第41話 海底の迷宮殺し
ダンジョンというのは、成長すると自身を中心として城や森などを作る。
それらはダンジョンの外壁と呼ばれており、成長したダンジョンの証だ。
リシュ達がいる場所はダンジョンの外壁。
船の置かれている場所は、ダンジョンの外壁である巨大生物体内への入り口と言える場所だ。
これからリシュ達は、ダンジョンの外壁の中心にあるはずのダンジョンの入口へと向かう。
ダンジョンの暴走によって大量の吐き出されるモンスター達。
今はまだ人間の側が押しているが、いずれはモンスターに押し切られることだろう。
もしくは、ダンジョンがDPを使い果たし、この場にいる全ての者が海中へと投げ出されるか──。
どちらにせよ、ここで有効打を出せなければ生き残る術はない。
今、この状況を打破できるとすれば、リシュのダンジョン殺しのみであろう。
*
戦闘が繰り広げられる場所では、まだ多くの者たちが戦っている。
船の護衛を仕事とする者はもちろん、傭兵や冒険者たちがこの異常事態を乗り越えるために臨時で雇われた。
リシュ達は、戦場から離れた場所に数名を集めての作戦会議は終了した。
「作戦は以上だ」
作戦をまとめたのは船長。
彼は自身の権限を持って、リシュをダンジョンの入口へと送り届ける作戦を協力者に伝えた。
作戦は単純だ。
戦闘力が皆無のリシュを協力者で囲む形で、モンスターの陣営を突破する。
更にダンジョンの入り口前にたどり着いたら、リシュが秘術と詐称するダンジョン殺しが発動するまで彼を守り切る。
同時に、リシュと彼を守っていた者たちの脱出経路を確保しておく。
至極単純な作戦である。
だが、こちらの手札が少ないうえにダンジョンの構造が単純であるため、このような作戦が有効だと判断された。
ダンジョンの外壁は入口まで一本道と言える単純な構造をしており、ダンジョンの入り口まで続く道は一本しかないことは、暴走前の調査で判明している。
よって、入口までの道中には、ダンジョンから吐き出されたモンスターが、行く手には大量にいると言うことになる。
モンスターが多いのは厄介だ。
だが、救いもある。
救いとは、暴走したモンスターというのは、自我を得て通常のモンスターのように好き勝手に動くことだ。
よって、ダンジョンの入り口をモンスターは守っているわけではないことになり、拠点防衛をされる場所を落とすような難易度は要求されない。
*
作戦を伝えられた者達は、戦場となっている場所へと集まった。
ダンジョンの入り口は、今いる場所から1kmほど進んだ所にある。
その入り口とは、肉壁が少し狭まり3人ほどが並んで通れる通路状になった場所だ。
一見するとただの通路にしか見えない。
しかし、ダンジョンの入り口というのは通過すると違和感のような物がある。
この違和感は、ダンジョンが別世界に通じているために感じる現象だ。
ようは、ダンジョンの入り口を通過することで感じる違和感というのは、異世界に入ったことに対する感覚を指す。
さて、戦場の様子なのだがモンスターは百体以上いるようだ。
人間側はリシュを囲むのが15名で、現在は23名がモンスターと戦っている。
数の上では人間が不利な状況だ。
しかし大半のモンスターが連携を行ってこないこともあり、組織的な行動をとれる人間の方が有利に戦いを進めている。
もっとも、モンスターを倒すスピードよりも、ダンジョンがモンスターを吐き出すスピードの方が早いため、この戦況はいずれ覆されることになるであろうが──。
*
戦場を前にして、この計画を指揮する重鎧を着た戦士が声を張り上げた。
「行動を開始する!」
「「おお」」
掛け声とともに戦況のカギを握る少年を囲む陣形をとった、16名のチームが一斉に行動を開始する。
リシュの歩幅が子どもの物だと言うことがあり、動きは決して速くはない。
しかし、動きがどうせ遅いならと全員が重装備が可能な物たちを集めたため、動きの遅さは大きなデメリットは生んでいないようだ。
魔物と人間が激しく命を奪い合う戦場を駆けていく16人。
彼らの前に最初の敵が立ちはだかる。
敵はサハギンと呼ばれる、人の体でありながら、全身が魚の鱗に覆われ顔もまた魚類の特徴を持つ魔物。
「GyaGya」
奇怪な声を発するとサハギンが、襲いかかってきた。
敵は手にしたモリを突き刺そうと迫ってくる。
だが戦闘を走る重鎧を着た戦士が、モリを手にした巨大な盾でいなした。
攻撃をいなされたせいで、モリは大ぶりとなり隙が生じる。
そこへ後ろを走る剣士が通り過ぎざまに剣を振り抜く。
剣がサハギンの胴を切り裂き、赤い血飛沫が辺りに散る。
その様子を長く見続ける物など誰一人とていなかった。
すでに新たな敵が近付いてきていたからだ。
次にやってきたのは、3体の魔物。
それは船員の服を着た3体の骸骨だった。
服装を見る限り、海賊船に乗っていたのだろうか?
なんらかの理由でダンジョンに取り込まれて、モンスター化したのかもしれない。
もっともモンスターであり、ましてや元海賊に手を抜く必要はないのだが。
この3体は、ダンジョンから出ても連携をとれる珍しいモンスターのようだ。
だから──。
「第1陣、行け!」
リシュの前を走る、鎧を着た男が声を発した。
すると先ほどサハギンを斬った剣士と、その後ろにいた戦斧を持つ戦士、女性の魔法使いがリシュ達から離れる。
「はあぁぁぁ」
剣士と斧を持つ戦士のどちらの声なのか?
強い意思が込められた声を発しながら、剣士と戦士が骸骨へと走る。
連携の取れた行動だった。
剣士は、剣の根元付近を強く骸骨に打ち付けた。
そして戦士は、戦斧を全力で振り、衝撃に耐えられなかった骸骨をバラバラにする。
魔法使いは、火球を撃ち込み骸骨の動きを遅れさせた。
そこへ剣士が再び、刃こぼれの影響を最小限に抑えるため、剣の根元で骸骨を強く打ちつける。
彼らは、その場に残りリシュ達を見送った。
残った彼らの役割は、骸骨のモンスターを倒すことが1つ。
だがそれ以上に、リシュ達の帰りの道を確保しておくことが重要な仕事だ。
ダンジョン殺しが発動すれば、一時的にだがダンジョンはモンスターを吐き出すのをやめる。
しかし吐き出されたモンスターはそのまま残り続けるため、帰り道の確保が必要となる。
故に、リシュがダンジョンの入り口にたどり着くまでの間に、3人ずつを要所要所に置いていき帰り道の確保を行うのも作戦の重要なポイントとなっている。
第一陣となった者たちを残し、リシュ達は走り続けた。
……
「第2陣、行け!」
新たな3人が、モンスターを食い止めるために走った。
…………
「第3陣、行け!」
次に出たのは、全身を重装備で固めた3人の戦士だった。
………………
「第4陣、行け!」
最後に出たのは、剣士2人と魔法使いで構成されたチーム。
……………………
そして、ダンジョンの入り口にたどり着いた。
リシュを守るためにここまで残ったのは、リーダーである大剣を携えた男に、黒剣を手にするジンライ、そしてサクヤだ。
「お前に指一本触らせやしねえ。だから安心して秘術とやらを使いな」
リシュの方を見るでもなく、ジンライは言う。
「そちらは、おまかせします」
フードの奥に見えるリシュの口には、不敵な笑みが浮かんでいた。
すでに危険を冒す覚悟はできている。
覚悟を決めたいじょう、成功のみを彼は考えていた。
だからこそ、リシュの笑みに不敵さが入り込んだ。
リシュの目の前にあるのは、通路ともいえる幅の空間。
肉壁が狭まったその場所に彼は右手を突きだす。
するとリシュの付きだした右手に光が集まり白い杖が生じた。
彼の身長よりも長いその杖の白は、神秘性と得体のしれない恐ろしさを感じさせるものだ。
そして、ダンジョンの入り口たる黒い空洞に杖を向ける
これから始まるのは、人のみならざる者が行う儀式。
人知を超えた神秘の末端。
今、美しき術者が英知を用いて秘術を行使する。
「迷宮の支配者たる我が声に応え、略奪者の刃よ顕現せよ」
リシュの後ろでは、彼を守る者たちの戦いが始まっていた。
襲いかかるサハギンを、リーダー格の男が大剣で一刀のもとに伏す。
「其は我が新たな支配の地を切り開く剣なり」
リシュは詠唱を続ける。
彼に向けて一体の魔物が水球を高速で発するも、サクヤがそれを切り捨てた。
そして水球を放った魔物はジンライによって葬られる。
「其は我が略奪を妨げし者を葬る槍なり」
ジンライの強さを見たモンスターは、彼を脅威だと思ったのかもしれない。
本来は連携などしないハズのモンスター五体が、彼に対して同時に動いた。
そのことに気付いたジンライは、まずい状況になったと舌打ちをする。
だが──。
「我は迷宮の新たなる支配者としての力を此処に示さん」
リシュの詠唱が終わるとともに、ダンジョンの入り口前に生じた白い魔方陣。
その魔方陣から放たれた神聖さと邪悪さを感じさせる光が周囲を包んだ。
「Gya」
ジンライに襲いかかっていたモンスター達は、わずかな叫びしか上げられなかった。
いずれも魔方陣の光を浴びた瞬間に、突如として体が崩れたからだ。
──あるモンスターは腕がずり落ちた
────あるモンスターは顔が溶けだした
──────あるモンスターは胴体が崩れて、はらわたを晒した
ジンライを襲っていたモンスターだけではない。
光の届く場所にいたモンスター達は、リシュに近い物ほど致命的な影響を受けているようだ。
それはリシュ自身に、ダンジョン殺しの力が恐ろしい何かを秘めているのだと、十分に感じさせる光景だった。




