第35話 船旅と不安
リシュ達は港街アブスレイへを再び訪れた。
とうぜん、街から船に乗り幻魔の洞窟を目指すためだ。
午前中の内にダンジョン原産のアイテムを売り、ティアのためのお菓子も買った。
昨日は期待していたお菓子が買えずに、落ち込んでいた妖精。
彼女は大はしゃぎをして姿を現してしまう。
その姿を危うく街の人間に彼女の存在を見られそうになり、肝を冷やす場面もあったが、おおむね良好に予定はこなせていると言えるだろう。
リシュ達は、潮風に吹かれる中すでに船へと乗り、船内で最も高価な一等客室へと案内されていた。
案内された部屋からは、いくつか設置された丸窓を通して外が見える。
先ほどからティアは、興味津々な面もちで窓にへばりついていた。
「う~み~は~ひ~ろ~い~な~……」
『その歌って、この世界にもあったんだ!?』と、驚きながらサクヤは、無邪気な妖精を眺めている。
リシュはというと、そんな勇者と妖精を見ながら苦笑いを浮かべていた。
部屋は一等客室だけあり、ティアの歌声程度なら周囲に漏れない構造となっている。
このことは常に確認済みであり。、リシュ達は安心してティアの歌を聞いていた。
と、そこへドアをノックする音が響き、ティアの歌を遮る。
「ティア」
「うん」
小声でティアを呼ぶと、彼女は姿を消す。
ちゃんと打ち合わせしたことを覚えていてくれた。
そうホッとした所で、リシュはノックに応え──ようと口を開きかけた所で彼の動きが止まる。
(忘れる所だった)
リシュはローブに付いたフードを深く被った。
自分が美少女すぎることを自覚している彼は、人前に出る時は顔を隠すことが必須だということも自覚している。
「どうぞ」
「失礼します」
野太い声が響き、ドアノブが回される。
木製のドアは設計がしっかりしているせいか、軋むことなく開かれた。
ドアを開けたのは、船員ではなくタキシードを着た男性。
この客室に案内されたとき、一等客室でのサービスを取り仕切る男性だと紹介された人だな。
記憶を手繰り寄せ、リシュ達はそのことを思い出していた。
「もうじき出港となりますので、椅子に座ってお待ちください」
どうやら出港の時間を知らせに来たようだ。
「そうですか、ありがとうございます」
「いえ、それでは何かございましたら……」
そう言うと客室のドアは静かに閉じられる。
「ティア、もう出ても大丈夫だよ」
リシュが声をかけるとティアはすぐに姿を現し、再び丸窓から外を眺め出した。
海がそんなに珍しかったのかと、リシュは妖精の姿を微笑ましく思うと、椅子の背もたれに頭をつけ体重を預ける。
船の旅は、途中で港によりながら5日間に及ぶ。
このためリシュは、自身のダンジョンに侵入者があっても5日間は対処できないことになる。
そのことに不安を感じながらも、徐々にまぶたが重くなっていく。
昨晩は遅くまでダンジョンの設定を行っていたため、疲れが出たのかもしれない。
そこへ船員たちの声が響いた。
「船が出るぞー」
リシュの耳に届いたのは出港の合図。
合図のあと、先ほどよりも大きな船の揺れを感じた。
(出港か……)
眠気によって閉じつつある瞳を、ゆっくりと丸窓へとむける。
興奮気味に出港の風景を眺めるティア。
彼女の向こう側に見える世界では、優しい陽光が港街を照らしていた。




