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第4話 生と死の選択肢

 街の出入り口には、成人男性の背丈ほどもある大きなクリスタルが浮いている。

 このクリスタルは、ゲートクリスタルと呼ばれており、特別な道具を使うことで一瞬にして事前に登録した別の場所に移動できる。


 現在、リシュ達はゲートクリスタルの前にいた。


「ココまでで良いのか?」


 ギルドマスターであるスタンレーに命じられて、アナベルが全身に包帯を巻いた女性を背負っている。

 呪いが進行した人間は触れるのも嫌がられるのだが、平然と背負っているアナベルを見てリシュは彼に高い評価をしていた。


「ええ。向こうにつけば僕の友人が運んでくれますから」

「そうか。じゃあ、この娘はココに下ろせばいいのか?」

「お願いします」


 ギルドマスターから、リシュに手を貸すようにと言われているせいか、アナベルは深く詮索せずに背負った女性を石畳が敷かれた地面に下ろした。


「スタンレーからの伝言を預かっている……『うまく行っても行かなくても責めないから、結果だけは伝えろ』ってさ」

「分かりました。彼女の治療が終わり次第、ギルドに顔を出します」

「ああ、そうしてくれ」


 話に区切りがつくと、リシュは腰にぶら下げていた黒い皮の袋から1枚のカードを取り出す。

 このカードはゲートカードと呼ばれるアイテムで、ゲートクリスタルの使用に必要となる。


「それでは、縁がありましたら、また」

「しばらく街にいるから、次に会うのは案外早いかもな」

「楽しみにしています」

「ああ、じゃあな」

「それでは」


 そういうと、リシュは手にした黒いカードをゲートクリスタルに触れさせた。

 すると、彼と包帯が巻かれた女性が淡い光に包まれていき、全身が光に包まれると、光が弾けて彼らの姿は消えていた。


 *


 ゲートクリスタルの力を使いリシュは自らのダンジョンへと帰った。

 服の下に包帯を巻いた女性は地面の上に転がっている。


 リシュがいるのは森の中。

 目の前にぽっかりと口を空けた洞窟が彼のダンジョンだ。


「さて……と」


 彼が空中に手を伸ばすと、リシュの背丈ほどの長さを持った白い杖が姿を現す。

 杖を握り締めると女性の元へと向かい、その様子を眺める。


「うっ……うぅ」


 様子をしばらく眺めていると女性の口から呻き声のような物が聞こえた。

 どうやら目を覚ましたようだ。


(喉もやられているのか)


 女性の声は完全につぶれていた。

 その声は老婆のような──いや、それ以上の乾いた声であり、発するだけで喉の水分を奪うのではないかとすら錯覚させるものだ。


 呻き声のあと女性が目を開けるが、その瞳も酷い状態だった。

 目は文字通り真っ赤になるほど充血して、白目だった名残はみじんも残っていない。


(選択肢だけでも伝えておくか)


 体を横たえたままの女性は包帯に隠れていない目でリシュを見続けていた。

 リシュもまた女性を──。


「初めまして。僕はリシュ・フェルサーと言います。あなたの体を完全に治す方法を持っていて、あなたの体を蝕む呪いの進行を止めることもできる治癒魔導士です」

「あ……あぁ」

「辛いだろうから言葉は出さなくていいですよ」


 何事もないかのように死の淵を彷徨う女性に対し、にこやかにリシュは語りかける。

 彼の瞳に女性に対する同情の念は一切見えなかった。


 女性は、死に逝く者になんの同情の念を見せない彼を死神の類だと感じたかもしれない。


「とりあえず……」


 リシュは杖で地面を軽く叩く。

 すると青い魔方陣が足元に発生したと思った瞬間、周囲の景色が変わった。


 周囲は鬱蒼とした森の中から、どこかの小屋に移動したかのような木で出来た床や壁といった室内となっている。


「!」

「安心して下さい。ダンジョンの最深部に移動しただけですから」

「…………」

「僕は、ダンジョンの管理者であるダンジョンマスターです。僕に敵対の意思はないのですが、人間の大半は僕を敵だと言うでしょうね」


 何事もないかのように淡々と言葉を紡ぐリシュ。

 だが、彼の瞳の奥に深い悲しみが見え隠れしていた。


 敵であると割り切れれば楽になれたのに、割り切れないもどかしさ。

 それ故に生じる、自身を何者だとも定義できない苦しさ。


 それらは、かつて勇者であったにも関わらず対極とも言える魔の者へとなってしまった嘆きなのかもしれない。


「あなたには、選択肢があります」

「…………」


 ただ、じっとリシュを見つめる女性の瞳は、失われつつある機能を駆使して目の前にいる存在を懸命に捉えようとしていた。

 その瞳の奥に、強い意志をリシュは感じていた。


「1つ目の選択肢は、人類の敵である僕によって体を完治させて呪いの進行も止める。コレを選んだ場合は、僕の眷属にならざる得ません。もちろん無茶なことをさせる気はありませんので安心して下さい。」

「…………」

「2つ目の選択肢は、眠るように死ねる毒薬がありますから、それを飲んで苦しまずに死ぬことです」


 死を提示しても女性の瞳が揺らぐことはなかった。

 この女性は、どこまで深い地獄を見てきたのだろう。そう思うも、リシュは女性が見たであろう闇を他人が理解できるハズもないと考えるのをやめた。


「右手が動くのなら、指を一本立てて上にあげれば僕の眷属となり生きる。指を2本立てて上にあげれば眠るような死を選ぶとしましょう」

「…………」


 女性は、迷うことが無かった。


 だが、体が呪いによってボロボロになっているせいだろうか?

 腕の動きは、とてもゆっくりしたものであり答えをリシュに示すのには時間がかかった。


「それで、いいのですね」

「…………」


 床で横たわる女性は、リシュの言葉にゆっくりと首を縦に動かし頷いた。


「そうですか……薬を持ってきます」


 部屋の奥へとリシュは行き、女性は1人だけで部屋へと取り残された。

 リシュが部屋の奥へと歩いて行く音が消えると周囲に静寂が訪れる。


 女性は天井に顔を向けていた。

 虚空を見つめるかのように瞳には、先ほどリシュに見せたような意思は消えている。


 その力のない瞳は、少しずつまぶたが下がっていき──閉じられた。

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