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ここまで至近距離で気づかないとは。
女の子は見たところかなり若い。下手したら10代か。
しかし……
キテレツな髪型してるな。
彼女は、実験に失敗した科学者よろしく四方八方に爆発したようなヘアスタイルをしていた。
この形、どっかで見たことあるな。
……………………
……思い出した。
深海生物のセンジュナマコ。
実は僕はディ○カバリーチャンネルの番組が大好きで、ホームレスなりにいろんな手段を講じて視聴してきた。
特に好きなのが深海生物特集。その番組に出てきたちょっとキモい深海生物のセンジュナマコにそっくりだ。
「わたし、新原駅からずっとここに座ってましたけど、誰も来ませんでしたよ?」
「ああ、じゃあその前だったのかな?」
そんなことを考えつつも一応返事をする。そうか、この娘は僕が寝てる間に乗り込んできたのか。
「その前って……乗ってすぐに寝ちゃったんですか?」
「うん、どうやらそうみたいだね。」
「どこまで行くんですか?」
女の子はなにかと聞き返してくる。
よく見ると彼女は服装も一風変わっていた。こういうの、なんだっけ……ゴスロリとかいったっけ。
なんにしても少し変な奴なのは確かだ。
……自分を度外視できるのは公共から隔絶されたホームレスの特権です。
とにかく、適当にあしらうことにした。
「じゃあ、そんなわけで僕はまた寝るから……」
「ねえねえ、お兄さんってもしかして旅人さんですか?」
僕の発言を無視し、嬉々として尋ねてくる。
……なるほど、そう見えなくも無い。というか半分当たりだ。
それで話しかけてきたのか。
よし、ならば興味を削いでいただこう。
「ううん。ホームレスだよ」
にこやかに答える。一瞬顔が引きつるのを僕は見逃さなかった。
ふふん、パンピーめ。
これでどこかへ行ってくれるはずだと思った。
しかし僕の予想を裏切り、彼女は一瞬硬直したあと、なにやら納得したような面持ちになって再び質問攻めを仕掛けてきた。
「へ、へぇー、ホームレスさんなんですか。どうして列車に乗ってるんです? 何か目的があるんですか?」
「いや、それは……」
「普段どうやって生活してるんです?」
な、なぜこんなに必死になって話しかけてくるんだ?
まるで、僕と打ち解けて行動を共にしたがってるような……
……………………………………
ん?もしかして……
ある考えが浮かんだ。
「あの、っていうかさ……」
尋ねてみる。
「君、家出?」
あからさまに顔を背けやがった。
「無視するな。話を聞け」
「景色を楽しんでるの。邪魔しないで」
彼女が見ているのは列車の天井だ。
「天井の何を見てるんだ」
「うわの空」
「どこにあるんだ、そんなもん」
そんな仰角45度ぐらいの空間に何か存在してるのか。
そのまま押し黙る。どうやら本当に家出らしい。
「名前はなんていうの?」
「ひ・み・つ☆」
うわあ、殴りたい。
「じゃああだ名で呼ぶよ。君のあだ名はジュナだ。」
センジュナマコに似てるから。
「ジュナ……いい響きですねえ」
ゴスロリなだけに、西洋的な語感が気に入ったのだろうか。
あだ名の由来を知らないジュナは、ぱあ、と花が咲いたように笑顔を浮かべてよろこんでいる。
笑顔がほほえましい。
「お兄さんの名前は何ていうんですか?」
「僕は数値衣杯。『すーちーぱい』って呼んでくれ」
「ウソ……」
なんでバレたんだろう……
「森田尚吾です……すみません。」
軽く会釈しあう。ちなみに今のも偽名だ。
「で」
僕は続ける。
「家出なんだな?」
「……ハイ」
ジュナは白状した。
家出して、心許なくて、一緒に居てくれる人を探してた。そんなありそうであんまり無い話を聞かされる。
「家出なんて今すぐやめて帰れよ」
「……いやです」
「きっと家族は心配してるぞ。それに、世の中には悪い人がいっぱいいるんだ。
僕にも無防備に話しかけてきたけど、ほいほい誰かに着いていくなんて危なすぎる」
一応、説教を垂れる。っていうか、ホームレスだと言っているのに何故ためらわず取り入ろうとした?
「うん、それは分かってるんだけど……」
ジュナは顔を赤らめ、人差し指同士をくっつけてもじもじしている。
え?
なんですかこれ?
フラグ立ちました?
僕がどぎまぎしていると、彼女は言葉を続けた。
「サイフを丸出しにして爆睡した挙句、それを盗まれて大慌てするようなドジだから少なくとも悪い人じゃないかなぁって」
「うんその通りだお前もうあっち行け」
「ああっ! ちょっと待ってくださいぃいいいいいい!!」
必死に腰のあたりにすがりついてくるジュナを振り払う。
「もういいから帰れ! 僕はもう寝るから!」
一喝し、知らん振りをして眼を閉じた。
付き合ってられるか!
彼女はその後もねーねーと体を何度も揺さぶってきたが、とうとう観念したのか自分の座席のほうへ戻っていった。
しばらくすると、おやすみなさ〜い……でも着いていきますからね〜、という彼女のつぶやきが聞こえてきた。
旅の始まりから面倒なものを抱え込んでしまったらしい。