機械の世界
この国には私達、機械しかいない。
私達は、昔ある人間に作られた。
機械といってもたいして人間と変わらない。
心臓のようなものもあるし、自分達で考えて動くこともできる。
私達を作った人は人間を滅ぼすために作ったという。私達は人間達を順調に減らしていった。
しかしその時、人間が厄介なものを使うようになった。
『魔法』というものだ。
何もない場所から火が吹き出したり、水がでたりするのだ。
これには私達も苦戦した。私達がいくら機械とはいえ高温で
焼かれれば溶けるし、強い圧力を受ければ潰れもする。
これによって私達は苦戦を強いられている。とはいえ、人間が滅ぶまでもうすぐだ。もう残す人間達の町は一つだけだった。
いくら魔法が脅威とはいえ、人間はすぐ死ぬ。
それに成長するのも遅い。
それにくらべ私達は人間でいう心臓の所にある核を壊されない限り死ぬ事はない。それさえあれば私達はいくらでも自分達を修復できる。自分たちで新しい個体を作り出すことだってできる。
核だけは私達を作った人間しか作ることができないが、それでも私達が負けることはないだろう。
おっと、仲間から通信がきた。どうやら人間が攻めてきたようだ。
私も行かなければ。人間が自分たちから攻めてくるという事は恐らく人数減らしか時間稼ぎだろう。
人間たちは私達に敵わないと分かると攻めてくることは無くなった。
だからもう攻めてくるときは人数を減らして他に生き残れる人を増やす、その間に少しでも逃げるといったものになっている。今回もそういったものだろう。
仲間達が交戦しているところに私も行く。どうやら今回は森の中から攻めてきたようだ。
そこでは既に多くの仲間が戦っていた。私も参戦する。
沢山の木で視界は悪いが私達には関係ない。私達は熱を感知することができる。
だから人間がどこにいるかもすぐに分かる。
目の前に二人。私は持っている棍棒を振るう。
二人が着ている鎧ごと胴体を真っ二つにする。奥に一人、魔法を使おうとしているのか変な構えをしている。少し遠いのでさっき倒した人間が持っていた剣を拾い投げつける。
その剣は木を貫通し、そのままその人間に突き刺さった。
まだ奥にはたくさんいるようだ。
仲間たちとそれを倒しに行く。いきなり隣りにいた三百八十二号の胴体が溶けた。魔法だろう。
普通の炎なら焦げ目すらつかないが魔法だと溶けてしまう。
その魔法を放った人間に三百八十二号を投げつける。
その人間は三百八十二号と一緒に吹っ飛んでいく。
しばらく人間達を倒し続ける。どうやら攻めてきた人間達はほとんど死んだようだ。
今回、核が壊された仲間は三十四体、修復が必要なのが二十五体。結構やられてしまった。
だが人間達を滅ぼすためには十分な仲間たちがまだ残っている。
それを考えると大した被害ではない。
仲間達ももう帰り始めている。私もそろそろ戻ろう。
深追いしていたせいで他の仲間より奥に行っていたようだ。
帰る途中、いきなりつまずいてしまった。
なんでだろう? そう思い脚を見てみると脚がなかった。
いや、正確にいうと脚が溶けていた。魔法!? まだ人間が残っていた!?
私は後ろに向かって持っている棍棒を投げつける。
あたったかは分からないが牽制ぐらいにはなるだろう。
そのまま腕を使って起き上がろうとした瞬間、腕が溶けた。
「よし、なんとかなったな」
私の後ろから声がした。恐らく人間だ。
「えーと、ここから核を……」
後ろの人間が私の背中を触り、何かしている。
そうしている内に私の意識は薄れていった……
意識が戻る。
目の前には私を連れてきたであろう一人の人間がいた。
ぼさぼさの髪によれよれの白衣。
「よし、これでいいかな。とりあえず質問したいことがある」
とりあえず殺さなければ。私はそう思い腕に力を籠めようとした。
だが動かない。そうだった……腕と脚は無くなっていたんだった。
「貴方は何をするつもりなのですか?」
「少し質問したいだけだ。お前たちについてな」
質問? 私たちに対して何を聞くというのだ。それに私はそれに答える気もない。
「まず、お前たちを作ったのは誰だ?」
「私はそれを知りません。ご主人様、と私達は呼んでいます」
私は答える気はなかった。だけれど勝手に口が動いていたのだ。
「不思議か? 少し核に細工をさせてもらった。これでもそこそこな科学者でな。
本当は核から読み取るのが一番よかったんだがな」
私の表情がそれほど分かりやすかったのだろうか?
目の前の男は説明をするようにそういった。
「しかし……やっぱり分からないか。まあ、それは取りあえずいい。じゃあ、次だ。お前たちは人間を滅ぼした後どうするつもりだ?」
「機能を停止します。私達のご主人様はそう設定しています」
そう、私達の目的は人間を滅ぼすこと、それがご主人様の望みだ。
その後などどうでもいい。
「やはりそうなっているのか……」
目の前の男は頭を抱えて悩み始めた。一体どういうことなんだろう。
「ああ、もう取りあえず……」
男は私の体を触り始めた。
……もしかしてこいつはこういう目的で私を連れてきたのだろうか?
確かに昔、人間はそういう目的で私達を使っていたという。
ご主人様も私達をより人に近い形にするため、とそういう機能を作ったらしい。
「貴方は何をしているの……?」
「勘違いするな。お前の想像するような目的で触っているわけではない。よし……できたぞ」
男は私から離れる。私が体を確認すると腕と脚が戻っていた。
なぜ戻したんだろうか? まあいい、これで目の前の男を殺せる。
腕を男性に向かって振る。だがそれはぼすっと軽い音をたて、男の腹にあたるだけだった。
なんで……? いつもならそのまま貫通することぐらいはたやすいはずだ。
「殺されたらかなわないからな。力を普通の人間よりも弱くさせてもらった」
やはりこの男のせいなのか。一体何が目的なのだろう。
「俺の目的はお前たちを救うことだ。あいつはお前たちを作ったが自分の目的の為でしかない。
そんな風に命令に忠実なお前たちが不憫でならない」
「私達を救うというのはどういうこと?」
「お前たちを自由にしてやりたい。あいつの目的だけにしか動けない存在から解放してやりたい
まあ、これもただの俺の押し付けなんだがな」
自由……? そんなもの私は考えたことがなかった。そもそも私はご主人様のために
尽くすだけだ。
「別にお前が人間を滅ぼしたい、というなら止めはしない。体も普通に直してやる。
だがその前に自分のしたいことを考えてくれ」
私のしたい事……やはりご主人様の願いを叶えることだろうか。
でも私にとって人間を殺すことはただの作業だ。殺す、ただそれだけの。
分からない……
「まあ、すぐ答えを出す必要もない。ここでゆっくりしていけ」
そういえばそもそもここはどこなんだろう?
「ここは最後の町の近くの森にある俺の研究所だ。色々してあるからな。そう簡単にお前らには見つからないだろう」
人間達の最後の町の近く……か。そういうという事はまだ人間達は生きているのだろうか。
「ああ、まだ生きているぞ。でも明日、お前の仲間達が攻めてくるみたいだからな。
逃げている奴もいるがな。まあ、恐らく一週間もかからないで人間はいなくなる」
それを聞いて私は喜ぶ。ついに私達はご主人様の願いを叶えることができる。
「やっぱりお前を作った人の願いを叶えられるのは嬉しいのか?」
「当たり前じゃない! それが私達の存在意義なんだから!」
「じゃあ人間が滅んだ後は?」
人間が滅んだ後……? 考えたことなんてない。
「別にどうだっていいわ。私達はそれが目的だったんだから」
そういうと彼はまた悩み始める。何を悩んでいるかは私には想像もつかない。
まあ、私には関係のないことだ。
「分かった。じゃあ、お前がそれを見つけたら元に戻してやる。そうしたら俺を殺すことも
できるだろう?」
確かにこの男を殺すためには戻してもらわないと駄目だろう。
そのためにはやりたいことを見つけろか。やりたいこと……
「貴方を殺すこと?」
「それは人間を滅ぼすことと変わらないだろ。滅んだ後の話だ」
______
それから私はこの男の研究所で人間が滅んだ後について考え始めた。
だけれども何も思いつかない。そもそも私には人間を滅ぼすことしか頭になかったのだから。
ふと気になって聞いてみた。人間がいなくなったら私達は動かなくなるはずではなかったのかと。
男が言うには私の設定をいじったようだ。そのせいで私だけは人間が滅んだ後も動くらしい。
余計なことを……
暫くこの男の研究所で考える日々、否のんびりするだけの日々が始まった。
することもなくただ過ごすだけの日々。初めは男を殺そうと頑張っていたが全部無駄終わった。
そのために彼から魔法を教えてもらうことにした。彼は快く教えてくれた。
そして学んだ魔法で彼を殺そうとした。だけれどそれも駄目だった。
彼に向けて魔法を撃つことができないのだ。
彼曰く、
「人に危害を加えることができないようにしておいた。
戻してもらいたかったらさっさと考えるんだな。」
私は男を殺すことを諦めた。いや、正確にいうと戻してもらう前に殺すことをだ。
早く自分のしたいことを見つけなければ……
そうして過ごしているうちに私はこの男のいろんなことを知った。この男は基本的に一日中何かを研究している。ほぼ常にだ。
主に私達機械の事についてのようだ。
ある時、彼の研究について聞いてみた。
「貴方はいつもそんなに何をしているの?」
「研究さ。お前達についてのな」
彼はそういって楽しそうに研究について話し出した。
あまりに彼が楽しそうに話すので最初は私も仕方がなく聞いていた。しかしそのうち他にすることもないので、彼の話を聞くようになった。
彼は本当に楽しそうに話す。いつしかそれを聞くことが楽しみに
なっていた。彼を殺す、それが私の目的だったのに。
どうでもよくなっていた。
彼の話を聞いていたある日、ついにこの研究所にも
私の仲間達がやってきた。
「遂にきたか……バレない自信はあったんだけどなぁ」
彼は私に近づき、何かを始める。
「何をしているの?」
「お前を戻してやる。もう俺は死ぬだろうしな」
「貴方は死ぬ気なの?」
「ああ、お前らにかなうわけもないしな」
「私はこうやって連れてきたじゃない」
「不意打ちだっただけだ。正面からだとかなわないさ」
そう彼は諦めたような態度を見せる。
いきなり壁が壊れる。
そっちを見ると二百二十五号と百三十二号がいた。
二人は彼に向けて細長い棒を投げつける。
私はそれを受け止め、そのまま投げ返す。
二百二十五号の頭を貫通する。百三十二号は私の投げた棒を
受け止めていた。
「逃げるわよ!」
「え?」
呆然としている彼をひっぱり走り出す。
恐らくあの二人以外もここには他のも来ているのだろう。
私は襲われないだろうが、あの数から彼を守るのはムリだろう。
「おい、なぜ俺を逃がそうとする」
「これが……今私のしたいことだから」
そう、私はこの人をあいつ等から守りたい。この人を助
けたい。まだ話を聞きたい。
そう強く思う。この人を助けるためなら、私がどうなっても……
後ろから何か飛んでくる。恐らくさっき倒した二百二十五号だろう。
私はそれを彼と一緒に避ける。
そうして私達は逃げ続けた。けれども……あいつ等はずっと追いかけてくる。私達は逃げ続ける。
ふと彼がこう言う。
「もう諦めて捨てて行ってくれよ」
「嫌だ。私のしたい事をしろといって私に自由を与えたのは貴方じゃない」
そういって彼に向かって微笑み、彼の手を引っ張る。
決して諦めない。彼には生きてもらわないと。私のためにも。
そう決意した次の瞬間、私は弾き飛ばされていた。
「えっ……?」
私の目の前で彼が倒れている。彼の胸には細長い金属の棒が刺さっていた。
今のは私に向かって飛んできた……?それを彼がかばったのだ。
どうして私に向かって飛んできた? いままで人間である彼にしか飛んでこなかったというのに……
私は彼の所に駆け寄る。彼が助からないことは私にも一目で分かった。
「良かったよ、お前が無事で」
「そんなっ、どうして貴方が……」
「せっかく自由になったんだ。しっかり生きろよ……」
そういって彼は倒れる。
「ねえ、ねえっ……どうして……」
私は叫ぶ。彼に向かって。
やっと私のしたい事を見つけたのに……
「まさか僕が作った人形が人間を助けているなんてね」
そう私に向かって二百九十号を投げたであろう一号が喋る。
「僕が作った……?」
「そうだよ。僕が君たちを作ったんだ」
この人が私のご主人様なのだろうか……?
まさかまだ生きていというのか? いやそんな筈は……
「僕はね、脳を全て機械として移植したんだ。この体なら老いることもなく、誰もいない世界で生きていける。素敵だろう?
だからね、そのために死んでくれ」
そうして手に持っている棒を私に向かって振り下ろす。
私のご主人様の願いならそうするべきだろうか。
いや、もう私は自分のしたいようにする。それが彼との約束だ。
まずは目の前の彼を殺したこいつを殺そう。
振り下ろされる棒をよけ、そのまま棒を掴みほおり投げる。
「えっ?」
そう間抜けな声をだし飛んでいく。
これぐらいで核が壊れることはない。早く壊してしまおう。
そのまま倒れたままのそいつに乗り核を壊そうと殴り続ける。
だが、壊れない。
「お前なんかに壊せるわけが無い。僕は他の奴らとは違うんだ!」
どうやら私は体の造りが違うみたいだ。
どうしようか。彼に教えてもらった魔法を試してみよう。
まず脚に炎を当ててみる。どうやら私達と一緒で溶けるようだ。
まず脚を溶かし動けなくする。
「お前は僕が作ったんだぞ! なぜ逆らう!?」
「私は確かに貴方に作られた。けれど自由を与えてはくれたのは貴方じゃない」
胸にある核を壊す為に胸を溶かしていく。
私達とは造りが違うせいか、すぐには溶けない。
「おいっ、やめろ! 分かった。お前は壊さない! 自由にしてやるから」
まだ、喚いている。壊さない? こいつは何を言っているのか。
今、壊しているのは私だというのに。
それからもしばらく喚いていたが、やがてそれも止まった。
私は彼の死体の所に行く。力なく横たわる彼。
彼はもういない……私のしたい事はもうない……
私はこれからどうすればいいの……?
彼は私に生きろ、と言った。でも私にはその生きる目的がない。
どうすればいいの。
それから私は…………