第32話 黒剣の戦士
魔族は次々に衛兵達を薙ぎ払っていく。
振るわれた剣は、刃こぼれをし過ぎているため人が切れることはない。
だが剛腕によって振るわれた剣は、楽々と衛兵を宙に舞いあがらせて、落下による衝撃で身動きが取れないほどのダメージを与える。
さらに地に打ちつけられた者達に向かって、モンスターが追撃をしかけ港町を血で染めていく。
それは役割分担された組織的な行動──明らかに魔族が魔物達を統率している証だった。
身体能力などにおいて人を遥かに上回る魔物たち。
人は、そんな脅威に対して組織力を武器にすることで、ようやく立ち向かえるのが世の中の常識だ。
しかし、眼前で街を襲っている魔物たちは、簡易的とはいえ組織的な行動をとっている。
それは恐るべきことであり、魔族が脅威とされる最大の要因だ。
何人もの衛兵が魔族の件によって宙に舞い上げられ、落ちた所を魔物に喰われた。
それでも魔族は獲物を求めているのだろう。
金属の塊に括りつけられたような瞳が不器用に動きながら、新たな獲物を探す。
宙へと紙屑のように舞い上げられた仲間の姿を思い出し、勇敢な街を守るために戦う衛兵たちにも緊張が走る
誰かが生唾を飲みこんだとき──魔族は再び走った。
獲物は、いましがた衛兵に合流した者たち。
再び左目を喜悦に輝かせ、強靭な脚力で地を蹴って魔族は戦場を走り抜ける。
石畳は当たり前のように砕け散り、獲物に駆けた。
そして、多くの衛兵を再起不能へと誘った剛剣を振り降ろす。
だが──獲物が手にした剣で魔族に噛みついた
「甘めえんだよ!」
魔族の鎧はよほど頑強なものだったのだろう。
横一文字に振られた剣が、魔族の体を切ることはなかった。
しかし、辺りに爆音ともいえる重音が響きわたり、魔族が大きく後ろに仰け反る。
剣を振った獰猛な戦士は、隙を見せた魔族に追撃を掛けた。
「ふんっ」
口元に猛禽類を思わせる笑みを浮かべ頭上から強力な斬撃を繰り出す。
黒剣を振り下ろし魔族の命を断とうとするも、それは相手の剣に受け止められる。
「やるじゃねえか」
戦士は己の体重を手にした剣にかけながら言った。
目の前の魔族にではない、手ごたえのある獲物が見つかったと自分に伝えるために。
と、そのとき魔族の腹部を強烈な衝撃が襲う。
戦士が魔族の腹を全力で蹴り、魔族と戦士の間合いを大きく開けたのだ。
「ちっ。てめえら、なにボサっとしてやがる! コイツは俺が引き受ける。他の雑魚はてめえらが始末しろ」
間合いをとったのは、魔族と戦士の戦いに魅入るだけで手を休めていた、衛兵や他の戦士達に怒声をぶつけるためだった。
乱暴な言葉ではあったが、敵の主戦力ともいえる魔族を正面から切り結び格の違いを見せつけた彼に文句を言う者などいるはずもない。
それどころか彼を英雄のように捉えて羨望の目で見る者すらいる。
「「「おぉぉぉ」」」
戦士の怒声をキッカケにし、武器を持つ者達の反撃が始まった。
彼は戦場を渡り歩く傭兵であり、名をジンライという。
盛り上がった筋肉に、顔は肉食獣を思わせる獰猛さが漂っており、歴戦の戦士と呼べる風貌をしている。
鋼鉄の塊のごとき鎧に──なによりも禍々しいまでに黒い剣が見る者の目を引く。
怒声を発したジンライは、黒剣を強く握りしめ魔族を見据える。
「へっ 続きといこうか」
このとき、先ほどまで狩る立場だった魔族は狩られる側へと墜ちていた。




