宿題の答え合わせ
澤江貴義は大学に入り2年が経った夏休み、宿題の答え合わせをする。夏休みの宿題をやり遂げるのであった。
宿題の答え合わせ
大学で斡旋している夏季短期留学先にヒューストンがあったのを見逃さなかった。
父親と賭けをして僕が勝ったから、留学費用は親父のヘソクリから出してくれる。
「もし大学に入れたら、留学くらいお父さんのヘソクリでさせてやる……短期だぞ」
確かにそう言ってたが、僕の入学が決まった時、一番大喜びしていたのも父親だった。心の底から喜んでくれた。
家賃代、学費、仕送り、親のスネをかじり過ぎてしまっているのだが、
――安いもの――だそうだ。
深水真菜が通っている大学名だけは教えてもらった。――石橋香織からだ。
あれから毎日、勉強する日々に明け暮れた。その成果もあり、石橋と同じ高校へ進学できた。
石橋は真菜と連絡を取り合っているくせに、何を聞いても教えてくれなかった。そのくせ、僕に近づいてくる女子達を逐次チェックして連絡していたみたいな、脅迫……? まがいな話を聞いた。
遠くにいても二人が親友なのが微笑ましいことだ。
そのせいで――とは言わないが、僕の恋愛は中学のあの日から止まったままだった。
進めようとしなかった。なぜなら、いい男になっていないからだ――。
それを確かめるため、大学二年の夏、短期留学でヒューストンへと飛んだ――。
ヒューストンのホームステイ先にも少し慣れた土曜日、留学の真の目的である大学へ足を運んだ。
何をしに留学したんだと怒られるかもしれないが、迷いも後ろめたさもない。
朝から門の近くで、数人に英語で問いかけたが――誰も知らないとしか答えなかった。
日本語なまりの英語が通じていないのかと不安にもなる。
仕方なく門から中へと入った。
アメリカの大学は全部そうなのか分からないが、とにかく広くて緑が多かった。規模が日本の大学と全然違う。伸び伸びキャンパスライフってやつを満喫できるのだろう。羨ましい。
大きな広場に出ると、中央に噴水があり、天気も良かったから会話を楽しんだり、本を読んだりしている人が大勢いた。
歩きっ放しで丁度休憩したいと思っていたところだ。水の音と、せせらぎが心地良い。噴水の水はきれいとは言えなかった。耳が赤い大きなカメが甲羅干ししているのも見える。
地元の名水が懐かしい。
赤い苔の岩肌……あの日から見ていなかった。
今度、実家に帰った時に一度行ってみるか……。
噴水の外周に腰を下ろす。
広場には、レジャーシートを敷いて日光浴をしているカップルも見かける。
建物の方を見ると、中世を思い浮かべる装飾が施された通路を3人の女子生徒が歩いていた。
ひときわ目立つ黒髪――。
長さは肩にかかるくらいで、少し伸びたのではなく今はその髪型にしているんだろう。
背も伸びている。僕ほど伸びてはいないが、外国人と並んでいて違和感がない。
女の子同士で楽しそうに話しながら歩いている。こっちの暮らしに馴染んでいるみたいで安心した。
――安心してる場合じゃない!
会いたくて一日たりとも忘れた事が無かった深水真菜が今、目の前にいるのだ!
六年もの間、止まっていた2人の時間が動き出す。
急に鉛のように重くなった足で駆け出す。
大丈夫だ。真菜は、真菜のままだ――。
自分に暗示をかけながら後ろから声の届くところまで駆け寄った。
「真菜!」
振り向く真菜の表情は、声で誰かと気づいたそれだった――。
「――貴義なの?」
思いっきり両腕を開くと、真菜は躊躇うことなく飛び込んできた。
「真菜! 会いたかった! 本当に会いたかったんだ!」
「遅い! 遅すぎるバカ! ――それとスケベ!」
スケベは余計だろと言いたかったが言葉にならない。目を開けたら泣いているのがバレてしまう。
「待たせてごめん! 本当にごめん!」
「そうだよ! 待たせ過ぎだよ! 毎日会いたいと思ってた――」
真菜も目を閉じた。
肩が小刻みに震えている。強く強く抱き合っていた。
「日本の友達? 例の彼氏?」
「きゃっ、感動の再会ね。じゃあ邪魔せずに帰るわ」
友達が英語でそう言っていた。
真菜は抱き合ったまま友達に謝っていた。
「凄い背が伸びたね。いい男になり過ぎて私が恥ずかしいよ」
「真菜に似合ういい男になるために頑張ったんだ。まあ、背は勝手に伸びたんだけどね」
一度抱き合った腕を緩め、お互い見つめ合う。
――真菜はビックリするくらい大人になっていた。
中学の時に十分大人だと思っていたのに、大人の魅力がさらに増している。
黒い瞳はあの日のままで、しっかり両目に僕を捉えていた。
「もうっ!」
いつまで見てるのよ――と怒った。
――ごめん。
いい男になったと自分では思っていても、真菜の前ではどんくさい奴に戻ってしまう。
大事なことを忘れていてごめんと謝る代わりに、――キスをした。
噴水のある広場を吹き抜けてくる風が心地よかった――。
パフェがあればおごると言っていたが、ケーキセットしかなかったのでそれを注文した。
大学を出てすぐにあるスタバに入ってつもる話をしていた。
昔の思い出話。
あれから猛勉強をした苦労話。
真菜が担任に読ませた手紙のこともしっかり文句を言った。
「ヒバグリホンの奴、本当に読みやがったんだぞ。みんなの前で――どれだけ恥ずかしかったことか」
「いい男になるの分かってたもんね。先手を打っておかなくちゃ」
コーヒーを一口飲むと、真菜が明るい顔で言った。
「私が大学を卒業したら、父が日本に戻ろうって」
「えっ! 一生帰れないんじゃなかったの?」
「うん。そのつもりだったんだけど、定年で仕事を辞めたら日本で暮らしたいって言いだしたの」
「じゃあ、あの町に帰るんだね?」
ちょっと目を細める。そういうわけにはいかないようだ。
真菜の住んでいた家には、すぐに他の家族が住んでいたのを覚えている。
「日本には帰れるけれど、あなたと過ごしたあの町には帰れない。転校する前にいた東京に帰るの」
――東京か。
「そうか――、じゃあ、好都合だな」
意地の悪い顔を見せる。
石橋は僕のこともあまり話していなかったのだろう。それか自分で言う機会を作ってくれたんだな。
「僕は今、東京に住んでいる。日本ではちょっと有名な東京の大学に通ってるんだぜ」
真菜の顔が驚きと感動でいっぱいになる。
「……マジ?」
「マジ。石橋から聞いてなかった?」
頷く。
「香織ったら、貴義の事何も教えてくれないんだよ! 親友、やめてやろうかって思ったわ!」
笑って言うのを見ると、本気じゃないんだろうと安心できる。
石橋のおかげでこうしてここで再会できたんだから。
見つめて聞く。
「もう一回聞くけど、いい男になったかな――」
「うん。なった。私が言うんだから間違いない」
「そうか――じゃあ、僕は約束どおりいい男になってヒューストンに来た。宿題をやり遂げたんだ。だから次は真菜の番。僕は真菜が来るのを東京で待つ。いつまでも待ってるから――」
「貴義――」
「真菜は、相変わらず泣き虫だなあ」
「――私が泣き虫なのは、――貴義のせいだからね」
真菜に会いたいから何でも頑張れた――。
夏休みの宿題を、君が手伝ってくれたんだ。