第50話 再出発
リシュが海底でダンジョン殺しを行ってから4日が経った。
3日間は体を休めることに専念し、4日目には港町アブスレイへとたどり着く。
前回、港街アブスレイまで移動したときに、街の近くに発生したダンジョンの支配権を奪うことに成功している。
このため前回は移動だけで2週間を要したアブスレイへの旅であったが、今回はわずか1日での移動となった。
*
リシュは、一等客室のチケットを買い部屋の座席に着いた。
丸窓からは、明るい日差しに照らされる港街アブスレイが見えている。
「出港は、まだ……か」
ボ~っと外の風景を見る彼の表情には、疲れが見える。
室内には、リシュとサクヤのみしかおらず、ムードメーカーであるティアはいない。
彼女は部屋に入ってすぐに──。
『おやすみなさい』
そう言ってすぐに姿を消した。
1週間前の船旅の時は興奮していたが、2回目の今回は面白みも何も感じなかったようだ。
(気持ちは分かるけどね)
リシュもティアの気持ちはよく理解できた。
本心では、わずか1週間で2度目の航海というのは彼も辛いからだ。
地球の船と比べて、この世界の船は魔法を使っているとはいえ原始的な構造であるため、波による揺れが激しい。
よって体力の消耗が大きいため、船があまり好きではない。
だが、体力の消耗以上にリシュが船を苦手とする理由がある。
それは──暇であることだ。
「どうしました」
「なんか、船に乗った途端に疲れちゃってね」
この世界にも、船で楽しめる娯楽は存在はする。
だが、高額なチケットが必要な客船程度にしか存在しない。
当然、金銭面で悩むことの多いリシュ達が乗るような船には、そのような娯楽を期待すること自体が酷だといえる。
仮に本などを持ちこんでも、三半規管を鍛える機会がないこの世界に生きる彼らは、数分の読書で船酔いに悩まされることだろう。
仮に遊び道具を持ちこんだとしても、地球ほど造船技術が発達していないこの世界の船では、大きな揺れが起きやすく持ちこんだ道具が散らばりかねない。
娯楽が全く存在しない船旅は暇そのものだ。
退屈は人を殺すという地球の言葉は、退屈を経験し続けることの大変さを見事に表した言葉だといえる。
この世界でも、退屈は人を殺す程の苦痛を人に与えることに変わりはない。
リシュは、そんな退屈という名の苦行を5日の間、ずっと耐えねばならないことにを考えると気が重くて仕方なかった。
付け加えるのなら、様々なトラブルに見舞われ続けていることも、彼が気を重くする原因となっている。
(今回は、前回のようなことがなければいいんだけど……)
暇なせいか、リシュの思考は次々に別の場所に飛んでいっている。
だが、命を失ったあとダンジョン・マスターに生まれ変わり、ダンジョン殺しという得体のしれない能力を持ち、治癒魔導士の能力が残っていたためまともに戦うことすら出来ない。さらに旅の同行者は、異世界から呼び出された勇者とすでにお伽噺の中の存在となっている妖精。そんなおかしな環境にいるリシュ。
付け加えるのなら、1週間ほど前には巨大生物に飲み込まれるという希少な体験までしている。
もはや呪われているとして思えない彼の環境を考えれば、不安を感じるのもやむをえないだろう。
「……(憂いの表情)」
思案にふけるリシュを観察するサクヤは、いつも通り幸せだった。
*
取りとめのない思考を繰り返したあと再び丸窓を覗く。
すると波に揺らされる船の丸窓からは、上下に揺れるアブスレイの街が見えた。
少し視線を遠くに向けると、昼食を済ませた店が見える。
その先には、ポーションを売った店が──と、街を眺めているとリシュの耳に声が届いた。
「船が出るぞー」
前回とは違う声で伝えられる出港の合図。
丸窓から外を眺めようとすれば、前回は窓の前にいた妖精はいない。
だが、遠ざかっていく港街は、前回と同じように優しい陽光に照らされていた。
本来ならアブスレイにあるゲートクリスタルを使いたい所ではあったが、この街の場合は交通の要ということもあり有料だ。
よって財布事情が厳しいリシュ達が、クリスタルの使用を選択肢として挙げるはずがない。




