第54話 魔神の宝玉と所有者の運命
ホルクス村に住む、三百人余りが、魔神の宝玉の持ち主の手により一夜で皆殺しにされる。
そのことを知る数少ない生き残りであるリシュ達は、丸一日のあいだ歩き続けて、ペルセムという村へとたどり着く。
宿をとり荷物をまとめたリシュ達は、助けてくれたアナベルの部屋に集まっていた。
部屋にいるのは、リシュとサクヤ、更にアナベルたち4人のパーティー。
アナベルたちは、巨漢の戦士ヤード、魔導士テオドーラ、槍術士フレデリクの四人だ。
「改めて、お礼を言わせて頂きます。ありがとうございました」
「いや、何度も言っているが気にしなくていい。俺はヤツの力を確認するために、お前らを利用したんだからな」
魔神の宝玉を持つ女との戦いで、サクヤに魔法石を投げたのはアナベルだった。
アナベルは、リシュ達が戦うのを隠れて観察し戦った女の力を測っていたらしい。だからこそ、強大な魔法が使われたときにタイミングよく魔法石をサクヤに与えることができた。
「ですが、あの魔法が発動したとき、僕たちを置いてアナベルさん達は逃げることもできました。それなのに魔法石を──あれ程の効果がある物であれば高額であるにも係らず僕たちのために使ってくれました」
「あれは、お前らを利用したまま見殺しにしたら後味がわりいからだ。俺の個人的な都合だから気にすることはない」
金銭面で涙を流しそうになることのあるリシュにとって、もっとも重要なのは高額な魔法石を使わせてしまったことだった。
魔法石とは、属性を持った魔力が鉱物に宿り宝石のようになった石を指し、魔力の純度が高いほど高額で取引され、宝石と同等の価値を見いだされる物も多い。
魔神の宝玉を持った女は小さな太陽とも言えるほどの火球を作り上げた。
あの魔法を打ち消す程の冷気魔法を発生させた魔法石は、かなりの高額で取引されたはずだ。
「こいつが勝手にやったことだ気にすることはない」
「ですが……」
「それに魔法石も、どうせ酒代になって消えていた程度の金額だ。酒代が人助けのために役立ったのならむしろ良い買い物だったと言えるだろう」
アナベルと話している中で、大男が話に入ってきた。
彼は呪いに侵されたサクヤを、背負っていた男なのだろう。
あの時は鎧を着こんでいたので顔が見えなかったが、体格が一致している。
「まあ、こいつの言うとおりだ。もしまだ何か言うようなら、そうだな……サリナの情報が手に入ったら俺らに回してくれればいい」
「分かりました。あとアナベルさんのお兄さんについても、情報が入りましたらお伝えします」
「助かる」
この村にたどり着くまでの会話で聞いた話だが、サリナと言うのはリシュ達が戦った女性の名前だ。
そして、サリナはアナベルの兄であるラルスの恋人だった。
「……アナベルさんは、サリナさんが持つ宝玉についてどのていど知っていますか?」
「数ヶ月に一度のペースで村を襲っていると、噂で聞くぐらいだな」
すでにリシュの頭からは、”助けられた恩”は完全に消えており、冷静な計算をしている。
このため、高価な魔法石を自分たちのために使ってくれたが、これはサリナの戦い方を知るために自分たちを使った対価と考えてよいだろうと考えた。
だが、サリナの能力を調べるために、自分を使った対価とも言える形ではあるが、魔法石によって助けられたことは変わりない。
ここで作った借りを残して、後で借りを返してくれと言われる前に情報を渡しておいた方が良いだろう。
そう考えたリシュは、情報を伝えるリスクをやむを得ないと考え、情報を与えることにした。
「では魔法石の対価として、僕が持つ宝珠についての情報をお伝えすることにします」
「あれが何か知っているのか!」
「ええ」
リシュは、サリナが持っていた宝珠について知っている。
このことは彼が魔神の災厄の一つとして生じる、ダンジョンの主であるのだから不自然な話ではないだろう。
宝珠もまた、その名が示すとおり魔神の災厄の一つなのだから──。
「彼女が持つ宝珠は、魔神の宝珠と言うものです」
「魔神の宝玉ということは……災厄の一つということか」
「はい」
リシュの言葉を聞き、わずかに眉を動かしたあと、アナベルは言葉を捻りだすように口を動かした。
「人の魂を取り込んで、宝珠は力を増していきます。そして最終的には魔王を生みます」
「……」
「さらに言えば、持ち主は宝珠に取り込まれている魂に侵食されて、触れた瞬間に自我を失うことになるので、決して触らないでください」
「! ……」
アナベルは、それからしばらく目を瞑り考え込み、部屋の雰囲気が一層重くなった頃、口を開いた。
「俺も触ったことがあるのだが、問題はないか」
「影響を受けていないというのなら、宝玉が取り込んだ魂が少ない頃に触れたのでしょう。とりこんだ魂が少ない頃の宝玉は、相性の良い相手しか侵食できません。戦った感じでは、いまは触れるだけで侵食されることになると思いますが……」
「そうか。……侵食されたヤツは、元に戻せるのか?」
そう質問したアナベルの瞳には、諦めと混ざり僅かな希望の色が見えた。
だが──。
「残念ながら、一度でも宝玉に侵食された方は二度と元に戻ることはありません。それに死を迎えれば宝玉に取り込まれることになります」
「……」
これまで以上に、重さを感じる沈黙だった。
兄の恋人だったサラが、もう戻ることはないこと──アナベルの兄が、そのような危険な宝玉を追い掛けていること。
それらが、彼らの心に重くのしかかった故に生まれた、沈黙の重さなのだろう。
「宝玉を壊す方法はどうなんだ?」
「宝玉は魔神の力に生まれたので、人の力で壊すのは難しいでしょう。壊せる可能性があるとすれば、魔神の力か神霊の力を、ぶつけることでしょうね」
「魔神か神霊か……」
それからアナベルは、腕を組み考え込むのみとなる。
彼の心情は、部屋に満ちる重い空気のみが語っていた。




