第40話 勝算と覚悟
船のあった場所から少し奥へと向かうと、ランタンを必要としないほど明るかった。
これは周囲の壁そのものが光を発しているためだ。
もっとも、光を発している壁は肉壁というべきものだ。
光を発している点は便利ではあったが、自分たちが喰われていると感じざる得ない嫌な光景でもあった。
船から離れて十分ほど歩いた頃だろうか?
リシュとサクヤが船員に案内されて進む更に先から、僅かばかりの金属音が聞こえ始めた。
金属音は、剣などが振るわれる戦闘音なのだろう。
(近いみたいだね)
戦闘の音に誘われるかの如く、リシュ達は更に奥へ進んだ。
*
リシュ達が案内されたのは、負傷した者たちを集めてある場所であった。
戦闘が行われている場所からは離れており、先ほどよりも大きな戦闘音が聞こえる程度の場所だ。
この場所は、ダンジョンの入り口からかなり離れている。
だが、ダンジョンが暴走していることを確認しているには十分な距離であった。
(残念ながら勘違いじゃあなかったみたいだ)
そのように考えたリシュは、 ここまで案内してくれた船員の前で、最も傷が深い戦士風の男に治癒魔法をかけた。
戦士の傷口が光に包まれ跡形もなく消えたことに驚く船員。
その顔を確認したリシュは、自分の実力が船員が認めたことを悟り本題を切り出した。
「この状況は、ダンジョンの暴走が原因です。私には暴走を押さえる手段がありますが、よろしければ最も権限の強い方に取り次ぎをお願いできませんか?」
仮にリシュが、ダンジョンの暴走を最初に行ったとしても子どもの姿である彼の言葉では相手にされない可能性があった。
当然、サクヤを代理にして伝えたとしても、少女という年齢の彼女では同じ結果だったであろう。
だからこそリシュは、船員に見える形で治癒魔法を使った。
この世界では治癒魔法の使い手は珍しく、治癒魔法を使える者はそれなりの地位を与えられ国などに抱えられることが多い。
よってリシュが本物の治癒魔導士であると船員が理解した今、子どもの姿とはいえリシュの言動には重みがある。
リシュの言葉を受けた船員は、現状で最高の権限を持った人物である船長の元へと駆けて行った。
「傷の深い人だけでも治しておくか」
ダンジョン殺しを行うためにも魔力は少しでも多く残しておきたい。
しかし船員が戻るまでの間に何も治療しなかった場合、不信感を持たれる可能性がある。
このためリシュは傷の深い者を中心に治療を行うことにした。
*
しばらく経ち、船員が戻ってきてリシュ達を船長の元へと案内した。
船長は少し離れた場所で、他の乗員たちとともに今後の方針を話し合っていた。
リシュの能力を知られるのを防ぎたいため、船長にその場所から少し離れてもらい話し合いが開始される。
「君たちの話を信じろと?」
豪華な髭が生えた船長への会話はサクヤに任せることにした。
姿が子どものリシュでは、侮られる可能性があったからだ。
すでにモンスターの発生はダンジョンの暴走が原因だと伝え、リシュが暴走を押さえる術を持っていることも伝えた。
しばらく様子を見て、リシュは話に加わるつもりでいる。
「彼は、ダンジョンを封じる秘術を受け継ぐ一族の出です。現状の打破には彼の力を使うのが一番かと」
「しかし、どう見ても子どもだ。任せるわけにはいかない」
「先ほどの船員から聞いているハズです。ただの子どもが、治癒魔法をあれ程までに使いこなせるハズがないと」
ダンジョンを封じる秘術を受け継ぎ、その力のせいで迫害されてきた一族の出という設定で、リシュの能力については誤魔化している。
このような出来過ぎた設定は、見破られる可能性が高いため、普段は使うわけにはいかない。
だた、緊急事態ともいえる現状では、苦肉の策として使わざる得ないだろう。
「秘術を使うための時間を稼いで頂くだけで構いません」
「私には船を安全に目的地に送り届ける義務がある。この安全の中には乗客である君たちの安全も含まれるのだがね」
「では、私たちを雇ってもらえませんか?」
「雇う?」
ここでリシュが動いた。
船長は責任感の強い人間であり、なおかつ仕事に誇りを持っている。
このことこそがリシュの要求を通すために、崩すべき障害であることを掴んだからだ。
「その前に一つだけお伝えしておきます。魔法を使う者の中には年齢と外見の合わない者がいるのはご存知でしょうか?」
「有名な話だからな」
「私の治癒魔法の腕を考えて頂ければ、何を言いたいのかご理解いただけると思いますが」
「……なるほど、見た目通りではないと?」
「ええ。当然、子どもの姿なのには、治癒魔法だけでなく秘術を身につけるために幼いころから修業をしてきた影響もあります」
もちろん、全て嘘ではあるが、リシュの治癒魔法の腕が並外れているのは確かだ──なにせ勇者の1人に選ばれる程なのだから。
このタイミングで自分が見た目通りではない。
と、伝えたのは船長に自分の考えが間違っているのではと、わずかにでも思わせて付けいる隙を作るためだ。
「では本題に戻りましょう。私達は自分の能力を売りこんでいるのです。現状のままでは、ダンジョンが吐き出すモンスターに押し切られるのは目に見えています。もちろん、まだ出していない切り札があるのなら別ですが……」
「……話を続けてくれ」
護衛は船の上で戦うのを前提にしている。
このため船から離れた場所で戦うための準備をするのは難しい。
船の積載量の問題や予算の問題もあるためだ。
それに、この船は別の国へと渡る物であるため、過剰な軍備は争いの原因となりかねない。
よってダンジョン内で使える切り札などあるとは考えにくい。
「もちろん雇うのであれば、失敗した場合は切り捨ててくれて構いません」
「仮に雇ったとしても、君たちが乗客であることは変わりない」
「ええ、失敗して私たちを切り捨てれば、あなたは私たちを自責の念を抱くことでしょう。そして今後の人生を後悔しながら過ごすことになるかもしれませんね。ですが……」
ここでリシュは言葉を溜める。
どれほど、これから口にする言葉が大切であるかを伝えるために。
「……勝算があるから提案しているのです。私の秘術であれば、まちがいなくダンジョンの暴走を止められます」
「……やれるのか」
「やらなければ、魔物に皆殺しにされるか、ダンジョンが崩壊して全員が海中に投げ出されるだけです」
「…………」
船長の説得で目指すべきは、納得させることでも信用させることでもない。
そもそも、そんなことが出来る話術などリシュもサクヤも持っていないのは彼らがよく分かっている。
だからリシュ達が行ったのは、交渉でも何でもない。
現状では乗員、乗客の命は無いという現実を伝えて船長に覚悟を迫っただけだ。
船長が次に口が開くのは2分ほどが経ってからだった。
重苦しい沈黙が支配する時間の先で、リシュ達は望んでいた答えを受け取る。
「君たちを雇うことにしよう」




