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「映画のセットみたいですね……」
ジュナがつぶやくように言った。
駅から一直線に立ち並ぶ商店街。
僕たちはその入り口、駅舎を遠くから真正面に臨む地点に立っていた。
入り口のゲートには「山茶花商店街」と白い文字で書かれた赤い垂れ幕が掛かっており、
通りは夏祭りでもあるのか、はたまた一年中付けたままなのか、ピンクと蒼のあざやかな提灯で飾り付けられていた。
駅舎を最奥にして遠近法の見本のような、見事な情景が広がっている。
だが、僕たちが驚いているのはその美しい町並みに対してだけではない。
個人経営の花屋、魚屋、床屋、八百屋といった店が、今なお生きていた。
店の主たちが「おはようございます」などと声をかけ合いながら、のんびりと開店の準備をしている。
今どき、少し田舎に行ったぐらいではお目にかかれない光景だ。
よく見ると反物屋まである。
「まったく、昨日は損をしたなぁ」
僕も目の前の風景に釘付けになりながらつぶやく。
昨日はこいつを撒くために必死だったからなぁ……
駅を出て即座に右手の道へ逃げ込みジグザグに走った結果、正面の商店街に気付くことが出来なかった。
「逃げるから悪いんですよっ」
「……スミマセン」
反応を見るに、ジュナも昨日はこの商店街の存在、少なくとも美しさには気づけなかったらしい。
しばらくの間、2人でバカみたいに立ちつくしていた。
僕たちは商店街を歩きながらアルミ缶を拾ってゆく。
各店舗の店先は掃除しているはずなので、店と店の隙間など細かいところを探す。
「スチールは駄目だからなー」
「はーい」
アルミ缶を拾って金にすると説明した時は怪訝な顔をしていたジュナも、
やり始めると楽しそうに「あ、こっちにもあった」などと言いながら拾っている。
素人にしてはなかなか手際がいい。
僕も少し汗ばみながら、順調に数を集めていった。
横目で、休日を終えたサラリーマンが早足に駅の方へ向かってゆくのを見る。
………………
商店街の美しさに立ち止まることもできず、決められたルートを進むしかない彼等よりも、
この場で風景を味わい、なおかつ今すぐこの場を立ち去ることもできる僕のほうが上だということは
できないだろう。だが、それでもアルミ缶を集め、つぶし、換金し、飯を食らい、その力でまた仕事をするという
単純な、生物の一生そのもののように単純なサイクルのほうが、共時的な喜びにしか価値を見出せない
僕の性に合っていた。社会は、僕が納得するには難しすぎる。
そんなことを考えながら、黙々と拾う。
ジュナはというと、道端の雑草に隠れていた缶を発見して、なんかうれしそうにしていた。
「そういえば、朝ごはんはどうしたんですか?」
「川の水を飲んだ」
あ、すんげえ驚いてる。
「か、川の水って…………大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ、綺麗だったし」
「綺麗だったって……そういう問題じゃないですよ!」
「え、じゃあどんな問題なの?」
「病原体とか精霊とかいますって、絶対」
「いや、精霊はどうだろう……」
「あたし、少しならお金出せますよ?」
「いや、そういうのはダメだ」
そういうのはダメである。多分。
僕達はアルミ缶を拾いつつ、話しつつ進み、名残惜しい商店街から離れていった。
……駅名を確認するのを忘れた。
「あの、森田さん……」
「ああ……」
さっきから気になっていたのだが、少し離れた電柱からじっとこちらを伺っている男がいる。
商店街からずっと後をつけてきているようだ。
男はこちらの目線に気づくと、サッ!と電柱の陰に身を隠した。
「な、なんなんでしょう……」
ジュナはおびえて体を寄せてくる。
しばらく電柱を見据えていると、観念したのか男は姿を現しこちらに近づいてきた。
「あのォ、スイマセェンガァ」
男の肌は浅黒く、顔つきも明らかに日本人のそれではなかった。
ヨレヨレになった白いTシャツに、カーキ色のチノパンをはいている。
「私、あの、アノ……」
何かを伝えようとしている。
「あの、何か僕たちに用事でもあるんですか?」
「うんん……そう。私日本語分かるよォ」
どうやら日本語が分からないようだ。
「えっと、どちら様でしょうか」
「はいィ、私、インド人じゃありまセぇん」
どうやらインド人のようだ。
顔の掘りが深く、鼻が高い。インド北部の出身か?
「迷子になっちゃったんですかね?」
警戒心が少し薄れたのか、ジュナは僕に話しかけてくる。
「アノ……2日間、私食べれなぁぃ。仕事、探しぬる」
なかなか古典派な外人である。
そして、ただの迷子には見えなかった。
おそらく不法就労……とにかく関わらぬが吉だ。
「僕達がやってるのアルミ缶の換金だから、斡旋するような仕事じゃないよ」
「チョと、チョッとのお金でいいの。もう私死んじゃう」
僕の話が通じていない。
「換金方法も、場所も知らないんじゃないですか?私もよく知りませんし」
男は荷物を何も持っておらず、末期的状況なのだけは分かった。
ここまで危機的状況なら、役所に行けばいいのだ。
行かないということは、お役所に行けない理由があるということである。
「うーん、とりあえず警察行こっか」
警察、の部分に明らかに反応した。
「ケーサツ、だめ、だめよ。私悪いことしてないよ。」
小学生かい。
まあ、これで事情は大体分かった。
男は働かせてくれ、となおも懇願してくる。
う〜ん……
仕方ない、一回だけ一緒にアルミをやってやるか。手本を見せてやれば少しは自分で食いつなげるはずだ。
普通なら、警察に突き出すか、ただ放っておくのだが……
横で目を潤ませている女の子が、それを許してくれそうに無かった。
………………やれやれ。
そろそろ勉強しないと大学に落ちるので、失礼をば。
*そろそろ復活します。 2008/9/2