第37話 戦士との出会い
リシュ達は船の甲板へと出た。
日中ということもあり、青い空に蒼い海が遠くまで見渡せる甲板には、多くの乗客が集まっている。
子どもと少女の旅にしか見えない2人組だ。
人混みが激しいわけではないが、トラブルを避けるためにも人の少ない場所に移動して海風にあたることにした。
「人がたくさんいますね」
サクヤは、潮風に吹かれて乱れた髪を直しながらリシュに語りかけた。
「そう……だね」
リシュはフードを深く被っており、彼の表情を窺うことはできない。
故にサクヤへと言葉を返した彼の瞳に、憂いが映しだされたことは誰にも知られることはなかった。
(懐かしいと、言うべきかな)
このときリシュは、潮風から勇者としての旅で乗った船を思い出していた。
30年以上も昔の旅だはあったが、死から蘇ったばかりの彼にとっては、ほんの数ヶ月前程度にしか感じられない。
それは人として生きられた短い時の想いで。
だがそれは、物として生きざる得なかった長い時を思い出すよりも、ずっと鮮明に瞼の裏で蘇っていた。
『あなたは人間よ』
リシュは、お節介好きだった少女の言葉を思い出して苦笑した。
潮風によって思いだされた仲間との旅をした自分。
すでに人かどうかも疑わしい身となった今の自分。
どちらの方が、人間らいしいと彼女は言うのだろう?
そんな答えの出るはずがない疑問を思い浮かべていた。
そこへ──。
「旅ですか?」
潮風を遮るフードに隠れた先から、若い女性の声が聞こえた。
フードを押さえてリシュは声のした方を見る。
「リサ……」
そこには一人の少女がいた。
思わず口から洩れた女性の名前、目の前の少女は別人だとリシュは思い直す。
先ほどまで昔を懐かしんでいたせいで幻を見てしまったのだろうと──。
「あっ、すみません。人違いでした」
「いえ、お気になさらず」
子どもが大人びた謝罪をしたことを可笑しく思っているのだろうか?
リシュの謝罪に、少女は上品な仕草で口に手を当てながら微笑んでいた。
どちらにせよ、気にしていないようで良かったとリシュは安堵した。
(彼女がこの世界にいるはずはないか……それに、彼女はこんなに美人ではなかった)
目の前の少女は金髪碧眼で、肌も驚くほど白く仕草に上品さも染み出ている。
リシュが思い出していたリサという少女はというと──容姿はともかく上品という言葉から程遠かった。
先ほどからサクヤは笑顔のまま固まっている。
リシュ萌えな彼女は、リシュが口にしたリサという女性の名前を聞き逃さなかったからだ。
とっさに出た女性の名前なのだから、特別な相手なのだと考えるのが当り前だろう。
当然、サクヤもリシュにとって口にした名前の女性は特別なのだと考えた。
しかし決してショックだったというわけではない。
(うそっ、リサってリシュちゃんの好きな人とか……リシュちゃんのおませさん♪)
むしろ悶えていた。
もちろん表情には一切の邪な想いを出すことなく。
そんなサクヤを他所に会話は続いていた。
「僕達はオシサルの街に向かう予定です」
「それでは私たちと同じですね」
子どもの姿をしたリシュにも、大人を相手にするように接する目の前の少女の名前はソフィア。
仕草の一つ一つに感じる上品さ。それらから恐らくは高度な教育を受けてきたのであろうとリシュは感じていた。
もっとも媚を売る必要もないので、会話を何事もなく終えればそれだけで問題はないのだが──。
「君たちだけで旅を?」
今話しかけてきたのは、ソフィアが兄だと紹介した人物。
ソフィアの隣に立っておりかなりの高身長だ。
彼もまた金髪碧眼で冒険者風の鎧を着ているが──動きが重厚な鎧の重さに耐えるためのガッシリとした物だ。
(高度な教育を受けた令嬢に、普段は重い鎧を着ている護衛の騎士が内密の旅行という所か……)
恐らくは訳ありなのだろう。
そう考えてリシュは、いっそう言葉選びを慎重にして深く関わらないように注意した。
「ええ、もちろん向こうについたら護衛を探すつもりですが……ねえ、お姉ちゃん」
「はい、少しお金が心配になりますが」
サクヤは笑いながらリシュに続いた。
もちろん、リシュにお姉ちゃんと呼ばれたのだ、内心では鼻血が出そうなほど狂喜乱舞している。
この場にいる誰にもそのことを悟らせないサクヤは、何かを極めているのかもしれない。
「こんな所にいたのか」
遠くで大きな声がした方を見ると、全身を黒い鎧で覆い背に剣を背負った男が歩いてくるのが見えた。
黒髪で顔は、一般人なら街角ですれ違う時に怯えながら道を譲るであろう戦士らしい厳つい顔。
この後、彼がソフィアたちの護衛だと聞く。
男の名はジンライ。
これが、後にリシュたちと旅を共にすることとなる凄腕の戦士との出会いだった。




