第54話 迷宮主の役割
魔神の宝玉から逃れ、ペルセムという村へとたどり着いたリシュたち。
アナベルたちとの話し合ったその日、村で宿をとることにした。
「……」
「……」
すでにティアは眠っているが、部屋には灯りがともっている。
部屋を照らすのは、ランタン型の魔導具を複数使った灯り。それは、地球の明りを見ているかのように部屋を照らしていた。
だが部屋の明るさと半比例して、部屋には暗い空気が流れ続けている。
「魔神から与えられたダンジョン・マスターの役目というのは……」
「言った通り、餌だよ」
部屋の空気が重い理由。
それは、サクヤがリシュに問いかけた言葉にある。
サクヤの問いとは、魔神の宝玉を所有するサリナ。彼女に襲われたとき、サリナとリシュの間で交わされた会話についてものもだ。
『僕達のような旅人に何かしても、得はしないんじゃないかな?』
『ダンジョンの奥に引きこもっている、ダンジョン・マスターでなければね』
サクヤはこの会話から、なぜサリナはリシュを、ダンジョン・マスターだという理由で殺そうとしたのか? と、いう疑問を抱きリシュに訊ねた。
その結果として返ってきた答えは、ダンジョン・マスターが魔神の災厄のために果たす役割についてだった。
~数分前~
「リシュ、なぜサリナは、あなたをダンジョン・マスターだから見逃さないと言ったのですか?」
「そう言えば、教えていなかったね……」
目を逸らした後一つ溜息をついたリシュは、向き直り話を続ける。
「僕たち、ダンジョン・マスターは、魔神の災厄達が力をつけるために存在するんだ」
「それは、どういう……」
「ダンジョンを成長させるには、DPというポイントが必要なのは知っているよね」
「はい」
「魔神の災厄が成長するには、DPが必要になるからね。彼らはダンジョン・マスターを殺してDPを奪うんだよ」
何のこともないことを口にするかのように、淡々と語るリシュ。
「魔神から与えられたダンジョン・マスターの役目というのは……」
「言った通り、餌だよ」
「……」
自分を餌だと言い切るリシュ。
彼の言葉は自分が餌として生まれたと断言したことと同意義であり、己が糧となるために用意され、殺されるのが当たり前だと言っているのと同じことだ。
サクヤは、そんな彼に何も言えず、しばらく沈黙をつづけたあと話題を切り替えた。
「ダンジョン・マスターからDPを奪うことで成長するのなら、なぜサリナは、村人を殺したのでしょうか?」
「魔神の災厄は、人を殺すことでもDPを得られるんだ。ただ魔神の宝玉は特別で、殺した人間の魂を取り込むんだけどね」
「…………」
魔神の宝玉について話すとき、リシュの目付きが一瞬だけ変わったようにサクヤには見えた。
だが、そのことには触れない。すでに彼の目はいつも通りの物に戻っていたから──サクヤは、目付きが変わったのは自分の錯覚だと考えることにしたからだ。
「成長したダンジョン・マスターは大量のDPを持っている。僕もそれなりに持っているからね。だからサリナは僕を逃がそうとしなかったのだと思う」
「そうですか。話は分かりました……ただ、一つだけ言わせて下さい」
「なんだい?」
自分の命に関わることを、何事でもないことのように淡々と語るリシュ。
そんな彼は、感情に振り回されない冷静な者ともいえる。
だが──
「もっと自分の命を労わって下さい。もし、自分の命を労われないのでしたら、せめてあなたに何かあったときに悲しむティアの気持ちを大切にしてあげて下さい」
「……わかったよ」
サクヤの目を見ずに答えたリシュ。
その様子を見るからに、これからも無茶な行動をするのだろうと、サクヤが考えた。
「これからも無茶をすると思う。でも、無茶は生き残る可能性が最も高いと判断したときだけにするって約束する……今は、これでいいかな?」
「ええ。今だけですが」
「ありがとう」
リシュから返ってきたのは、案の定な答えだ。
納得はできないが、これまでよりも少しだけ自分を大切にすることを約束してくれたと、サクヤは折れることにした。
それからしばらくリシュとサクヤは話を続けた。
主にこれからの旅についてであり、特に新しい話題はない。
このため2人の会話で得るものはなく、リシュとの会話をすることでサクヤの邪な思いを満たすのみの結果となる。
夜も深まり──と、言っても地球でいえば22時ほどではあるが、地球ほどの灯りを得るのは難しく、娯楽も少ないこの世界の者にとっては、22時でも十分に深夜と言える時間帯だ。
本来なら、この時間帯には親しい者以外の部屋は訪れないものだが、リシュの部屋にドアをノックする音が響いた。
リシュは、木を編み込んで作ったベッド代わりのカゴで眠るティアを起こし姿を消させる。
「どうぞ」
眠そうに目元をこするティアが姿を消したのを見計らって、ノックをした人物に返事を返す。
治安が地球ほどよくないこの世界で、誰か分からず部屋に入れるのは危険であるため、このときサクヤは、剣に手をかけていた。
「こんばんわ」
「どうしました?」
リシュは笑顔で、部屋を訪れたアナベルのパーティであるテオドーラを迎えた。
「……(強敵)」
このとき、リシュの笑顔に萌えないテオドーラに、サクヤは全く別次元の警戒心を抱いていた。




