第59話 無と妖精
「ダンジョン・キル」
森に美しい声が響く。
と、同時に周囲に広がる違和感。
それは、リシュがダンジョン殺しの能力を発動させた証だった。
「…………」
「どうしました?」
ダンジョン殺しを発動させたあと、無言でダンジョンを見つめるリシュ。
いつもと違う様子を不審に思い、サクヤは話しかけた。
「うん、いつもとなんか違う気がしてね」
サクヤに顔を向けるも、すぐさまダンジョンに目を移す。
違和感の正体について考えるリシュ。
だが、答えは出てこない。
「奥に行って、危険だったら引き返そう」
「はい……」
リシュとサクヤ。
2人は、森の奥で洞窟として口を空けるダンジョンを見ながら、これから起こるであろう危険を感じていた。
「リシュ」
「なに?」
洞窟を見つめる2人。
その間に妖精のティアが割って入る。
「私も行きたい」
「珍しいね」
「うん、ここの奥から……みんなが、どっかに行っちゃったときと同じ感じがするから」
妖精の感知能力が、目の前のダンジョンに何かを感じているようだ。
ダンジョン殺しを続けるのなら、同じような違和感のある場所に入ることもあるだろう。
よって、ここで引き返すという選択肢はない。
しかし、危険なダンジョンの奥に非力な妖精を連れていくべきか──。
「お願い」
すがるように、リシュのローブを掴むティア。
その姿にリシュは──
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとう」
ティアの動向を許可したリシュ。
再び漆黒の闇が広がるダンジョンに目を向ける。
自分の感じた違和感の正体、そして妖精の感知能力に引っかかった何か。
奥に進むのなら、これまでのダンジョンとは違う覚悟が必要になるだろう。
「じゃあ、行こうか」
様々な想いを胸に抱きながらも、リシュは足を踏み出した。
どちらにせよ、情報不足の現状では判断など出来はしない。
今後のことを考えるのなら、情報収集のためにもダンジョンへの侵入を思い直すという選択肢はなかった。
*
ダンジョンの奥へと進むリシュたち。
すでにモンスターを作成して周囲を固めている。
前衛を務めるのは、盾を構えたリビングアーマーが4体。
生きた鎧とも呼ばれる防御力に優れたモンスター達だ。
中衛として歩くのは、パイレーツ・スケルトン3体とコボルト5体。
パイレーツ・スケルトンは、骨のモンスターで高い防御力とそれなりの素早さを持つ。
コボルトは、槍を得意とし頭部が犬で、全身が獣毛に覆われている素早いモンスターだ。
後列が4体のソーサラー。
全身を黒い布で覆っているモンスターで魔法を得意とする。
これらのモンスターの後ろをリシュ達が歩く。
さらに背後からの奇襲に備え、最後尾にはリビングアーマーを3体設置している。
合計19体のモンスターが、現状の戦力だ。
「まったくモンスターが出ませんね」
「ティア、なにか感じないかな?」
「う~ん、分からない」
「そう」
妖精の高度な感知能力を持ってしても、モンスターを発見できない。
それはおかしな状況だ。
すでに2階層は進んでいるにもかかわらず、モンスターが現れないという不自然な状況。
不自然な状況に思案するリシュに、ティアは言葉を続ける。
「分からないというか……」
「なに?」
「何も無い。それにスカスカっていうか、奥から変な感じがする」
「スカスカ……」
このとき、ティアの言葉にどんな真意があるかは分からなかった。
しかし更に2階層を進んだとき、スカスカの意味を知ることになる。
*
「これは!」
第5階層へと階段を降りてしばらく歩いたとき、リシュは足を止めた。
そして思わず声を漏らす。
常に冷静なリシュを知るサクヤ達にとって、それは珍しい姿だった。
「ティア、君の言うスカスカは、これのことかい」
「うん。それに……」
リシュの前に広がるのは、虫食いのようになったダンジョンの壁や床、そして天井。
虫食いはあちこちにあり、穴の奥は先が見えない黒い色のみ。
「みんなが、どっかに行っちゃったときと同じ感じが穴からしている」
ティアの言うみんな。
それは彼女と一緒に暮らしていた妖精たちのこと。
雪の降る夜に出会い、リシュと一緒に行動し続けたティア。
彼女がリシュと共に行動するのには、消えた仲間を探すという目的があった。
「そう……ヴァルゴ、この虫食いの正体が分かるかな」
『これは、無や混沌というものです』
左手の指輪を口元に近付けて、ヴァルゴの指輪に話しかけるリシュ。
返ってきたのは、無や混沌という言葉。
「無や混沌というのは?」
『無とは、その名前の通り何も無い状態を指します。法則すら無い状態。無とは故に何も無く、混沌とした何物とも定義出来る一方で、何物とも定義できない存在です』
「ようは、言葉にできないほど訳の分からない物……と、いうことで良いのかい?」
「……はい」
結論、無とは訳の分からない物。
その判断は、考えることを放棄しただけとも言える。
『ですが、世界に現れることなど……』
「ありえないのかい?」
『ええ』
しばらくその場で考え込む。
だが、この場にいても答えは出ないだろう。
「コボルト、無に触れてみて」
少々気になることがあり、無にコボルトを触れさせてみる。
すると──
「…………」
虫食い穴のに触れても、コボルトには何も起こらなかった。
「どうしたの?」
「ちょっと気になった事があってね」
「気になった事というのは?」
ティアと話すリシュ。
その話に参加するサクヤの声は、少し震えている。
リシュが何をしようとしたか、嫌な予感がしているのだろう。
「無に触れたら、存在が飲み込まれたり、触れた部分が消えたりするんじゃないかと思っただけだよ」
「「!」」
ときおりリシュは、冷徹さとも狂気ともつかない一面を見せる。
今回は、モンスターとはいえ、何の躊躇もなく無に触れさせるという形で狂気は発揮された。
「……(鬼だね)」
「……(鬼なリシュちゃんも)」
ティアとサクヤは、リシュの言葉を聞き沈黙する。
だが、それぞれの沈黙が持つ意味は、全く違う方向を向いていた。




