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「こんな方法があるなら、最初からこうして欲しかったですよ!」
城に与えられている部屋で、ナナがソファに座ってそう言った。
『ごめんなさい。だけど、あの時は使う訳に行かなかったから。』
ブレイン公爵家での一件は、トムが一部始終を隊長とダニエルに報告した。
その為、アディの能力も城中が知る事となり、アディは今、王宮魔術師団に勧誘されていたりする。
ダニエルと離れる気のないアディが断固断っているので、その勧誘は実を結ぶことはなさそうだ。
そして、能力がバレたからと、アディはナナがこちらの言葉を話せるようにしたのだ。
それに対してのナナの台詞が冒頭のものである。
「いやー、もうまじ、言葉が通じるって素晴らしいー!このバカ王子!」
「娘!殿下に向かって無礼だぞ!」
ナナの不敬な発言を側近のライアンが目くじらを立てて注意する。
「しかし、アディの能力は便利だな。魔力も強いと聞いた。」
王太子もアディを魔術師団に入れて、国の為に有効活用したいと考えている一人だ。
『私が忠誠を誓うのはカーライル副隊長個人になので、国の為に働いたりする気はありません。』
アディの返答に、側近のライアンは苦虫を噛み潰したような顔をして、王太子も苦く笑う。
アディの能力を知ったライアンは、アディが先程と同じように断ったのを受けて、ならばダニエルを人質に取れば良いのではと発言したのだ。
それを怒ったアディに、「謝って、そんな事は絶対にしないと誓うまで踊り続けろ」と言われ、踊り狂わされた。
アディの能力故に、喉から手が出る程欲しくても国は手を出せないのが現状だ。
「それで、私は帰らせてもらえるんですかね?」
ナナは、もうこんな怖い世界はうんざりだと思っている。早く帰って自分の家族に会いたかった。
「そのことなんだが、魔術師達によると私とナナは相性が良いらしい。このまま残って私の妻にならないか?」
にっこり笑って言う王太子に、ナナはいやぁな顔を向ける。
「いやですよ。いくらイケメンだからって、こんな命がいくつあっても足りない所、願い下げです。」
「それは残念だ。だがな、魔術師達は帰り方を見つけられそうにないのだ。」
「なら、私どうなるんですかぁ?!」
「元々こちらの都合で呼び寄せたんだ。仕事を紹介して、生活を保証してやる事はできる。」
王太子とナナの会話に、アディが手を叩いて自分に注意を向けた。
『その事なんですけど、私に考えがあるんです。』
「なんだ?」
『私、ナナを帰せるかもしれません。』
「「「は?」」」
黒板を読んだ王太子と側近ライアンはぽかんとした顔になった。
ナナはというと、プルプル震えている。
「またアディさんはそんな事を隠してたんですかー!!人が悪い!!!」
ナナにがくがく揺さぶられながら、アディは文字を綴る。
『ごめん、それも、理由ある』
揺らされている為に文字は震えて片言だ。
「なんですか!この際、隠し事は全て洗いざらい吐いちゃったらどうですか?!」
ナナの勢いにアディはたじたじになっている。
『とりあえず、ナナの召喚に使った魔法陣とかあれば、見せてもらえませんか?』
四人の会話を黙って見守っていたダニエルも一緒に、ナナが召喚された部屋にやってきた。
使われた魔法陣はそのまま保管されていて、魔術師達が管理している。
今も、ナナを送り返す研究の為に何人もの魔術師達がその魔法陣を囲んで話し合ったり、何かを紙に書いたりしていた。
そんな中、アディは足下の魔法陣をしばらく眺め、頷く。
そして離れて待っていた四人の元へ戻ってきて、黒板を見せた。
『ナナがいたのはニホンの自分の部屋で間違いない?』
「間違いないです。部屋にいたら、突然光って、ここに来てました。」
『家族は、お母さんがシオリ。あばあさんがチエ。亡くなったおじいちゃんがハジメで、昔亡くなったおばさんはリナだよね?』
「間違いないですよー。私、帰れるんですか?」
『この世界で、やっておきたいことはない?』
「ないです!さっさと帰ってお母さんに会いたいです!」
ナナの台詞に、アディは笑った。
「帰せるのか?」
王太子の言葉に、アディは頷く。
それを見て、ナナは目を潤ませてアディに飛びついた。
「色々隠してたこと責めてごめんなさい!帰らせて下さいー!」
縋り付いてくるナナの頭を撫でてから、アディは王太子に視線で確認する。
「あれだけきっぱり断られたんだ。帰せるのならば帰してやってくれ。」
王太子の言葉を受けて、アディはナナを魔法陣の真ん中に連れて行き、黒板で動くなと指示を出したようだ。
ナナから離れて魔法陣の外に出るアディを、そこで研究していた魔術師達も固唾を呑んで見守っている。
「……あのね、奈々。」
魔法陣の外から、アディはナナへと話し掛けた。
「私、まだ隠してる事があるの。」
魔法陣の中心に立ったまま、ナナは首を傾げてアディの言葉を待っている。
「私、奈々の家族知ってる。伝えて欲しいの。奈々のお母さんとおばあちゃんに。」
アディはそこで言葉を切り、かがみ込んで魔法陣に掌を当てた。
顔は、真っ直ぐナナに向けている。
「自殺なんてしてごめん。里奈は、違う世界に、生まれ変わって、太陽みたいな旦那さん見つけて、幸せに生きてるよって、お姉ちゃんと、母さんに伝えて?」
言葉をはっきり伝えるように、アディはゆっくり話した。
アディの言葉に、ナナは驚いてぽかんとしている。
「元気でね。私の姪っ子。………奈々を日本の家族の元に帰して。」
「ちょ、まって、アディさんってーー」
アディの言葉に反応した魔法陣が輝き、ナナを包み込んだ。
眩い光が収まると、ナナの姿はもう、そこになかった。
周りの魔術師達が騒ぎ出す中で、アディはダニエルに駆け寄り、その腕に飛び込む。
「本当に、お前は隠し事が多い。」
優しく笑って、ダニエルはアディの背中を撫でた。
「ダン、愛してる。あなたに会えて、幸せ。」
ダニエルを見上げたアディの瞳は、涙で濡れていた。
強請るように背伸びしてきたアディの方へ体を屈めて、ダニエルはアディに口付ける。そのままアディを片腕で抱き上げ、追求してくる魔術師達から逃げるように、部屋を出て行った。
「しかし、本当に惜しい人材ですよ、殿下。」
「そうだな。だが、仲良くなれば、頼めば協力してくれる事もありそうだ。」
「仲良く…ですか。」
「あぁ、まずは二人の結婚を盛大に祝ってやろうかと思っている。」
「あぁ。あの二人、騎士達だけじゃなく、城内のメイドや侍女やらいろんな人間をやきもきさせていたらしいですね。」
「そうらしいな。だから、いろんな人間が二人の結婚式に手を出したくて仕方ないらしい。六番隊の隊長も張り切っていたから、協力を申し出ておいた。」
「そうですか…殿下はまた、結婚相手の探し直しですね。」
「それを言うな。」
二人を見送りながら、王太子と側近ライアンがそんな会話をしていた事を、二人は知らない。