一歩下がって言った。誰か来ないか周りを気にしている。

「勘違いしないでよね。真菜が泣いて頼むから来ただけよ。親友のお願いだから仕方なく来たんだから」

 ――?

 何か、普通に聞いていればすごく傷つくような事を言われているような……。

 あるいは、幼馴染の友達が照れかくしで必死に言っているような……。

 石橋の気持ちが全くわからなかったのだが、

「真菜がパフェおごってもらうだけでいいって言うから、仕方なく来たんだから。とにかく行きましょ。ここは誰が通るか分からないから」

「え、ああ」

 石橋は自転車に乗り、僕はその後ろを歩いた。

 ? あんまりまだ理解できていない。


 ――真菜は、「明日パフェをおごって」と言って帰った。

 今日は石橋が「代役で来た」と言って、パフェをおごる。

 真菜は別に体調も悪くないのに石橋を来させた理由……?

 ――まさか告白でもしろと言いたいのだろうか!

 

 ――さっきの態度を見れば分かる。勘違いしないでねって言うのは、告白なんかしたって無駄だからねっと釘を刺されているのだ――。


 喫茶店に着くと、この日は僕が扉を開けた。

「いらっしゃいま……いらっしゃいませ」

 あの日と同じ店員だった。

 場違いな体操服の男女。僕は半袖短パンだから印象には残っているはずだ。

 一緒に入って来た女子が、目を疑うほど可愛いから、この世界は少しおかしな方向にズレ始めているのではと戸惑っているのではないだろうか。フン!

「二名です」

 Vサインを見せているわけではない。僕は落ち着いている。二度目だからだ。

「二名様ですね、こちらへどうぞ」

 あの日と同じ、窓際から一番遠い席へと案内された。

「本当にここで真菜とパフェ食べたのね……」

「え、ああ、うん」

 そんなことまで石橋に話をしていたのか――? じゃあ、もしかして、エロ本拾ったことも喋っていないだろうかと焦りを覚える。

 もし、石橋に話をしてたら……その分、おごり返してもらおうか。

 電車代も真菜のおごりで海に行きたいとねだってやる。

 怒ったりはしない。僕は温厚なバカスケベなのだ。

「ご注文は?」

「あの大きなパフェと、み……アイスコーヒを」

 水と言いかけてやめた。

 メニューを見ずにそう言ってから、

「――で、良かったかな?」

 石橋の方を見て確かめる。

「う、うん」

 石橋が数回首を縦に振る。

 店員が離れていくのを確認すると、石橋が少し驚き顔で、

「澤江君って喫茶店に来るの慣れてるの?」

「慣れてるもんか。こんな所に入るのは生まれて2回目だよ」

 あの時は緊張していたが、それは弱みを握られたことや、好きな女子の事をいきなり聞かれたりで緊張していただけだ。

 実際に二回目なら、目の前に好きな子がいたとしても全然緊張なんて……しなかった……。


 ――一年の入学式から好きだった女子を目の前にして座っているのに、緊張しなかった――。


 そんなはずはないと自分を否定する。

 学校で近くを通り過ぎただけでもドキドキしていたのに――。

 今日、水飲み場で出会った時を思い出す。真菜と間違えて驚きはしたが、緊張して話ができないなんてことはなかった。

 太ももに汗もかいていない。


「お待たせしました」

 大きなパフェとアイスコーヒが置かれた。

「本当にいいの?」

「え? ああ、遠慮しないで」

 真菜におごるつもりでお金を持ってきていた。

「ありがとう」

 恥ずかしそうに礼を言う。

「いいって。それにしても、あいつったらいつもおごってもらって当然って偉そうだし、言いたいこと言うし。石橋と正反対だね」

 アイスコーヒーにシロップとミルクを入れる。

 この前はこれを入れなかったから苦くて美味しくなかったんだ。

 これさえ入れれば別に我慢して飲まないといけないほど苦くない。

「真菜はみんなの前で、そんなに性格悪くないよ」

 パフェを一口食べて石橋は呟くように言った。

「いやいや、、それは本性を隠しているよ。もう最悪な奴なんだぜ」

 エロ本を拾ったことで脅しておごらせるんだから。


「本性を隠している? ――それって、親友の私にも見せられない部分が澤江君には見せられるってことじゃないの?」

 

 アイスコーヒーを吹き出してしまいそうになった。

 

 えっ!

 親友にも見せられない本性を、僕にだけ見せているだって――?


「なかなか思っていることを隠さずに言うことって難しいでしょ」

「あ、ああ――」

 コップに口をつけてアイスコーヒーを飲んだ。  

「優しくしてあげたら?」

「いつもおごらされているのにか?」

「うん。だってこうして私にもおごってくれてるじゃん。それに、エッチな本拾ったなんて真菜が言いふらすわけないでしょ」

 ――!

 少しアイスコーヒーを吹き出した。

 もしかすると、一番知られたくない女子に知られてしまったのかも知れない!


 もし知っていたとしても、石橋は真菜から口止めされていないのか? ――口が滑ったのか?

 

 ――あああ……あの時と同じだ! 真菜は何も変わってなんかいない!


 性格の悪い本性のままの――!

 なんだっけ、――真菜らしい――、

 真菜そのもの……?


「言うなって言ったのに!」

 ひどい奴だ。

 昨日、日焼け止めを塗らなかった罰か?

 なんて日だ!


 僕がこんなに怒っているのに――、

 石橋は全く……本当に全く気にもせずにパフェを食べ続けている――?

「だって、親友だもん」

「えっ! ――あ……そう?」

 そういうものなのか?

 怒りはコーヒーの中に浮かぶ氷のようにゆっくり溶けていく。

 なんか、石橋が知ってしまったのなら、他の誰にバレてもいいやという感じだ。

 時すでに遅しだ。白けてしまう。

「あの……、誰にも言わないでね」

「うん。パフェおごってもらったし」

 スプーンをくわえながら答える。

 エロ本を拾ったとか、僕の秘密とかには無関心なようだ――。


「最近、真菜、変ったよ。どんどん大人になって可愛くなっていく」

 パフェを食べ終えて水を飲む。

「そうかなあ」

 いつも見てきたけど、変ったところなんて見当たらない。

「性格も悪いままだし、嫌いだけどな」

 その言葉に石橋は呆れていた。

「だから、こんなの時間の無駄って言ったのに……」

 そう聞こえた。僕にではなく、呟くように。

「ごちそうさま。じゃあね」

 少し怒っていた。

 親友のことを悪く言われたのが気に障ったのだろう。

 でも――、だからって真菜のことが好きだとか、可愛いくなったとか、思っていても言えるわけがない。


 席を立つと、レジであの時と同じように1330円を小銭混じりで支払う。

「丁度いただきます」

 レシートを渡してくれる時、

「人は見かけによらないのね」

 からかわれたんだと思うけど、褒められたのかとも思った。

「どっちが彼女なの? 二股は駄目よ」

「からかわないで下さいよ」

 顔が赤くなる。レシートを受け取って店を出た。

 石橋はもう自転車で遠くまで走り去っていた。 


 今日、石橋香織と一緒に喫茶店に来ることができて嬉しかった。

 親友から見る真菜のことを知る事ができたからだ。

 気がつくと真菜の話ばかりしていた気がする。

 真菜の性格が悪いっていうのは、僕だけ……男子だけの誤解だと知った。

 真菜が誤解するようなことを最初にしなかったら、もっと仲良くなれていたのだろうか――。


 昨日、真菜は恋愛の練習と言っていた。

 練習試合が本番の試合になることがないように、練習の恋愛が本物の恋愛になんかなるはずがない。

 練習したのなら、本番ではそれを生かして結果を出さなくてはいけないはずだ。


 今日は本番の試合だったのかも知れない。

 真菜が準備した試合……結果が出せなかった……か?


 一歩進んだ女の子達の考えをいまだ理解できずにいた……。


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