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DD ダンジョン殺しのダンジョンマスター <第1部>  作者: 穂麦
第2章 ヴァートゥハイル大陸
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第61話 終わり逝く世界 聖霊の願い

設定で、神霊を聖霊へと変更させていただきました。

 本来あるハズのない、ダンジョン・コアが設置された部屋から伸びた通路。

 音を生じさせるものは、石畳を蹴るリシュ達の足音のみ。


「風が強くなってきましたね」

「音もね」


 歩を進めるにつれて強くなる風。

 わずかにだが暴風のような音も聞こえる。


「ティア、大丈夫かい?」

「少しフードに入れさせて」


 風が強くなれば、身体の小さなティアは辛いだろう。

 彼女はリシュのローブについたフードへと避難した。


(ダンジョン内で生まれる風ではない……か)


 リシュは頬を撫でる風に警戒心を抱きながらも、更に歩き続ける。

 虫食い穴だらけの長い通路に、不安や恐れを抱きながらも進んでいき──

 

「ここは……」


 通路を抜けた先には、異常な世界が広がっていた。


「空が……黒い」


 暴風に弄ばれる髪を押さえながら、サクヤは空だった場所を見上げている。

 空はまるで、砕けた黒いガラスを空に敷きつめたかのようだ。見る限り、どこもかしこもヒビ割れており、欠け落ちたかのような部分には、夜の闇よりも深い漆黒が広がっている。

 

「空が無に侵食されているのか」


 欠けた空を染める漆黒。

 それは、先ほどまで歩いていたダンジョンで何度も見かけた色──無の色だった。


「酷い」


 リシュの背中のフードから顔をのぞかせるティア。

 彼女は大地だった場所の遥か遠くに目を向けている。


 ティアが見る先には何も無い。

 ただ、底なしの崖が広がっているだけだ。


「あれは……」


 どこまでも続く闇。

 空の闇は漆黒。失われた大地の色は黒。

 しかし遥か遠くに、絶壁のような物が見える。薄暗い世界の中で僅かに見えるそれは、一本の塔のように大地の底から伸びていた。


「ヴァルゴ」

『はい』

「ここがどこか分かるかな?」


 リシュの問いにヴァルゴの指輪が答えを返す。その内容は──。


『異世界の可能性があります』

「そう……じゃあ次の質問。この黒いのは無で間違っていないかな」

『はい、何の法則も存在しないことから”無と”考えて間違いないでしょう』

「この場所が無に飲み込まれかけている理由は?」

『残念ながら』

「わかった」


 リシュが会話を終わらせようとしたそのとき、ヴァルゴが予期しない言葉を投げかけた。


『……聖霊が具現化します!』


 ヴァルゴの言葉とともに、周囲に光が満ちる。

 それは温かい光。人々が崇める神の光だった。


「まさか異世界から聖霊がやって来ようとはな」


 光が収まると、目の前には女性がいた。

 それは水色のドレスを纏った女性。黒く艶やかな髪は足元に届くほどに長く、黒い瞳には強い意思を感じる。

 しかし彼女は人ではない。目の前の女性が纏う淡い光がそのことを教えている。


「聖霊?」

「ああ、我が名はアクエリアス。この世界のな……」


 暴風はいつの間にか収まっていた。

 恐らくは目の前の聖霊が鎮めたのだろう。


「お前たちは、異界の者で間違いないか?」

「はい」

「…………」


 アクエリアスに対し答えるリシュ。

 彼の言葉を聞き、アクエリアスはしばらく沈黙する。

 そして──


「……我の頼みを聞いてほしい」


 おもむろに開かれた口から、聖霊の願いが紡がれていく。

 美しい声で伝えられる願いは、心に染み込むような優しさに満ちていた。


「世界を渡ることのできるお前の力で、この世界で生き残っている者たちを助けてやって欲しいのだ」


 その願いを世界を管理する聖霊が口にするということには特別な意味がある。

 それは、すでに手が打てない状況にこの世界が陥っているということ。

 

「……分かりました。危険がないようでしたら」


 リシュにしては、珍しく依頼を即座に受けると決めた。

 彼は情報を求めていたためだ。 


 ダンジョンを蝕んでいた無。

 それが、いつリシュのダンジョンを蝕むか分からないためリシュは情報を必要としていた。


「礼を言う。この世界にはすでに32名しかいない。彼らのいる場所への道は我が作る。お前らは、ダンジョンを使って彼らを助けてやってほしい」

「わかりました」


 リシュの言葉にアクエリアスは、ただ満足そうに頷いた。


「我に残された時間は少ない。報酬は前渡しにさせてもらうぞ」

「ええ」

「お前の名は……」

「リシュ・フェルサーといいます」

「ふむ、リシュよ前へ」

「はい」


 リシュは言われた通り前へと出た。

 アクエリアスが風を鎮めたのだろう。ダンジョン内で先ほどまで聞こえていた風の音はしない。

 完全な凪とも呼べる状態。神とも称される聖霊の前に立つと、風がないこともあり時が停まったかのような錯覚を受けた。


「我が力の断片をやろう。そしてDPとお前が呼んでいる力もな」


 そう言うとアクエリアスは、右手の人差し指をリシュへと向ける。

 次の瞬間、リシュは青い光に包まれると、身体の中に清浄な力が染み込むことを感じた。

 光の中で身動みじろぎ一つせず立ち続けていると、やがて光はおさまる。


「最後にこの世界について伝えておこう」


 アクエリアスから伝えられた、この世界についての情報は──

 この世界を覆い尽くす無は、18年前に突如として顕れたこと。

 無の発生と共に生物が全く異質の存在になり、既存の生物を襲うという事件が続いたこと。

 今となっては、人や獣人、そして魔族が肩を寄せ合い32名が存在するのみとなったこと。

 そして、世界の終わりを待つしかないこの状況に、リシュ達が現れたこと。

 残念ながら、無が発生した原因はアクエリアスとて分からないようだ。


「我が伝えられるのはこれだけだ」

「はい」


「改めてリシュ、サクヤ、ティア。お前らに願う。この世界に生き残った者たちを救ってやってくれ」

「必ず」

「まかせたぞ」


 力を完全に失いつつあるのであろう。

 アクエリアスの体は、すでに消えかけている。しかし、その表情は希望を託せた喜びに満ちていた。


「ありがとう……」


 そう言い遺したアクエリアスは、眩い光となり消えた。

 光の中で感じた温かさは、世界を見守り続けた聖霊の想いを現わしていたのかもしれない。


「絶対に助けよう」

「ええ」「うん」


 光が消えると、遥か遠くにまで氷のように色の透き通った橋が架かっていた。


 それは聖霊アクエリアスが残した希望。

 この世界に生きる者たちの命を未来につなげる橋。


 聖霊の想いを受け止めたリシュたち。

 彼らは氷の橋に足跡を残し、終わり逝く世界を歩き始めた。

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