第27話 地獄にて
洞窟の奥深くで少女と魔物が対峙していた。
少女は黒髪を後ろで結わいた少女サクヤ。
対するは人の体に頭部が犬のモンスターであるコボルト。
お互いに出方を窺い、足運びも慎重になっている。
呼吸に対しても息苦しさを感じる程に神経質になっていた。
サクヤが置かれているのは、足運びに呼吸、手の動き、重心の置き方──何一つ軽く見られない状況にある。
なぜなら、彼女の後ろに倒れる3体のコボルトが示す通り、サクヤは複数のモンスターを相手にしているからだ。
目の前のコボルトを含めて、残り7体。
サクヤの力量を考えれば絶体絶命と言える状況。
それでも彼女の瞳から闘志は消えていない。
呼吸を長く吸い吐き出す。
再び息を吸おうとしたとき──敵が動いた。
野生の瞬発力を持つコボルトは地を強く蹴りサクヤへと迫る。
7歩走ったところで、手にした1本の槍が真っ直ぐに少女の命を貫かんと伸びていく。
己の心臓へと届かんとする槍、それを横から剣で払うと今度はサクヤが斬り込んだ。
コボルトは目を大きく開くも、既に腹を横一文字に斬られサクヤは背後に走り抜けた後だった。
斬られたコボルトは、槍を落とし力なく地に引かれて行く。
しかし、これはサクヤの勝利ではなく、敗北への号令となる。
倒れ込む同胞を見た他のコボルト達は、獰猛な野犬を思わせる怒声を響き渡らせた。
「GUOoooooo」
サクヤを囲んでいた6体のコボルトは一斉に襲いかかる。
全身全霊を込めた一閃を放ち、全身に疲労が残るサクヤ。
だが己の体を癒している余裕などない。
瞬時の判断で、一匹のコボルトに殺意を向ける。
一斉に襲いかかってきたコボルト達。
サクヤが狙いを定めたのは、もっとも他のコボルト達から離れた位置にいた相手だった。
彼女の判断は正しい。
何故なら、他のコボルトを狙えば囲まれてしまい身動きが取れなくなる可能性があったのだから──。
「はあぁぁぁぁぁ」
剣の先を地に向けたまま走り、コボルトに攻撃を仕掛けた。
コボルトもまた迎撃しようと槍を持つ手に力を入れる。
「あぁぁぁぁ」
「GAaaaaa」
真っ直ぐに伸びるコボルトの槍をサクヤは下から剣を使い払い、そのまま──鎧袖一触。
コボルトの脇を切り裂き、そのまま走り抜いた。
「aaaa」
致命傷を受けたコボルトは、弱々しく声を発しながら体勢を崩してゆく。
見事な一撃だった。
だがサクヤが相手をしていたのは1匹ではない。
残された5体のコボルトが攻撃により生じた隙を狙い一斉に襲いかかった。
「くっ」
次々に繰り出される槍による一撃を剣により何とか捌くサクヤ。
しかし徐々に体力は奪われ、体に重さを感じるようになっていく。
「つっ」
最初に傷ついてのは腕だった。
その次は脚で、続いて頬。
徐々に傷が増えていくサクヤ。
そして遂に──。
「がっ……」
腹部へと一本の槍が付き刺さった。
彼女の服は赤く血で滲む。
この時点でサクヤの未来は決まった。
「GUOoooo」
何匹ものコボルトが槍を繰り出していき──。
「あ……」
サクヤは腹部に穴を開けられ、腕も脚もボロボロにされている。
だが、その瞳には闘争心は残っており右腕を僅かに動かしていた。
「Ooooo」
そこへコボルトが止めとばかりに槍を突き刺そうと迫った──が!
「Ga」
コボルトの顔を火球が焼いた。
それはサクヤが放った最期の攻撃。
執念が生んだ無様でありながらも、強き意思が込められた誇り高い一撃だった。
すでに何も映らないその瞳は、己の誇りを確かめられたのだろうか?
その答えはサクヤのみが知っている。
「お疲れ様」
「う……うぅ~ん」
色気をわずかに感じる声を出すサクヤ。
彼女はダンジョンの外にいた。
「大丈夫?」
リシュは、バスタオル程の大きさがある布をサクヤへと渡すと、彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫……です(抱きしめたい! キスしたい!)」
手渡された布を受け取ったサクヤ。
リシュの顔が目の前にきたことで生じた邪な衝動を見事に抑え、冷静さを演じて見せた。
リシュはダンジョン殺しの影響かは自身ですら分からないが、ダンジョンの機能をかなり細かく設定できる。
その設定をする能力を利用して、彼のダンジョンで死んだ者は外に放り出されるようにしてある。
死ぬと所持金が半分になるという某RPG同様の設定つきで──。
先程までサクヤが行っていた死闘は、そんなダンジョンの機能を利用したリシュ考案のトレーニング。
『死なないんだから、死ぬまでトレーニングをしても大丈夫だよね♪』
リシュ成分満載の笑顔を見せられたサクヤは、その提案を無意識のうちに受け入れてしまい後悔することとなる。
好奇心旺盛なティアは、好奇心からトレーニングに参加したのだが身を滅ぼす好奇心があることを知り、慎重という言葉の意味を理解した。
現状ですら殺し合いと呼べるトレーニングなのだが、最初はもっと酷かった。
最初の設定では、数十匹のモンスターがダンジョンに用意されていた。
しかも死んだ場合は、そのフロアで蘇るという形式でだ。
このため、死んで蘇ったあと、すぐに起き上がらければ、モンスターによって袋叩きにされるという鬼設定だった。
もっとも、訓練の途中でサクヤが奇声を発し始めたので設定は変更せざる得なくなったのだが──。
「じゃあ、次はティアね」
「……うん」
リシュの言葉に何の抵抗も示さないティア。
この時点でサクヤは6回死んでおり、ティアは5回死んでいる。
過酷過ぎるトレーニングにより笑顔を奪われたティアは、全てを諦めたかのようにダンジョン──いや、地獄へと向かっていった。
戦うことが可能なサクヤのトレーニングは、死ぬまで戦う。
戦うことができないティアのトレーニングは、死ぬまで攻撃を避け続ける。
これがリシュの考えたトレーニングだった。
ちなみにリシュは、ダンジョンマスターであるため命を失った場合蘇ることができない。
そんなリシュに対してサクヤは──。
(悪魔のようなリシュちゃんもなかなか)
地獄のトレーニングの最中ですら、邪な想いを捨てることはなかった。




