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DD ダンジョン殺しのダンジョンマスター <第1部>  作者: 穂麦
第2章 ヴァートゥハイル大陸
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最終話 終わり逝く世界 青い空

 ルシェは走った。

 サクヤとティアが待つ場所へと。


 広大な通路を走る体が軽い。


 これもリシュからルシェになったためだろうか?


 息切れ一つせずに走るルシェ。


 ディザスターとの戦いの中で使った、ダンジョン殺しの力。

 それは、これまでとは比べものにならない力を持っている。その力でなら、サクヤの肩を侵食していた”無”を消しされるかもしれない。


 希望を胸に走り続けて、通路を抜けると村人たちが見えた。


「サクヤ!」


 おもわず大声を張り上げてしまった。

 一斉にルシェを見った人々は、誰もが呆然としている。

 

 彼らは無言でルシェを見続ける。

 いや、見続けるという表現よりも、見惚れていると表現するのが正しいだろう。


 男女問わず、ルシェから目を離せなくなっていた。


 だが、視線を気にしている余裕などない。

 今はサクヤの身が心配だ。


 ルシェは、サクヤの状態を確認しようと辺りを見回す。

 そして無機質な床に横たわる彼女を発見して近づいた──だが、小さな影がそれをさえぎる。


「それ以上近づかないで!」


 ティアだった。

 彼女は小さな体を盾にして、必死にサクヤを守ろうとしている。


「来ないで!」


 その手には、魔力を集めて魔法を放つ準備をしており、目にはサクヤを守ろうとする強い意思だけが見られる。

 

「リシュだ」

「嘘を言わないで! リシュはキレイだけど、天然が入った可愛い系よ」

「…………」


 キレイは、まあ慣れた。

 可愛い系も、譲歩できる。だが、天然という部分には納得できない。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではないと思いなおす。そしてサクヤを見ようとするも、村人たちが盾になっているため見ることはできない。


 なんとかこの場を治めようと、ルシェは考えた。

 そして出した答えは──


「ダンジョン・キル」

「えっ?」


 彼の頭に、言葉を並べて説得する選択肢はなかった。

 ダンジョン殺しの能力を見せて、納得してもらえなければ、力尽くでティアと村人をどけるつもりでいた。


 そう、彼は説得を最初から放棄していたのだ。


 その暴虐ぶりに、目を白黒させるティアと村人たち。

 だが、村人とティアとでは、驚いた理由が違っていた。


「……本当にリシュなの?」


 怯えるようにルシェに問いかけたティア。

 その様子を見て、怪我をさせる気はなかったが、手荒なことをせずに済んだことにルシェは安堵する。


「今はサクヤを診させてもらえないかな」

「………………」


 疑惑の目を向けながら、ティアは迷っていた。

 目の前の人物を信用するべきか、それとも信用せざるべきか。

 ダンジョン殺しの力は、リシュ以外に使える者は見たことが無い。だが、目の前の人物はリシュと髪の色や瞳の色が同じではあるが、年齢が明らかに違う。


「ティア、これからも3人で旅をするためなんだ」

「……うん」

「ありがとう」


 迷いながらも頷いたティアへの礼。

 それは、自分の言葉を信じてくれたためか、サクヤを守ろうとしたことに対してなのか、ルシェ自身にも分からなかった。


 ルシェが、サクヤへと近付こうとすると、村人たちが一斉に道を開けた。

 ティアが信じたのなら、自分たちが口を出すことはないだろうと判断したからなのかもしれない。


「サクヤ……」


 リシュは、サクヤの肩を見て笑みを零していた。

 気を失った彼女の肩は、皮膚を失っていう上に肉も抉れている。


「よかった」


 肩の血肉が見えるということは、”無”による浸食が止んだということ。

 今なら、ルシェの治癒魔法ちからで対処が出来る。


回復魔法ヒール


 ルシェの声と共に、血肉が顕わになったサクヤの肩を淡い光が包み込んだ。

 リシュとしてではなく、ルシェとして使った治癒魔法の光からは、今までよりも遥かに強い力を感じる。

 だが、そこに込められた想いに違いは無い。

 

 ルシェは守り切れたのだ。自身が守ろうとした者を。


 その想いに気付いた者は、誰もいなかった。


 だが、それも無理はないことだろう。

 ルシェ自身ですらも、満たされた自分の想いに気付かなかったのだから。


 *


 治癒魔法の光が消えてしばらく経つと、サクヤは目を覚ました。


「あなたは……?」


 横たわりながら、自分を見下ろす美しい人物に問いかけた。

 彼女の横で片膝を突き、優しく見つめる彼はゆっくりと口を開く。


「リシュだよ」


 穏やかな笑みを含みながらの答え。

 その美しい笑顔につられるように、サクヤの頬も赤くなった。


「リシュ…………ちゃん?  !!」


 惚けた頭は、リシュの名を聞きようやく働き出したようだ。

 目を見開き、頭の中で目の前の人物が言った名前を反復する。


「リシュちゃんなの?」

「……うん」


 ちゃん付けされたことに、微妙な感情を抱きながらも答えるルシェ。

 その間も、サクヤの頭は猛スピードで働き続けて、ようやく1つの答えにたどり着く。


「(リシュちゃんが、大人になっちゃった!! 大人になる瞬間を見逃すなんて一生の不覚(ノДT))」


 密かに拳を握りしめて、心の中で血の涙を流しながら悔しがるサクヤ。

 だが、彼女が決して邪な本心を表に出すことがないのはいつものことだ。

 表面上は、穏やかな笑みを浮かべながら、ルシェと見つめ合っていた。


 *


 ルシェは、ダンジョン・コアの前に立った。

 ティアは、ルシェの左肩に座っており、もう片方の肩は、サクヤが借りている。


「大丈夫?」

「はい」


 サクヤの顔には、少し疲れが見える。

 だが”無”に侵食されていたときに比べると、生気を感じるほどに回復していた。


「始めるよ」

「うん」


 答えたのはティアだった。

 危機が去り、あとはダンジョンから脱出するだけであり、彼女はいつもどおりの笑顔を見せている。


「ダンジョンの破棄と共に、この場にいる31名を僕の世界に転移させろ」


 ルシェの声が響くと、ダンジョン全体が震え始めた。


 騒然とする村人たち。

 ルシェの後ろで彼らは、ドヨめきと共に辺りを見回している。


 しばらくすると、ダンジョンの震えが治まった。


 この場にいる村人たちは安堵する。

 だが、本当の異常はこのあと始まった。


「!」


 ダンジョンの壁にヒビが入る。

 最初は、数本の筋でしかなかったヒビ。だが、すぐに蜘蛛の巣を見ているような、無数のヒビへと変わっていった。


 見た事もないできごと。


 さらにダンジョンの異変は続く。


 ヒビ割れた壁や床が崩れて、欠片が光の粒子へと変わっていく。

 ダンジョンの壁や床、天井とあらゆる場所から、光の粒子が溢れていた。


 そして、壁などの無くなった先には、虹色の空間が──。


 虹色の空間が何かなど、村人はおろか、サクヤやティアですら知らない。

 だが、その空間は生きる者が見てはいけない物であると本能が訴えかける。


 ある者は悲鳴を上げ、ある者はただ恐怖に耐えた。

 泣き出しそうな幼い子供を抱きしめ、落ち着かせようとする者もいる。

 言いようのない恐怖に包まれる中、必死に村人たちは恐怖を堪え続けた。


 だが、彼らの恐怖は少女の声によって和らげられることとなる。


「リシュを信じて」


 村人たちに向かって、声が届けられた。

 声のした場所には、桃色の髪をした妖精が微笑んでいる。


 ルシェの肩に乗りながら、村人たちに気持ちを伝えたティア。


 彼女を見た村人たちから、恐怖心が消えていった。

 ティアが抱く強いルシェへの信頼が伝わったのだ。


 もう、恐怖に怯える必要はない。


 ダンジョンは壊れてゆき、異空間があらゆる場所から覗いている。


 それでも、村人たちは信じた。

 愛らしい妖精に信頼されるダンジョン・マスターを。


 様々な想いを抱きながら村人たちは、時が来るのを待ち続ける。

 失い過ぎた彼らは、ただ待ち続けた。

 

 そして、突如として辺りを包んだ光が、時が来たことを伝えた。


 *


 辺りに、真っ白な光が満ちた。


 ダンジョンの壁や床などは見えない。

 先ほどまで怖いと感じていた虹色の隙間も見えない。


 ただ、真っ白な光だけが広がっていた。


 最初は白いだけだった光。

 でも、少しずつ光は強くなっていき、眩しいと感じた。


 だから、少女はまぶたを閉じて、光を見ないようにする。


 目を閉じても、まぶたの先からは白い光が目に届く。


 だから目を手で隠してみた。

 そうすると、やっと眩しい光を遮ることができた。


 でも、手で隠した瞳が暗闇を映すだけになると、今度は先ほどまでの光が惜しくなる。


 だから、指の隙間から光を覗こうと考えたとき、足の裏に何かを感じた。


「もう目を開けても大丈夫だよ」


 自分たちを導いてくれた、美しい人の声が聞こえた。


 どうやら自分に声をかけてくれたようだ。

 そう考えた少女は、不安を感じながらも目を開く。


 少女の目に、先程までの白い光は入ってこなかった。


 代わりに入ってきたのは世界の色。


 足元には緑色が広がっていて、周りには茶色い線が伸びている。線の先にはキラキラした、小さくて沢山の緑色。

 少女が小さくて沢山の緑色を見ていると、白くて小さな何かが飛んでいった。


 少しの間、辺りを不思議そうに見続けた少女。

 しばらくして彼女は理解した。


 ここは、空が黒い色に覆われ、地面が荒廃していた自分の世界でないと。


 足元には緑色の草が広がっていて、周りには木の幹がのびている。幹の先には陽ざしを跳ね返す小さく沢山生えた緑色の葉。

 多い茂った葉の間から飛び出したのは、白くて小さな鳥。


 そして、鳥が飛んでいった先には──


「空が……青い」


 少女が見上げた先には、青い空が広がっていた。


「ああ……青いな」


 少女の隣でそう言った男の頬には、涙が線を描いていた。


「木、だよな」

「……ああ」

「助かったのか」


 徐々に騒がしくなっていく。

 歓喜する者、泣きだす者、呆然とする者。

 三者三様の反応を示していた。


 空も大地も”無”に喰われ、終わりを待つしかなかった異世界の住人たち。

 

 終わり逝く世界で見続けた絶望は、彼らの前から去った。

 しかし、この世界で希望を得られるかは、彼ら自身が決めること。


 青い空の下、彼らはどのような未来を描くのか。

 それもまた、彼らが決めること。


 これから先のことは、誰にも分からない。


 *


「あっ」


 空を見上げる村人たち。

 彼らから離れた場所で、ティアは小さな声を上げた。


「戻っちゃったみたいだね」


 ルシェは、10歳前後の子どもの姿へと戻っていた。

 先ほどまで彼の左肩に乗っていたティアは、空を飛びながらリシュを見下ろしている。


「こっちの方が、リシュらしくていいですよ(やった、天使なリシュちゃんが帰ってきた)」

「ありがとう」


 心を邪な想いに支配されながらも、サクヤはリシュに慈愛に満ちた笑顔を向けている。

 この3人にも日常は戻ってきたようだ。


「やっぱり、コッチの方が乗り心地がいいみたい」

「え~と、ありがとう?」


 そう言いながらティアは、リシュの頭にうつ伏せとなっている。

 頭に抱きつくかのように乗っているティアに、リシュは微妙な返事しか返せない。

 そんなティアを、サクヤは内心で羨ましがっているのは、言うまでもないことだろう。


「あの人たち、大丈夫かな?」


 空を見上げる少女や、泣き崩れる村人たち。

 ティアは悲しげな目で彼らを見ている。


 しかし、リシュに彼らの未来など分かるはずもない。

 それでも彼は──


「大丈夫なんじゃない? 人間って……」


 リシュは答えた。

 桃色の髪をした妖精と、黒髪の勇者を想いながら──。


「人間って、しぶといからさ」


 村人を見ながら、満面の笑みを浮かべて答えりリシュ。


 望まずにダンジョンマスターとなり、一時は命を捨てようとした。

 だが、今は──。


「……そっか」


 リシュの言葉に、何かを納得したティア。

 再び村人に視線を向けた彼女の瞳には、いつもの明るさが戻っていた。


「………………」


 サクヤも、2人を一瞥すると村人たちへと視線を移す。


 3人が視線を向ける先には何人もの村人がいる。

 空を見上げる少女、抱き合って泣き崩れている夫婦、目を瞑って子どもを抱く女性。


 終わり逝く世界で、身を寄せ合って生きてきた村人たち。 

 それは終わりを持つだけの、絶望に満ちた生活だったことだろう。


 だが、絶望の時は終わった。


 どのような未来が待っているのか?

 それは分からない。


 しかしこの世界は、絶望だけが待っていた世界とは違う。


 確かにこの世界にも絶望はある。

 しかし希望もまた存在している。


 異世界からの移住者が掴むのは、絶望か希望か?


 彼らの未来がどうなるかは、誰にも分からない。

 だが不思議と、彼らの未来が明るいものになるとリシュたちには感じられた。

エピローグを1話書いて終了となります。

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