短編1
★酒
いつもの晩酌の時間、珍しくアディがグラスを二つ用意して隣に座った。
どうやら、今日は本ではなく一緒に呑むのだなとダニエルは理解して、グラスに酒を注いでやる。
そういえば、これまで飲んでいる所を見た事はないが、アディは飲めるのだろうか、と考えながら、舐めるように酒を飲んでいるアディを観察した。
視線に気付いたアディが、にっこり笑って擦り寄って来るので、ダニエルは肩を抱いてやる。
二人の時間は、いつも静かだ。
ダニエルは元々話す方ではないし、アディもほとんどが筆記での会話で、あまり声を出して話しをしない。
そうすると自然と静かになるが、お互いになんとなく、表情で相手の言いたい事が分かったりもする。
「ダン」
呼ばれて視線を下げると、アディがとろんとした目をしていた。
あまり酒に強くはなかったようだ。
「どうした?」
アディは、手にしていたグラスを置いて、にっこり笑う。
「噛みたい。」
「……は?」
ぽかんとしたダニエルの片脚に跨り、アディは鼻に噛み付いてきた。そして、楽しそうにクスクス笑っている。
そのまま放って様子を見ていると、顎や腕、首筋にガブガブ噛み付いては楽しそうに笑う。
「いひゃい?」
指に噛み付いたアディが聞いて来るので、ダニエルはアディの口の中で指を曲げ、舌を押してみた。
「ぅあ」
呻いてアディはダニエルの指から口を離す。そしてむくれた。
どうやらアディは、酔うと噛み付くらしい。
面白い癖だな、とダニエルは苦笑する。
「アディ、酒を飲むのは俺の前だけにしてくれ。」
そう言って、グラスの中の酒を飲み干した。
とろんとした顔で意味が分かっていない様子のアディを抱き上げて、ダニエルは寝室に向かう。
「噛まれるなら、ベッドの中が良い。」
次の日、腰が立たなくなったアディを抱えて仕事に行き、隊長や隊員達に茶化される事になる二人だった。
★作戦の弊害
最近、執務室で仕事をしていると王太子が顔を出しに来る事が多い。
美味しい菓子だとか、珍しいお茶だとかを土産に持ってやって来て、お茶をして帰って行くのだ。
しかもそろそろ休憩にしようかという頃合いにやって来る為、無碍にしにくかった。
お茶の間も、ダニエルは元々話さないし、アディはお菓子を食べるのに筆記を面倒臭がり、王太子と側近のライアン、たまに隊長が話をしている。
「どうだ、アディ?その菓子は美味いだろう?」
アディはこくこくと頷いて返事をする。
「この前も、木の実が入った菓子をよく摘まんでいたが、アディは木の実が好きなのか?」
また、アディはこくこく頷く。
「では今度また、木の実がたくさん入った菓子を持って来てやろう。他に欲しい物はあるか?」
アディは横に首を振って否定を示す。
「アディ、あなたはお菓子を食べてばかりいないでちゃんと答えたらどうです。」
側近ライアンの言葉には反応しない。
アディは、ダニエル人質発言から、ライアンに厳しいのだ。
そうした会話をして帰って行く王太子には、ある時不名誉な噂が立つ事となる。
王太子は、騎士の妻に横恋慕している、と。
しばらくの間王太子は、城中の人間から憐れみの視線を向けられるのだった。
★アディの戦い
ある日訓練中、トムがぽつりと零した。
「アディって、力なくて剣はあんまりだけど、戦かったら強いですよね。」
トムの視線の先には、アディが座って訓練する騎士達を眺めている。
女だと分かってから、ダニエルはアディを訓練に参加させなくなった。
だからいつもこの時間は、家で作った軽食の入ったバスケットを傍らに置いて、アディは訓練を見学している。
「戦う前に眠らされたら何も出来ないからな。動けないようにされるのも怖いな。」
トムの言葉に、側にいた隊長が答える。
「死角からいきなり縄とかで縛られてもそれで終わりますしね。」
「他の魔術師達は魔法陣だとかが必要なのに、アディは声だけで出来るから厄介だよな。」
「そうだな。アディが能力を使って戦う所をこの目で見てみたい。」
隊長とトムの会話に、突然別の声が割り込んだ。
振り向いた先には王太子と側近の姿。
こんなにしょっちゅうアディに関わろうとするから、横恋慕だなんて言われるんだよと、トムはこっそり思った。
王太子はアディに近づいて何かを話している。
頷いたアディが立ち上がり、訓練用の剣を持たされたアディと側近が向かい合う。
王太子の始めの合図と共に、アディは動くなと呟いて側近の動きを止めた。
動けなくなった側近に近づいて、アディは持っている剣を首筋にあてて、あっさり勝負はついた。
王太子はアディを褒め称えて、アディはうざったそうに顔を顰めている。
ダニエルが訓練の終わりを告げる声を聞いて、アディは王太子を置いてダニエルの方へ駆け行ってしまった。
「隊長、ライアン様、いつまであのまま放置されると思います?」
「アディのダニエルへの愛はでかいからなぁ。ライアン様も嫌われたもんだ。」
側近ライアンは、アディの意地悪で動けないまましばらく放置されたのだった。