第39話 闇に閉ざされた船内
リシュ達は暗い廊下を歩いていた。
魔力を見ることのできるリシュは、自分のランタンをサクヤへと渡している。
彼らが助けた乗船していた者達の中にも船に備えつけられていたランタンを手にしている者達が多くおり、暗い廊下での移動ではあったが、ある程度の灯りの確保には成功していた。
この時すでに12名という多人数での移動となっており、ダンジョン・マスターだと正体を知られるのを防ぐため、人目に付きたくなかったリシュは後悔していた。
だが、いまさら後悔しても仕方ないだろう。
リシュ達は、12名を連れて甲板へと急いだ。
*
リシュ達が廊下を移動している最中に、彼らの移動を阻害した船内に散らばった花瓶の欠片や瓦礫が、揺れの激しさを物語っていた。
今のところ、リシュ達は死者を見かけていない。
しかし廊下の惨状を見る限り、死者が0ということはありえないだろう。
一歩間違えれば自分達も、死者として数えられていたかもしれない。
そのような想像が頭をよぎりもした。
だが、リシュ達は嫌な想像にとらわれることなく歩き続け、無事に甲板へとたどり着くことに成功する。
甲板にでると、やはり周囲は闇に閉ざされてはいたのだが、ランタンの明かりがポツポツと見えた。
それは船員たちや、他の乗客たちが手にした明りだ。
リシュたち以外にも船内から自主的、船員に誘導されて甲板へと上がってきたのだろう。
そんな彼らを見て12名に膨れ上がった、リシュ達と行動を共にした者達は安堵した。
状況は、大きく好転したとは言えないが、それでも自分と同じ境遇の仲間が多く居たのだ。
自分の置かれた状況に不安を抱く彼らが、安堵するのは当たり前のことだといえる。
乗客たちは、少し離れた場所に灯りを見ていたのだが、リシュだけは暗闇の先に散らばる魔力を眺めていた。
「なるほどね」
甲板に出たリシュは周囲の魔力を見ることで、あることに気付いた。
やはり自分たちは得体のしれない生物に飲み込まれたのだと──否、これを生物と呼ぶべきではないことは、ダンジョン・マスターであるが故に彼が最もよくわかっている。
「ヴァルゴ」
『はい』
右手の指輪を口に近付け、リシュは小さく声を発した。
彼の声に対し指輪の声が脳内に響く。
「ここはダンジョンで間違いないかな?」
『少々不自然な点はありますが、間違いなくダンジョンの外壁です』
成長したダンジョンは、地上に街や神殿、はたまた山や森を作ることがある。
それらはダンジョンその物ではなく、ダンジョンへの侵入を阻む付属品的な存在という意味で外壁という扱いがされることが多い。
どうやら、リシュ達は島のような巨大生物を模したダンジョンに飲み込まれたようだ。
ただ、ここで1つおかしな点がある。
それは──。
(自立して動くダンジョンなんて、存在しないはずなんだけどな)
ダンジョンは、リシュ達を飲み込んだ巨大生物を模したようなタイプは存在しない。
だが、現実に飲み込まれた先がダンジョンの外壁部だったのだ。
何らかの理由で、ダンジョンが巨大生物のような何かとして動いていると考えざる得ないだろう。
(と、なると……)
リシュが導き出したのは、コンピュータでいう所のバグ。
ダンジョンは、ダンジョンコアによって制御されているのだが、コアに何らかの異常が起きていると彼は考えた。
仮にコアのバグであった場合、本来の動作とは違う働きをしているわけだ。
よって、このダンジョンには様々な不具合が生じる可能性が考えられる。
例えば──ダンジョンの暴走。
(早めに何とかしたほう良いんだろうけどね)
一番確実なのは、ダンジョン殺しを行いダンジョンの支配権を奪うこと。
しかし、乗船していた者が身近にいるのが現状だ。
ダンジョン殺しを行えば、その能力を多くの人間に見せることになるだろう。
よって、ダンジョン殺しを行うという選択は、ダンジョン・マスターであることを隠したいリシュにとって、出来れば避けたい選択肢だと言える。
それに、ダンジョンの難易度がリシュの実力を遥かに上回っている可能性もあった。
すでに最弱ではないにしても、弱いことに変わりのないリシュ。
知恵を振り絞ろうとも、モンスターの強さが圧倒的に違えば勝ち目はないだろう。
それらのことを考えると、慎重にならざる得ない──だが、彼はすぐさま決断を迫られることとなる。
*
ダンジョンの奥から、ランタンらしき灯りを持った誰かが船に向かって走ってきた。
灯りが移動するスピードが早く、その人物が走っているのが分かる。
船の縄梯子の下で、何かを話してその男が甲板へと昇って来た。
焦った様子の男。
服装から船員だと見られる彼は、甲板にいた最も権限が強いであろう男に肩で息をしながら情報を伝えている。
リシュは聞き耳を立てて、その話を聞いていた。
そして最悪の言葉を聞くこととなる。
「大量のモンスターが出た」
ダンジョンの外壁部にモンスターは本来でない。
仮に出たとしてもダンジョン外のモンスターが紛れ込む程度だ。
だが、ここは巨大生物を模したダンジョン内、しかもこの場所を出れば海中だ。
ダンジョン外のモンスターが紛れ込む可能性は低い。
それに、ダンジョンから大量のモンスターが外に出ることなど、基本的に1つの場合でしかないことは、リシュ自信がよくわかっている。
モンスターがダンジョンの外に出る──その場合とはダンジョンの暴走。
(最悪のタイミングで暴走してくれたものだね)
苦笑いしか出せない状況だった。
ダンジョンが暴走すると、ダンジョンのポイントであるDPが無くなるまでモンスターを作って外に吐き出し続ける。
これだけでも、かなり状況的に悪いと言えるが、モンスターを吐き出し終わった後で最悪の事態が待っている。
最悪の事態とは、ダンジョンの消滅だ。
通常のダンジョンであればDPが0になっても消滅することはない。
だが暴走することそのものがダンジョンに多大な負担をかけるため、暴走してDPが0となったダンジョンは自身を維持できなくなる可能性が高い。
可能性が高いのであって100%消滅するというわけではないのだが、暴走後にDPが0となり消滅しないダンジョンは1%も存在しない。
よって消滅しないことを期待するにはリスクが高すぎた。
仮にダンジョンが消滅したらどうなるか?
リシュ達がいるのは深海のダンジョンだ。
このことを考えれば結論は一つしかない。
その結論とは、ダンジョンが消滅したと同時に、全員が深海に放り出されるというものだ。
この状況で深海に放り出されれば、酸素などの問題以前に、水圧に押しつぶされることになるだろう。
よって、慎重に行動する余裕など今のリシュには無いことになる。
(まずは、ダンジョンを直接見る必要がありそうだ)
ここはダンジョンの外壁部。
よってダンジョンの一部ではあっても、ダンジョンその物とは言えない場所だ。
だからリシュは、ダンジョンその物を見てどう動くか判断しようとした。
もはや、ダンジョン殺しを行わないという選択肢は無いのだが、暴走によりモンスターが吐き出されている現状でなら、それらを観察することでモンスターの特徴程度は知ることは出来る。
ダンジョン内のモンスターについて知ることが出来れば、圧倒的弱者であるリシュであっても、多少の対策はとれるはずだ。
リシュは、先ほどモンスターが出たと報告を受けていた人物に声をかけた。
「僕は、治癒魔導士です。治癒魔導士としての腕については、僕が先ほど治療した人達が証明してくれるハズです。ダンジョンからモンスターが吐き出されているようですがお手伝いをさせて頂けませんか?」
リシュは、この場でダンジョンの暴走を止められると言っても信じてもらえないだろうと判断した。
このため、ダンジョンの観察を確実に行うために、まずは治癒魔導士という肩書きを使って、より確実にダンジョンの出入り口に近づくことを選んだ。
こうしてリシュは、ダンジョンの入り口がある場所へと向かった。




