第64話 終わり逝く世界 黒い魔物
ダンジョンから異世界に通じる通路では、激しい戦いが始まっていた。
広大な面積を誇る通路を、激しく駆けまわるリシュ。
彼を守るかのように、黒い布を体に巻き付けた6体のソーサラーが共に動いている。
対するは、ディザスター。
見目は騎士鎧を身につけた男。だが顔の左半分と、右腕、右足が無に侵食されている。
顔の左半分の奥に赤く光る球体は目なのだろう。彼の周囲を囲む、13体の青い生きた鎧であるリビングアーマーを捉えていた。
「……ホろべ」
無に侵食された左目部分に赤く輝く球体がリシュを捉えると、彼は剣を振るう。
「防げ!」
リシュの命に従い、3体のリビングアーマーが、ディザスターに突撃する。
堅牢な金属の体で剣を受け止め、ディザスターの剣が振り抜かれるのを妨いだ──しかし!
「ォォォォオオオ」
地に響くような、ディザスターの呻き声が響いたかと思うと、一度は動きを止めた剣を強引に振り抜いた。
「…………」
剣は黒い軌跡を空に残し、リビングアーマーを切り裂く。
さらに返す剣で、もう1体のリビングアーマーを仕留めた。
「来いっ!」
己のモンスターが倒されたと同時に、リシュは2体のリビングアーマーを呼び出す。
続いて、ソーサラーに攻撃を指示した。
「ソーサラー、雷魔法!」
リシュが命じるとともに、ディザスターが立つ場所の天井に黄色の魔方陣が展開されると、同時に生き残ったリビングアーマーの1体が、ディザスターに取りついて動きを封じた。
「ソーサラー、水魔法」
先程、雷魔法を命じた6体に続いて、3体のソーサラーに水魔法を命じる。
「……ォォォォオ」
呻き声のような、ディザスターの声が広大な通路に広がる中、その声を引き裂くように、雷鳴が響いた。
発動した、雷魔法は6発。
周囲には雷による閃光が広がるも、倒すには至らないとリシュは確信しており、ニの手を即座に発動させる。
「ソーサラー、冷気魔法!」
閃光が治まるのを待たずに、次の指示を出す。
眩い閃光の中、リシュの周囲に立つソーサラーの前に水色の魔方陣が展開される。
ここで先程の水魔法が発動した。
水魔法は、ディザスターを少し離れた位置で囲む3体のソーサラー。
彼らの前には青い魔方陣が展開されており──水流がディザスターを襲った。
ソーサラーが持ちうる限りの魔力を費やした水魔法。それは大量の水となりディザスターを飲み込む。
だが、大量の水が押し寄せようとも、平然とその中に立ち続けるディザスター。
そこに、リシュを守っていた6体のソーサラーが、冷気魔法を発動させた。冷気魔法は6体のソーサラーが眼前に展開させた魔方陣より吹き荒れる。
まるで吹雪のようなそれは、ディザスターに襲いかかっていた水魔法の水を凍らせていった。
「オォォォォォオォ……」
ディザスターを包んでいた水流は、徐々に氷へと変貌していく。
水流を氷へと変えた冷気は余りにも冷たい。床には霜が降り、空気は息をするのも苦しいほどに冷やした。
そして出来上がる氷の檻。
圧倒的な水量を氷漬けにした檻の中でディザスターは、指先一つ動かせずにいる。
だが、リシュの目にはまだ油断などない。
「全ソーサラーを破棄、ソーサラーを限界まで作成」
同時に魔力を使い果たした9体のソーサラーを破棄し、リシュの周囲に新たにソーサラーを作り出す。
光の柱より現れる、全身を黒い布で覆った23体の魔物。
「全ての魔力をつぎ込み、雷魔法を準備!」
再び出された指示。
ソーサラーが魔法を発動させようとすると、ディザスターの頭上に再び黄色の魔方陣が描かれる。
23体のソーサラーが発動させた雷魔法。それは、23全ての魔方陣が重なり、さらに各ソーサラーが有する全ての魔力を込めている。
空気を、魔方陣に集まる膨大な魔力が震わせる
ソーサラーから魔力が流れ続けて、空気の震えは一層大きくなっていく。
周囲に散らばる氷や霜も、魔力によって震え始める。
だが、敵は待ってくれない。
氷の下で動くディザスターの赤い目が、リシュを捉えた。
と、同時にリシュの脳内にフラッシュバックされた、サクヤが自分を庇い倒れた光景。
「撃て!」
リシュは、横へと飛び退きながら指示を出す。
膨大な魔力を集めた雷魔法が、氷に閉じ込められたディザスターへと落ちた。
周囲を包む、雷の閃光。
同時に、ディザスターの左目から放たれた黒い光が、リシュを守っていたソーサラーを薙ぎ払った。
雷の閃光から目を守るために閉じていた目は、落雷の轟音と共に開ける。
「くっ」
開いた目は、ディザスターの姿を確認すると、すぐに自分の左肩へと向けられた。
(失敗したか)
彼の肩は黒く染まっていた。
奇しくもその黒は、サクヤと同じ場所を染めている。
そう、リシュはディザスターの攻撃回避に失敗していたのだ。
「来いっ!」
激しい痛みに大粒の汗を額に浮かべながらも、再びモンスターを作り出す。
リビングアーマーが13体。ソーサラーが19体。
(サクヤは、こんな痛みに耐えていたのか)
自分が同じ痛みを感じて、サクヤが無理矢理つくった笑顔の重さを、本当の意味で理解出来た。
リシュは、リビングアーマーをディザスターを囲むように展開させる。
ソーサラーは、間を開けながら自分を中心に展開させている。
ディザスターは強大な敵だ。それでも、敵は1体。
数の暴力のみが、リシュにとってディザスターを倒しうる唯一の可能性だった。
──この時までは。
今にも気を失いそうな痛みに耐えながら、睨み続けるリシュの前で絶望は起こった。
「Uaaaaa……来い……」
「!」
ディザスターが口にしたのは、リシュと同じ言葉。
予想外のことに、思考が追い付かなくなるも、すぐにリシュは状況を理解した。
数の暴力が効かなくなった、この状況を。
「くそっ!」
ディザスターは学習していたのだ、リシュの力を。
戦いの中で、リシュのモンスターを作成する能力を学び、最悪のタイミングで能力を発動させた。
広大な通路に広がっている虫食い穴。
それらの穴が広がると、そこから黒い魔物たちが姿を現す。
そのモンスター達の姿は、まるで立体となった影のようだった。
子鬼と呼ばれるゴブリンに、二足歩行の犬ともいえるコボルト。
骨だけの体でありながら歩きまわるスケルトン。
いずれも低ランクのモンスター。
しかし、その数は100体を超えている。
「アアァァァァァ……行ケ」
一斉に襲いくる100体以上のモンスター。
広大な面積の通路とはいえ、逃げ場など存在しない。
リシュにできることは、迎え撃つことだけだ。
「ソーサラー、火魔法」
19体のソーサラーが一斉に魔法を放つと、壁のような炎が生じた。
リシュのアドバンテージは、ソーサラーによる広範囲魔法。
相手は低ランクモンスターのはずだ。こちらの魔法によって大半を倒せるハズ。スケルトンには魔法が効きづらいが、リビングアーマーでなら迎撃できる────と、いう彼の思惑は外れた。
「リビングアーマー前へ!」
炎の壁を平然と進む、敵のモンスターたち。
スケルトンはおろか、ゴブリンも、コボルトも足を止めることすらない。
まるで何ごともなかったように進み続ける、黒いモンスターたちを見てリシュは気付いた。ディザスターもヤツに呼び出されたモンスターも、攻撃が全く効かない何かを持っていると。
「攻撃せよ」
自身と感覚を共有させたリビングアーマーに、黒いゴブリンを攻撃させた。
しかし攻撃が通ることはなかった。感覚を共有して分かったのだが、ゴブリンに剣が触れたとき音が全くしなかった。それどころかリビングアーマーの手に返ってくるはずの、剣がゴブリンに当たったという感触すらなかった。
(今頃になって気付くなんて!)
リビングアーマーと感覚を共有して気付いた。
そのことに、もっと早くに気付くべきだった。
ディザスターが呼び出したモンスターは、攻撃を無効化している。
物理的な攻撃だけではなく魔法すらも。
呼び出したモンスターが、攻撃を無効化できるのだ。
ディザスターもまた、攻撃を無効化できないという保証などない。現に氷漬けにして動きを封じることはできても、雷魔法も何も効かなかった。
村人たちも、このことは口にしていなかった。
それもそのハズだ。攻撃の完全な無効化なんていうバカげた能力など、想像するハズがない。想像できるるとすれば、高速で傷口が再生しているか、恐ろしく頑丈かのどちらだろう。
「壁となり防げ」
ようやく、ディザスターの能力に気付いたリシュは、リビングアーマーを壁にして、迫りくるモンスターたちから距離を取ろうとした。だが、その直後に再び絶望が襲う。
「っ!」
ゴブリンの攻撃を受けたリビングアーマーの体を、黒い”無”が飲み込んでいった。
(攻撃を1回受けただけで即死。相手は攻撃を全く受け付けないということか)
目の前にあったのは、理不尽極まりない現実だった。
ゴブリンの攻撃で無に飲み込まれた自身のモンスターを見たリシュは、先ほどよりも更に肩の傷が疼いたような感覚に襲われる。傷口を見ると、明らかに先ほどよりも無の侵食が進んでいた。
(ついでに、こちらは時間制限付き……か)
あまりにも不利すぎる現状に、リシュは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
が、その現状は1柱の乱入者により、大きく変わることになる。
「氷結堅牢魔法」
美しい女性の声が通路に響き渡る。
どうじに膨大な魔力が周囲に満ち溢れた。
人の身以上の大きさを持つ、数十もの巨大な氷柱が、ディザスターとモンスターたちを襲った。
敵へと降り注ぐ氷柱は、床を激しく打ち付ける音を立てながら、モンスターを氷漬けにしていく。
圧倒的なまでの魔力と、絶対的な威力を持った魔法を放った者は誰なのか?
それは、目の前の敵が、全て氷漬けになると同時に判明した。
「再び、顔を合わせることになるとはな」
リシュの後ろに立っていた黒髪の女性。
彼女は──
「……アクエリアス」
力を失い、体の大半が消えかけた聖霊だった。




