第57話 守り神の使い道
ダンジョンの最深部マスタールーム──の、一階層上でリシュはある作業を行った。
「この辺りでいいかな?」
満足そうに笑うリシュの目の前には、彼の身長ほどある岩の塊があった。
平たい石の中に化石のような物が見えるが、その瞳の部分には不気味な赤い光が宿っている。
そう、これはベスザラの町で報酬として受け取った守り神だ。
今いるダンジョンは、リシュのダンジョン・コアが設置されたメインのダンジョンではない。
実験の結果次第では、コアが破壊されかねないため支配下にあるメインではないダンジョンを使用することにしたのだ。
「気持ち悪い石だね」
「アンデッド化しかけているからね」
「えっ」
アンデッド化しかけている。
リシュの返答を聞いたティアは、顔を引き攣らせ少しだけ後ろに下がった。
「でも、3分の1は化石のままだから襲ったりしないよ……多分」
「…………」
3分の2はアンデッド化していることにツッ込むべきか、自信なさげに多分と付けた点にツッ込めば良いのかティアは悩んだ。
そして出した答えは──
「仕事が終わったんなら戻ろうか」
この場からの退却。
リシュの意図がどうであれ、か弱い妖精にとってアンデッドというトンデモ生物? は、刺激が強すぎる。
そのことに気付いたための逃亡だった。
*
リシュがダンジョンに設置したのは、アンデッド化しかけている化石。
ベスザラの町にある採掘所跡の奥にあった守り神だ。
「変なモンスターが出来なければいいね」
「そうですね……タコみたいなのとか」
メインダンジョンの居住区へと戻った3人は、くつろいで話している。
ティアとサクヤの頭には、生物型ダンジョンの奥で見た突然変異したモンスターが思い浮かんでいた。
「突然変異したモンスターは、ダンジョン・コアの意図しないモンスターだからね。どんなのができるか分からないよ」
「えぇ! 変なのをあまり増やさないでね」
生物型ダンジョンは、いつも留守番をさせられるティアが珍しくリシュたちと共に入ったダンジョンだ。
好奇心の強いティアは、姿を消しながら周囲の様子を窺っていた。
だが、そこで多数の生物を取り込んだ突然変異モンスターを目撃してしまい、軽くトラウマになっている。
「…………」
「なんで、なにも言わないの?!」
突然変異モンスターは、ダンジョン・コアのバグとして生まれる。
このため、何が生まれるかはリシュには管理しようがなくなにも答えることはできなかった。
「このダンジョン以外では、生まれないと思うから大丈夫だよ」
「なんで目を合わせないの!?」
ティアがリシュに向けるのは疑惑の目。
このときリシュが、”思う”と不安になる言葉を付けていたことに気付かなかったのは、ティアの救いといえるだろう。
突然変異モンスターは、ダンジョン・コアのバグによって生まれる。
よって、バグさえ起きれば生まれる可能性があるということだ。
しかもリシュが支配下に置いているダンジョンは、すでに100を超えているためいずれかのダンジョンで生まれてもおかしくはない。
「……何か隠していない?」
「まさか」
笑いながら、まさかといったリシュ。
だが、その美少女すぎる笑顔に騙される者など、この場にはサクヤ以外にはいない。
ティアは、疑惑を一層深めてリシュを見ている。
「何をごまかしているの?」
「……そろそろ出発しようか」
「ちょっとリシュ!」
リシュはなにも言わなかった。
ティアにトラウマを植え付けた、灰色のタコ──突然変異モンスターを大量に作成したことを。
能力面が優れているわけではないが、精神的にキツイ見た目をしている。
更に倒した相手を取り込むという、えげつない能力も相手の精神を削り取るハズだ。
それに作成するためのDPも驚くほど少ない。
これらの理由から、ダンジョンに設置して様子を見ている。
しかし大量設置の件をを知ったら、ティアが本気で泣きだしかねないため誤魔化すことにした。
*
今回、リシュがダンジョンにアンデッド化しかけている化石を設置したのには理由がある。
モンスターが突然変異するのは、ダンジョン・コアのバグが原因だ。
コアのバグは、外側からモンスターをダンジョン内に連れ込むなどすることで、ときおり起こる。
しかし、外部のモンスターがダンジョンに入ることは、バグを起こす程の影響が出るため、コアはモンスターを排除しようとする。
例えば、ダンジョン内のモンスターを、外部から侵入したモンスターに消しかけるなどして──。
リシュのダンジョン殺しが有する、支配下に置いたダンジョンの詳細設定を行えば、外部のモンスターを排除しないようにもできる。
しかし、排除しなければ外部のモンスターが、コアを破壊してしまう可能性があるために行えない。
さて、リシュがダンジョンに設置したのは、半アンデッド化した化石だ。
これは、半分モンスターとなっている化石とも言え変えられる。
化石であるため身動きとれないので、コアに近付くことはない。
それに半分とはいえモンスターであるため、コアのバグを誘発して突然変異モンスターの発生を誘発できる可能性がある。
だからこそリシュはダンジョン内に、半アンデッド化した化石を設置した。
もっとも、これはあくまで実験。
結果は大して期待はしていなかったが──リシュは自分の悪運の強さを忘れていた。




