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DD ダンジョン殺しのダンジョンマスター <第1部>  作者: 穂麦
第2章 ヴァートゥハイル大陸
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第56話 病の原因

 採掘所跡の奥にある守り神を確認したリシュたち。

 翌日、彼らは共同墓地に足を運んでいた。


「原因は、これだったみたいですね」


 リシュは、足元に転がる遺体を観察している。

 あちこちに付着した土が、墓から掘り起こされたばかりの遺体であることを示している。


「……ひどいわね」


 テオドーラは、死体へと目を向けているが、その目には激しい動揺が見られる。

 彼女だけではない。墓を掘り起こすことに手を貸した者達もまた──。


「…………」


 声を発することが出来ずに、ただ立ち尽くしていた。

 ある者はあまりもの惨状に目を逸らし、ある者は呆然と顔を青褪め死体を見ている。

 常人であれば、直視に耐えない光景がそこには広がっていたのだから、彼らの反応も止むを得ないことだろう。

 なぜなら、彼らの目の前には──


「ここまでの生命力を持ったカビは初めて見ます」


 リシュの目の前に転がる死体は、全身が黒ずんでいる。

 さらに目や口からは、緑色のカビが溢れかえり、さらには皮膚を食い破るかのように体中から生えていた。


「…………ウプッ」


 テオドーラは口を押さえ死体から目を逸らす。

 魔導士として冒険者業を営む彼女は、モンスターの死体のみでなく人の死体もあるていど見てきている。

 だが、目の前の死体はに生えたカビは異常そのものだ。

 なぜなら目や口、皮膚から生えたカビは、まるで自分の意思を持っているかのように蠢いているのだから──。


「自分の意思を持っているかのように動くカビ……瘴気でカビが魔物化したと考えるのが妥当か」


 この場にいる誰もが思わず目を背けてしまう死体。

 それを平然と観察し続けるリシュの異常性に気付く者は、誰もいなかった。


 *


「町で流行っている病は、魔物化したカビが原因でしょう」


 リシュとテオドーラは、町の人間を避難するように長と呼べる者に進言した。

 今、町の中にいるのは病に侵された者たちだけとなっている。

 

「これから、どうすれば良いのでしょう……」


 リシュとテオドーラと共にテーブルを囲んでいる老人の一人が声を出した。

 その声は悲壮に満ちており、誰に言ったものでもないことは明白だ。


「病に侵された方の治療は可能です。ただ、現状だとカビを取り除かない限り再発することになります」


 誰に向けたわけでもない老人の言葉に、答えを返したのはリシュだった。

 

「カビを取り除くことは出来ないのですか?」

「時間をかければ可能ですが、魔物化しているため生命力が強く、街全体に広がっていますからね……個人の努力では難しいでしょう」

「…………」


 リシュ個人の力では、カビを完全に除去することなどできない。

 そのことを伝えると、老人は黙ってしまった。


「国に手を借りることは出来ませんか?」

「……残念ですが、国は私たちを助けようとはしてくれないでしょう」

「そうですか」


 可能性として考えていた。

 弱い立場の者が切り捨てられるのは、この世界ではよくあることなのだから。

 かつて鉄鉱石の採掘で賑わったとはいえ、今は採掘所が閉鎖されている。

 そのような町を助けても、国が得られる利益も少ない。


「町が大きな寄付を行っている宗教はありますか?」

「……メルクイナ教への寄付は毎年欠かしたことはございません」


 メルクイナ教は、世界の4割の人間が信仰しているとも言われている。


「メルクイナ教は、医療活動を行っていますか?」

「ええ、確かにメルクイナ教は、信者に対しては色々とやっているわね」


 リシュの問いに、若干のトゲのある言葉で返したテオドーラ。

 メルクイナ教に思うところがあるのだろう。


「国が当てに出来ないのなら、メルクイナ教に助けを求めるのが良いかもしれません」

「そうですか……」


 頼れば、多くのお布施が求められるかもしれませんが……と、いう言葉は呑み込んだ。そのことが分かっているからこそ、歯切れの悪い言葉を目の前の老人は口にしたのだろうから。


 ………

 ……

 …


 長老と話してからの七日間。

 時間の合間にダンジョン管理を行いながら、病への対策を行う。


 リシュは、勇者時代に目を通した禁書の内容を思い出しながら、薬を作って症状のひどい者たちに飲ませた。


 本来は目にすることすら許されない禁書に記された薬。

 そんな薬など実際に使用した例などあるはずもないので、薬を使用することは人体実験とも呼べる行為である。

 薬を飲んだ者たちは症状が改善したため、感謝されることになったので問題はないだろう。

 

 道徳的な問題はあるだろう。

 しかし恨まれることは無かったので、リシュとしては問題がないと考えた。


 更にリシュはこの薬の作り方を町に残した。

 薬の作り方を、メルクイナ教会の者が来たら教えるように伝え──。

 

 偽名を残したのは、禁書が由来する情報だと知られれば厄介だからだ。

 例えば、参考にした本が禁書に指定された理由が思想関連であれば、メルクイナ教を敵に回す恐れがある。

 もっとも、薬はダンジョン・コアの解析能力を使い手を加えたものだ。

 よって禁書由来の情報であると知られる可能性は、皆無に等しい。


 薬の作り方を残したのは、教会へのお布施を減らすためだ。

 リシュが行えないのは、大規模なカビ除去と町の者たちへの長期的な治療。

 病の原因と治療方法を探す手間を取り除くことで、教会の負担を減らし足元を見られるのを防ぐ狙いがある。

 メルクイナ教が、よほど腐った団体と化していない限り、多額の寄付を求めることはないだろう。


 *


「報酬はこれでよろしいのでしょうか?」

「ええ」


 今回の依頼でリシュが望んだ報酬は、アンデッド化しかけていた守り神の化石と金銭。

 守り神は、アンデッド化していたために処分をしなければならなかった。

 このため、守り神の代金として引かれた金額は少なく済んだ。


「治癒魔導士の方へのお礼としては……」

「これから、メルクイナ教への寄付金が必要になって大変でしょう。それに……」


 リシュが受け取った報酬は、治癒魔導士への報酬としては安すぎるほどだった。

 希少な存在であるがゆえに依頼をすることすら困難な治癒魔導士。

 さらに禁書に及ぶほどの膨大な知識を有するリシュ程の治癒魔導士の手を借りたのなら、法外な対価を求められてもおかしくはない。


 だが、今回の仕事でリシュは金銭よりも価値のある物を得られた。

 その価値ある物とは、アンデッド化しかけていた化石。


「少し試したいことがありますから」


 リシュは、守り神を使って試したいことがあった。

 さほど成果は期待していないが、運が良ければ強いモンスターが手に入るかもしれない。


「では、そろそろ行きます」

「ありがとうございました」


 深く頭を下げて礼を言う長老。

 まだ全てが終わったわけではない。


 これから病に倒れた者の介護や、メルクイナ教への寄付などで様々な困難が彼に降りかかることだろう。


 だが、あとはメルクイナ教とベスザラの町の問題だ。

 既にリシュに出来ることはなく、彼の後ろ髪を引くものも何も無かった。

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