第45話 海底の迷宮殺し 共食い
「これはまた……」
「ひでえな、おい」
ダンジョンの奥へと進んだリシュ達。
ピンク色の肉壁に囲まれた空間で、鮮明な赤色が床に広がっている。
赤色の中に肉片が散らばり、無残な姿を晒していた。
「共食いか」
目の前の惨状に戸惑いながらもリシュは、そう結論ずけた。
「そんなことがあるのですか?」
「本来は無いんだけどね。異物が混じっていたのかもしれません」
「異物?」
ラッセルに対して、リシュは目の前の惨状についての考えを伝えた。
「先ほど、ダンジョンのモンスターは作成されたものだといいましたよね」
「確かに聞きました」
ラッセルの目が少し光った気がした。
本当は、藪蛇になりかねないのでこの話はしたくなかったのだが、下手に避ければ一層の不信感を招きかねないので話さざるえない。
「ダンジョン内のモンスターは、一定のパターンで行動をするように作成されるのですが、外から強いモンスターが運び込まれるとおかしな行動をとり始めることがあるのです」
「それが、共食いにつながったと」
「普通なら起こらないことなのですが……ダンジョンが暴走したせいで、モンスターの管理が弱まったのでしょうね」
「仮にそうだとすると、異物をここに入れた誰かがいるということでしょうか?」
「どうでしょうね。僕たちみたいにダンジョンに食べられたとも考えられますから」
本心では、海賊服を着た骸骨のモンスターたちが人間だった頃に持ち込んだのではと、リシュは考えている。
不必要に情報を与えるのは危険なため、伝えることは無かったが──。
「共食いが起こったのであれば、おかしなモンスターが生まれている可能性があります」
「そいつは、強えのか?」
「強さは、まちまちですから何とも……」
ジンライの言葉にリシュが返したように、共食いで生まれるモンスターの力は個体差が大きい。
なぜなら、本来起こり得ない共食いという行為により、ダンジョン・コアにバグが発生したときに生まれた突然変異とも言えるモンスターだからだ。
それに突然変異したモンスターは、特別な能力を持つ場合も多い。
故に、準備を整えて挑みたかったのだが──。
「なんだアレ……」
「気持ち悪いですね」
ジンライとサクヤが向ける視線の先には一体のモンスターがいた。
「これはなんとも」
ラッセルも顔を引き攣らせている。
「距離をとりましょう」
その姿を見れば、誰もが目の前のモンスターに触れてはならないと理解するだろう。だからこそリシュは、モンスターと距離をとることを提案した。
一言で、モンスターの姿を形容するのなら”おぞましい”というべきか?
全身が黒に近い灰色。
大量の触手を生やしたタコが、宙にフワフワと浮いているという感じ。
1つだけの目が体の中心にある。
これだけでも気持ち悪さがある。
しかし、おぞましいという表現には、コレだけでは届かない。
目の前のモンスターがおぞましい理由とは──。
「取り込まれたようですね」
そのモンスターの頭部には、様々なモンスターの顔が貼り付いている。
数十体にも及ぶだろうモンスターの顔。
サハギンの魚のような顔。
顔が半分崩れたゾンビの顔。
骸骨系モンスターの頭蓋骨。
犬の姿をしたモンスターの頭部。
様々なモンスターの顔が貼り付き、口をパクパクと広げていた。
「酷えな」
様々な戦場を渡り歩いてきたジンライですら、顔をしかめている。
「……」
サクヤはというと、おぞましいモンスターを見た目を保養しようと、チラチラとリシュを見ていた。
彼女は、旅の中で図太く成長しているようだ。
「どうします?」
「ソーサラーを限界まで召喚して、雷撃魔法で焼き払いましょう」
未知のモンスターを目の前にしたリシュに、手加減という言葉は存在しなかった。
*
リシュは、1階層での戦いで消耗していた全てのモンスターを削除し、新たに23体のソーサラーを作成した。
全身を黒いローブで包んだソーサラーの集団は、妖しい儀式を行う狂信者にしか見えないだろう。
だが、そのことを誰も指摘しようとしない。
それだけ、彼らが目にしたモンスターは異様であり、ソーサラーの集団など気にならない程度のことだったからだ。
「では行きます」
「ああ」
「……」
「……」
リシュの言葉にジンライだけが答え、残りの二人は無言で頷いた。
「ソーサラー、雷撃魔法」
リシュの言葉と共に、ソーサラー達が雷撃魔法を行使する。
、異形のモンスターの頭上に魔力が集まっていく。
23発分の魔方陣が次々に描かれ──周囲に閃光が走った。
一斉に23発の雷撃が、モンスターへと降り注ぎ、僅かにずれて激しい轟音が周囲を震わせる。
「FuSyuuuuuu」
異形の魔物は、激しい雷撃に耐えきれなかったのだろう。
溶けながら地面へと落ちていった。
1つだけの目から、流れる液体が涙に見えたのは、気のせいではないハズだ。
「見かけ倒しか?」
モンスターの涙を見たジンライは、若干の罪悪感を感じながらそう呟いた。
「まあ、あれだけの魔法を喰らえばこうなるでしょう」
見かけだけで実は弱かった異形のモンスターにラッセルは、憐みを感じていた。
「オーバーキル」
地球育ちのサクヤは、先ほどの魔法×23をゲームになぞり、そう表現した。
「前に出ないでください」
「えっ」
リシュの言葉に、『えっ』と返したのは誰だろうか?
そんな疑問は、リシュの鬼行によりどこかに吹き飛ぶ。
「ソーサラー、雷撃魔法」
地面に落ちて溶けていく異形のモンスターに、リシュは再び追い打ちをかける。
未知のモンスターであり、見かけもアレだったので念には念を押したのだ。
しかし、リシュの行いに、この場にいた誰もが凍りついていた。
*
リシュは先ほどの雷撃魔法の後、更に追加で一回魔法を放つように命じた。
合計3回の集団による雷撃魔法により、合計69発の雷撃魔法を浴びせたことになる。
しかも最初の23発を受けた時点で、すでに死にかけていたのに関わらず──。
「鬼か」
「念のためです」
ジンライの言葉に、そう返すリシュ。
そんな2人を見るラッセルは、リシュに対する評価を改めていた。
どんな評価に改めたかは、ご想像にお任せしよう。
「……(冷酷なリシュちゃんもなかなか)」
サクヤはすでに平常運転だ。
「そろそろ次に行きましょうか」
「……ああ」
コイツは、冷静にヤバいことをするタイプだ。
そのように判断したジンライは、それ以上今回のことを言うのをやめた。
「共食いでモンスターが、かなり減っているみたいですからね。それにソーサラーの魔力もまだ残っているようですし、まとまって行動をして各個撃破といきましょう」
ソーサラーの魔力が残っているため、雷撃魔法+ジンライとラッセルの剣を使ってモンスター退治を行い、更に奥へと彼らは進んだ。




